第31話 青い猫の災難(5)


「べ……別に何も……してないでございますわよ! おほほほほ」


(ちょっと! 何その喋り方!!)


 パック姿の麗音に驚いたのか、激しく動揺したシッジーの口調がおかしすぎた。


「いや、明らかにおかしいでしょ?」


 麗音は雛のイトコでさらに隣の家に住む幼馴染でもある。

 それに、雛は気がついていないが、麗音は雛をずっと親族としてではなく、一人の女として長年見ている。

 雛のことならもしかしたら本人より詳しいかもしれない。

 いくら擬態が完璧にできるシッジーでも、麗音には不審に思えてならなかった。


「こんな時間に帰って来たと思ったら、鍵を閉めて何かしてたよね? いつもなら鍵なんてかけないのに……」


(な、なんでそんなところまで見てるのよ!?)


「そ……それは……」


 シッジーが戸惑っていると、パックをつけたままの顔で麗音は窓から身を乗り出し、偽物の雛をじっと見る。


「それに、そのピアスも何? いつの間に開けたの? もしかして————あの変態に無理やり開けられたりしてないよね!?」

「いや……こ、これは! 翻訳機で……」

「にゃ! にゃにゃにゃん!!(ちょ……ちょっと!! シッジー余計なこと言わないで)」

「は……! あ、いや……その————なんでもないでござんす」

「ござんす!?」


(だめだこれ……)


 どうしようもなくなって、雛は猫の体を利用してヒョイと窓から出ると麗音の部屋に飛び移る。

 突然猫が部屋に入って来て、驚く麗音。


「え、猫ちゃん? ごめんね、今、君に構っている暇わないんだよ」

「にゃー(シッジー!)」

「雛、本当におかしいよ? もしかして、この暑さでおかしくなった?」


 雛だって、麗音の弱点を知っていた。

 それは左足だ。

 なぜか麗音は昔から左足のふくらはぎを触られることを嫌う。

 ぞわぞわとして、病気なんじゃないかと言うくらいこそばゆくなる。

 小さい頃、あまりにも麗音のその反応が面白すぎてなんどもいたずらで触ったら、泣いて怒られたことがあった。

 猫の体で触ったら、立っていられなくなる。

 雛はその隙にこのままだとボロしかでなさそうなシッジーを逃そうとしたのだ。


「にゃにゃにゃー(私が気をひくから、その間に逃げ——)」

「うちの学校でも、熱中症で運ばれたあとおかしくなった子がいてさ……まるで別人みたいだったんだよね。その話、エイリくんに言ったらなんか薬持ってて、すぐに治ってびっくりしたんだ」


(————なんですと!?)




 ☆ ☆ ☆




 雛たちが麗音と対峙していたその頃、王子は一人で一生懸命資料に目を通していた。

 王族の権限で閲覧できた資料によると、本来のチェジ星人はとても小さな生命体だ。

 その特殊な能力で目をつけた生命体から魂を抜き取り、代わりに中に入り込む。

 これまでチェジ星から亡命したチェジ星人の博士・ボメーによると、元の体に魂を戻すためにはボメーの開発した薬であるという特効薬を二十四時間以内に本体に入れる必要があるとのこと。

 モドレーを体内に入れると、すぐに中に入り込んでいたチェジ星人が外に飛び出て逃げていき、その後体が自分の魂を引き寄せる作用がある。


「————モドレーなんて、そんな特効薬どこで手に入れたら……」


 王子は頭を抱えた。

 宇宙連盟未加入のこの星には、宇宙製薬の船が来ない。

 宇宙製薬は、宇宙の様々な薬を売り歩いている小型の宇宙船で連盟に加入している星であればいつでもどこへでもすぐに商品を届けてくれるのだが————


「一度他の、地球から一番近い星に移動して頼むしかないのか? でも、一番近くても二十四時間以内で届くなんて……」


 雛が倒れてからすでに五時間以上経っている。

 地球から一番近い星に移動したとしても、計算したところ往復で二十時間かかる。

 これではどう考えても二十四時間は過ぎてしまう。



「……モドレー以外に、何かないのかな」


 王子はその他に何か書かれていないかもう一度調べた。

 そうして、ある記述を見つける。

 それは、体がチェジ星人に乗っ取られる前、つまり今の状態の場合の対処法だった。

 魂だけが抜けていて、中身がない場合の、魂を体に引き寄せる方法……


「……え、そんな……————こ、こんな方法が!?」


 王子はその方法を丁寧にわかりやすく動画にしたものを見て、頬を赤らめる。


「こんな恥ずかしいことを……!? で、でも、これは治療だし…………そう、どうだよ。別に、その、治療だし。でも、そうだよね。雛を元に戻すためだ……」


 王子は決意を固め、その方法通りにするために服を脱ぎ始めた。

 その時、ベッドの上に横たわっていた雛の体がおもむろに上体を起こしてニヤリと笑う。

 そして、上半身裸で動画の動きを再確認していた王子の背後へそっと近づき、後ろから抱きついて、王子の背中に頬を寄せる。


「えっ?」


 急な出来事に驚いて、後ろを見るとうっとりと艶のある表情で微笑む雛がいた。


「ひ……な? どうして……?」


 何かのはずみで、雛の魂が戻ったのだろうかと王子はほっとする。


「ふふっ……私ね、ずっとこうしたかったの」


 しかし、何かがおかしい。

 雛の指が、手つきが、息遣いが、雛のものとは違う。

 こんな風に、雛が上目遣いで、甘えた声を出してくるとは到底思えなかった。


「あなたが欲しいの……」


 そう言って、雛は制服のブラウスのボタンを外し始める。


「ねぇ、ホシャ王子」


 それは明らかに、雛ではない。


「うふふふ……王子はこの体がお気に入りなんでしょう?」


 魂が抜けた雛の体を、チェジ星人が乗っ取ったのだ————





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