第29話 青い猫の災難(3)
「王子、どうかしました?」
「————……いや今、この猫が何か言った気がして」
宇宙船O1に雛を運び入れ、寒がっている雛に中和のため気候水・暖を星野は飲ませた。
どのくらいで中和されるかは不明だったため、慎重に少しずつ。
そうして、やっと目が覚めた雛のそばに、あの青い猫がいた。
(ちょっと、これ、何!? どうなってるの!?)
まさかその猫が、雛であることに気がつかず、星野は横たわる雛の体の方を見る。
目は開いているが、ずっと無言なのが心配だった。
「猫より、ヒナだよ。どうして何も喋らないんだろう?」
「にゃー(待って)」
「もう少し飲ませてみようか」
「にゃー(私はこっち!)」
にゃーとしか鳴けず、雛は困る。
ただでさえ、この状況が把握できていないのだが、多分今自分の体とこの青い猫がなぜか入れ替わっているということだけはなんとなくわかった。
しかし、訴えても、星野は雛のことが心配で、猫の声を聞いていない。
星野は気候水の瓶を雛の口元に持っていったが、飲む気配はない。
「目が開いてるだけで、意識はないのかもしれませんね」
「そうだね……じゃぁ、仕方がない」
星野は残りの気候水を口に含むと、雛に顔を近づける。
「にゃあああああああああ!!(ちょ、ちょっと!! 待って!! 何してんの!?)」
口移しで気候水を飲ませた。
(え? えええっ!? ちょっと……待って……もしかして————私の意識がない間も!?)
まるで白雪姫や眠れぬ森の美女のように王子が口づけする、素敵な光景ではあるが……
自分の目の前で、なんの反応もない自分の体はファーストキスを経験しているというこのなんとも複雑な状況。
(まってよ! なんで!? どうなってるの!?)
「にゃー!(ちょっと、離れなさいよ! やめてよ!)」
口移しにしては長い時間、星野の唇が自分の唇に触れているような気がして、雛は猫の体で必死に止めようと星野の顔を引っ掻いた。
「痛い!! 何するの!?」
「にゃー!!(それはこっちのセリフよ!)」
「こっちのセリフって……君には関係ないだろう? 僕は雛の治療を……」
「にゃーにゃにゃにゃん!!(何が治療よ!? 勝手に私の……大事なファーストキスを……!!)」
「私のファーストキス……? 何言ってるんだ?」
「にゃー!!(私の体に変なことしないでよ!! この変態!!)」
「え、まさか…………ヒナ……なの?」
青い猫と意思疎通が可能な星野と、会話が噛み合い始める。
「にゃー!!(体が入れ替わってるのよ!!)」
* * *
「なるほど……それはもしかしたら、チェジ星人の仕業かもしれません」
「にゃ?(チェジ星人?)」
「チェジ星人には、生命体の中身を入れ替える能力があるのです。正確には、入れ替えるというか、体を奪う……んですが」
シッジーの話によると、チェジ星人とは地球制服を企んでいるとの噂がある宇宙人だ。
熱中症で意識が混濁している隙に、地球人の体から魂を抜き取り、体が回復した頃を見計らって魂の抜けた地球人の中に入る。
そうして、その人物に成り代わってしまう。
「————その際、抜き取られた魂がこの青い猫に入ったのでしょう。この小鳥遊雛が何も話さないのは、魂が抜けた状態だからと言えます。チェジ星人が成りかわる前の状態なので、猫と入れ替わっているわけではないかと……」
「それじゃぁ、ヒナの魂を体に戻せばいいんだね?」
「ええ。でも、残念ながら……」
「このシッジー、戻す方法を知りません」
「にゃ!?(そんな!!)」
シッジーの言葉に、星野は頭をかかえる。
「それじゃぁ雛の体はどうなる!?」
「どうにもなりません。方法を見つけるしか……でも」
「でも?」
「逆に良かったのではないですか? 魂の抜けた状態のこの体が手に入るのですよ? 王子が殴られることもありません。王子のお気に入りのこの尻が触り放題です」
「…………」
(ちょ……ちょっと!! 何言ってるのとシッジー!?)
「魂は抜けていますが、生命体としては生き続けます。何をしても無抵抗ですからね、王子の好きなようにしたらよろしいかと。どんなに尻を揉もうと、どんな姿勢にしても抵抗しませんよ。全部王子の思いのままです」
シッジーはつらつらと、このまま雛の体が気に入っているなら、人形としてそばにおいておけばいいと言い出した。
その代わり、別の星で候補探しをしましょうと。
「王子が好きなのは、この女の体でしょう?」
「…………確かに」
(え……嘘でしょ……? そんな……)
雛はシッジーの提案に頷いた星野に驚いた。
結局、男は体目当て……尻目当てなのかと。
それはアノ星人という宇宙人であっても変わらないのかと。
ショックで、言葉も出なかった。
このまま、雛はアノ星人の
そして、飽きたら捨てられるのだろう……
「確かに、ヒナの体は魅力的だよ。まさに僕の理想通りの体型に肌も綺麗だし、コロコロ変わる表情もめっちゃ可愛いくて、こんな素敵なオシリをしてるなんて、他にいない。でも……そんなの間違ってる」
星野は青い猫に手を伸ばし、抱き上げると安心させるように撫でた。
「僕はヒナをそんな風に思ってない。全部が欲しいんだ。体だけじゃなくて、心も全部。ヒナそのものが好きなんだよ」
猫の心臓が、トクンっと跳ねる。
ずっと星野の好意を拒否していた雛だったが、これはさすがに嬉しかった。
(星野くん……)
「それに、魂が入ってない状態の何がいいんだよ。恥ずかしがったり、嫌と言いながらも気持ち良さそうなヒナの表情が楽しめないじゃないか!!」
(星野くん!?)
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