第五章 青い猫の災難
第27話 青い猫の災難(1)
季節はもうすっかり夏で、数日後に始まる夏休みをまだかまだかと指折り数えている時のこと。
外は地獄だった。
照りつける太陽、遠くの景色がゆらゆらと歪んで見える。
今年は百年に一度の猛暑らしく、熱中症に注意とどのテレビ局の気象予報士も警告をするほどだった。
そして、まだ理由は判明していないのだがその熱中症で搬送された人たちの中には意識が混濁し、目覚めた時にはまるで別人のようになっている人や、記憶障害になってしまっているという事例が多発している。
暑さによって脳に障害が残ったのかもしれないという話だが、詳しいことは調査中と天気予報と共に情報番組で取り上げられていた。
学校でも熱中症についての注意喚起があり、こまめな水分補給が必要ということで、雛は帰りにコンビニでスポーツドリンクとアイスを買って外に出る。
「暑い……」
誰もが空調の効いた店内から一歩踏み出せば、そう口にせずにはいられない。
そんな中、雛の買い物についてきた星野は涼しい顔で雛の隣を歩く。
汗ひとつかいていなかった。
「平気なの……?」
「何が?」
「この暑さよ……」
すれ違う人々は必死にハンカチで滴り落ちる汗を拭いたり、日傘をさしていたりするというのに、星野は制服に汗染みひとつ作っていない。
アノ星人である星野が動物と意思疎通が可能なことはエイリが高熱を出した後に聞いたが、雛は他にも地球人との違いはまだまだありそうな気がしてならなかった。
「アノ星人は暑さに強い————とか、そういうのあったりするの?」
星野のしつこい説得と、シッジーに見せられたデータから、あの保健室での一件では星野は何もしていないとのことだったが……
それではあの時、なぜ雛の体があんな風にまるで腰を抜かしたように動けなくなり、心臓の鼓動が爆発しそうなくらい速くなってしまったのか……
まだはっきりと原因が分からず、雛は納得しきれてはいなかった。
とにかく、耳元で話すのだけはやめろと言ってある。
(あの時だって、何もしてないって言っていた————まだ、信じられないけど……)
「暑さ? そうだな……アノ星とこの星の気候はそんなに違いがないとは思うけど、多分これのおかげかと」
「……これ?」
星野はポケットから何やら怪しげな瓶を取り出した。
元気一発!的な栄養ドリンクの大きさくらいの透明で蓋つきの瓶には、光り輝く水色の液体が入っている。
「なにこの見るからに怪しいブツは……」
「ブツって……これは
この宇宙には様々な星があり、太陽との距離や、陽の光が当たらない場所なんかもあり気候は様々。
特に太陽に近い星へ行くなら、気候水は必需品。
気候水を飲めば、効果が切れるまでどんな気温の地でも過ごしやすくなるのだ。
一度飲めば気温に左右されずその生命体にとって過ごしやすい気候に感じられるようになる。
脳の作り以外はほとんど地球人と変わらないアノ星人の間でも、この気候水が誕生する前は熱中症が問題になった時代もあったらしい。
「暑い時はこの青い色の涼、寒い時は赤い色で
「……うん」
雛は気候水を受け取ると、一気にゴクゴクと飲み干してしまう。
色は青いが、意外にもオレンジジュースのような味だった。
星野によると、赤はチョコレートのような味がするそうだ。
「あ、確かに涼しくなって来たかも……」
その効果は絶大で、飲んですぐに地獄から解放されて涼しくなっていく。
やはり宇宙の技術はすごいと雛は感心した。
しかし————
「————って、まって、これ、寒くない!?」
「え? そんなはず……」
初めて飲んだ雛には刺激が強すぎたのか、体がガタガタと震え出した。
「ヒナ!? 大丈夫!? ヒナ!?」
それに何だか眠くなって、意識が遠のいていく。
(だ、だめ……寝たら、死ぬ————)
雪山で遭難したわけでもないのに、本能的に雛はそう思った。
だが、限界だった。
「ヒナぁぁぁ!!!」
雛は意識を完全に失い、太陽光をたくさん浴びて熱々のアスファルトの上に倒れる。
その時、雛の手がそばにいたエイリにスパイを命じられているあの青い猫に当たってしまう。
「にゃ!」と短く鳴いて、猫は雛の手の下敷きになってしまった。
「ヒナ!! ヒナ!! しっかりして!!」
星野は何度も名前を呼んだが、返事は返ってこない。
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