第26話 初めましての恋煩い(完)


 カフェを追い出された後も、星野と麗音はいがみ合っていた。

 このままだと、星野は雛の家までついてきて、麗音とずっと言い争うのではないかと雛は困っていたが……


「にゃー」


 あの青い猫が現れて、星野の足元で鳴いた。


「にゃーにゃーにゃんにゃー」

「え? なんだって!?」


(あ、あの猫……!)


 雛と麗音にはただ鳴いているだけにしか見えないのだが、星野は猫の鳴き声にとても驚いている。


「にゃー!」

「そうか、わかった。それは大変だ……」

「にゃーにゃー!」


 まるで猫と会話しているようにしか見えない星野。

 麗音はこいつは何をしているんだ?と顔をしかめる。


「ちょっと、雛、なんなの? この変態、もしかして猫と話せるの?」

「えっ!?」


(そ、そう……なのかな?)


 そういえば、猫と話せるのかと面と向かって聞いたことがないことに雛は気づく。

 最初に星野の行動が怪しいと興味を持ってしまった日も、あの青い猫と会話していたように見えはしたが……


「ヒナ、ごめん!! 僕、エイリのところに行かなきゃ!!」

「え? エイリくんどうかしたの?」

「高熱で倒れたらしいんだ……! また明日、ちゃんと話そう!! じゃあね」


 星野はそう言って、青い猫と一緒に走って行ってしまった。

 一体いつそんな情報を仕入れたのかさっぱりわからず、麗音は首をかしげる。


「……今の、どういうこと? やっぱり猫と話せてるんじゃ……? あいつ、本当に人間なの……?」

「えっ!?」


 雛は麗音の発言に冷や汗をかいた。


「何言ってるの? 人間に決まってるでしょ? あ……あはははは」


(危ないわ……麗音は察しがいいから、このままだと、星野くんが宇宙人だってバレちゃうかも————)



 * * *



「ただいまー」

「お、おかえり雛」


 雛が家に入ると、たまたま玄関を開けてすぐのところにいた母がすごく驚いた顔をしていた。


「え? 何? なんでそんなに驚いてるの?」

「いや、だって……久しぶりに聞いたなって思って」

「え? どういうこと?」

「……ここ最近雛ったら、帰ってきてもずっとため息をついてるだけで、ただいまも言わなかったじゃない?」


(そうだったっけ?)


 星野のことで悩んでいた雛本人に自覚はなかったが、雛の様子がいつもと違うことに家族は気づいていた。

 いつもなら、帰ってきたら「ただいま」出かけるときは「行ってきます」と、ちゃんと家族に挨拶をする雛が何も言わなくなったからだ。


「すぐに自分の部屋に行っちゃうし、ご飯だよって呼んでもなかなか降りてこないし……何かあったんじゃないかって————心配してたのよ」

「心配……?」

「てっきり、好きな子でもできて思い悩んで……恋煩いにでもなっているのかと」

「こ、恋煩い!?」


(何それ……!? なんで!? ————って、そういえば昨日、恋煩いがどうのこうのって麗音が言ってたけど……もしかしてそういうこと?)


 雛はちゃんと否定しなければと思った。

 昨日は麗音に宇宙人とどう接したらかいいかわからないなんて言えるはずがなくて、誤魔化すためにそういうことにしておいたが、そのせいでなんだかややこしくなってしまったからだ。


 だが、ふと、恋煩いって一体どういう状態のことを言うのだろうと思ってしまった。


「…………ねぇ、ママ。恋煩いってさ、どういう状態のことを言うの?」

「うーん、例えば、恋するあまりにその人のことばかり考えてしまって、他に何も手がつかなくなったり、ため息ばかり出たり、食欲不振になったりも……中には本当に病気みたいに体調を崩す人もいるみたいよ? 急に熱が出ちゃうとか」




 一方、その頃、高熱で倒れたエイリが運び込まれた宇宙船O3船内では————



「一体何があったんだ? エイリ」

「はぁ……はぁ……兄さん」


 苦しそうにベッドに横たわるエイリの額には、氷が置かれていたがすぐに溶けて水になってしまう。

 星野は苦しんでいるエイリの手を握ろうとしたが、あまりに熱くて触っていられなかった。

 エイリの執事が全身スキャンのデーターを送り、リモートでアノ星の医者が今診断しているが、画面の向こうの医者は首を傾げている。


「苦しい……なんだこれ……はぁ……俺、死ぬのかな……?」

「エイリ……そんなわけないだろう? しっかりするんだ。大丈夫だ」

「はぁ……なんだか、おかしいんだ。ずっと、心臓がドキドキして……体が熱いんだ。それに————……」

「それに……?」

「あの人————……の顔が、ずっと頭から離れなくて————」

「あの人? あの人って、誰だ?」

「あの人…………の、あれが左手に……まるで電気が走ったみたいで————それ……で……」


 大事なところが聞き取れず、星野は聞き直したがエイリは意識を失ってしまった。


「エイリ、おい、エイリ!!」

『————すみません、ホシャ王子』

「な、なんだ!? わかったのか!? この高熱の原因が……」


 首を傾げていた医者が何かに気づいたようだ。


『ええ、これは、恋煩い————ですね』

「こ、恋煩い!?」

『ええ、この脳内に浮かんでいるこの人に恋をしているようです』


 宇宙技術はもちろん、医療技術も先をいくアノ星の全身スキャンを使えば、脳波により脳内に浮かんでいる映像も一部だが見ることができる。

 画面に映し出されたその映像を見て、星野は絶句する。


「ホシャ王子、この方をご存知なのですか!? ずいぶんと可愛らしい方ですが……エイリさんがここまで惚れているなら、なんとしても候補にしなければ————!!」


 執事に誰なのか聞かれたが、星野は何も言えなかった。

 候補となれば、アノ星のために子供を産まなければならないのだ。


 その可愛らしい方が実は男であるなんて、こんなに喜んでいる執事に言えるはずがなかった————


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