第25話 初めましての恋煩い(6)


「お……おと……男? 何言ってるんだ、そんなわけないだろう……?」

「そ、そうだよヒナ。どうしてそんな嘘を……?」


 エイリも星野も、この麗音が……ロリータっぽいワンピースを着たこの麗音が男だなんて信じられなかった。


「こんなに魅惑的なお尻で、さらにこの顔だぞ!? どこが男だっていうんだ!?」


 エイリはありえないと怒っていたが、それでも雛はもう一度はっきりと言い切る。


「だから、麗音は男の娘なんだってば……女装が趣味のね。まぁ、見間違うのも無理ないけど……正真正銘、男よ? いくらなんでも、麗音を候補になんてできないでしょ!?」


(女の私でさえ、シッジーに反対されているのに、男の麗音なんて話になるわけないじゃない……)


「それは、そうだけど……ほ、本当に!?」


 星野は何度も麗音の尻を見るが、信じられない。


「————何、この男、人様のお尻をジロジロと……」


 麗音は女装用の下着を身につけているのだ。

 この綺麗なお尻は、そういう風に見えるように設計されているから。

 アノ星にも確かに女装趣味の人間はいるだろうが、星野とエイリには未知の世界だった。


「そ……そんな————!! 嘘だ!! 俺は絶対に信じないぞちんちくりん女!! お前の言うことなんて!! あれだろ? 自分より魅力的な麗音さんに嫉妬してるんだろう!? 残念だったな、俺は騙されないぞ!?」

「ああ、もう、さっきからうるさいなぁ。エイリくん、君ね、そもそも、に対して、なんなのその言い方は————」

「へっ!?」


 麗音はうるさいエイリを黙らせようと、エイリの左手首を掴み、自分の股間を触らせた。


「ほら、ちゃんとついてるでしょう? エイリくんと同じものが……」

「…………あ、ああ」


 エイリは耳まで顔を真っ赤にしながら、その感触に納得し引き下がる。


(いや、何コレ……校門前でやることじゃなくない!?)


 そして、そのまま星野の背に隠れた。

 間違えてしまった自分がとても恥ずかしかったようだ。


「まったく、雛の学校にいくいいチャンスだと思ってきてみれば……————」


 麗音は、エイリに「お義姉さんになって」と言われた時は、本当に意味がわからなかったが、兄が雛の高校の生徒であると知り、利用できると思って話に乗ったのだ。

 もちろん、目的は雛の気になっているという男をこの目で見るため。

 それに、昨日雛の部屋へ上がる前に、雛の母や兄たちから聞いた情報によると、とてもイケメンな転校生が相手ではないかという話も聞いていた。

 エイリは変な子ではあるが、どうみても美少年で、もしかしたらその兄が————なんて予想も立てていた。


「それで、雛が言っていた例の男って、コレであってるの?」


 麗音がもう一度星野を指差して尋ねると、雛は戸惑いながらも頷く。


「う、うん」

「————……やっぱりそうか。それならはっきり言うね。コレはダメ。雛にふさわしくないよ」

「えっ? 何? どういうこと? 例の男って、何? ヒナ」


 二度も不躾に指をさされ、さらにアレ呼ばわりまで————

 星野はわかりやすく説明して欲しいと訴える。


「えーと……」


(一体何から話せばいいんだろう……?)


 雛が困っていると、麗音はやれやれと呆れながら今度は雛の手を掴んだ。


「いいよ雛。こんなのに構ってたって時間の無駄。こんなヤツは放っておいて、スイーツ食べに行かない? 最近話題のカフェがこの近くにあるんだよ」

「え? で、でも……」

「いいからいいから!」


 麗音は強引に雛を連れて星野たちから離れる。


「ちょっと!! 待ってよ、ヒナ!!」


 星野は二人を追いかけたが、エイリはその場に立ち尽くしていた。

 先ほど麗音のアレの感触を確かめさせられた、左手をじっと見つめながら————



 * * *



「————ちょっと、離れてくれる?」

「そっちこそ、から離れてよ。ヒナ、いくら見た目は女でも、こんな紛らわしい男と二人きりなんて許さないよ?」

「僕のヒナ? ふざけたこと言わないでくれる? だから。大体、何様のつもり? ただの同級生でしょ?」


 話題のカフェは決して狭いわけでもないのに、雛はこの二人に挟まれてしまった。

 詰めればなんとか三人座れる二人がけの椅子の上でには、右側に麗音、左側に星野が座り、間に挟まれた雛一人が小さいため、雛の頭の上で口論になっている。


(うーん、狭い。っていうか、なんか、めんどくさいな……この状況————)


 テーブルを挟んで向かい側は誰も座っていない。

 笑顔で席に案内してくれた店員も、どうしたものかと内心呆れながらグラスを丁寧に三つ並べて置いて行ってしまった。


「そっちこそ!! 一体何様のつもりだ!?」

「————彼氏に決まってるじゃん!」

「か、彼氏!?」

「あーもう静かにしてよ! 騒いだら迷惑でしょ? 麗音も、変なこと言わないの!! 彼氏じゃなくて、イトコよ。親戚。親族。っていうかほぼよ」

「ほぼ……妹?」

「そう。ちゃんと説明するから、とりあえず星野くんは向こう側に座ってくれる?」

「……わ、わかったよ。妹ならまぁいいか」


 星野が首を傾げながら向かいの椅子に座りなおすと、雛は麗音がなにものか説明する。

 イトコであること。

 麗音は体は男だが、こんな姿なのは完全に趣味であること。

 さらに幼馴染で、麗音の見た目が女の子ということもあり、イトコというよりは姉妹のように育っていること。


「な……なるほど。そういうことか……じゃぁ、ヒナの彼氏じゃないんだね。彼女でもなく」

「だから、違うってば……ありえないでしょ?」


 雛はきっぱりと否定。


「そんなにきっぱり否定しなくても……」

「ん? 何? 麗音なんか言った?」

「いや、別に……」


 麗音がぼそりと呟いた言葉は、雛には伝わっていない。

 雛は知らないのだ。

 本当はずっと、麗音が幼い頃から雛に対して抱いている感情を————


「とにかく、わかったならもう帰ってよ。なんでこんな顔だけの変態と一緒にお茶しなきゃならないの?」

「か、顔だけの変態!?」

「女の尻しか見てない、変態じゃない。エイリくんが言ってたよ? 兄さんは尻を見て女を選ぶって、尻にしか興味ないって。いいお尻が目の前にあったら触っちゃうって」


(それは、確かに変態にしか思えないわね……)


「それの何が悪い!? オシリが大きな女性こそ、理想の————」

「————お客様」


 店内で大声でそんなことを話してると、笑顔の店員がやってきて三人は追い出されてしまった。


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