第四章 初めましての恋煩い

第20話 初めましての恋煩い(1)


 その日、小鳥遊家では家族会議が行われていた。

 参加者は、父、母、長男と次男である。

 議題は、小鳥遊家の可愛い可愛い長女・雛についてだ。


「雛の様子がおかしいのよ」

「おかしい? 何が?」

「ご飯だって言ってるのに、全然二階から降りてこないの」


 食卓テーブルの上には、ほかほかの白米と野菜たっぷりのお味噌汁。

 そして、メインのおかずは揚げたてのロースカツ。

 山盛りの千切りキャベツも一緒に並んでいる。


「今日はお兄ちゃんが試合後だから、奮発してちょっとお高めの豚肉を買ったのよ? それなのに、降りてこないのよ。雛だって、カツが大好きなのに……」


 試合が終わって、減量から解放された長男・ゆうの大好物であるロースカツ。

 毎回、試合の翌日の晩御飯はこれと決まっている。

 それは雛だってわかっていて、普段なら呼ぶ前に自らテーブルの前に座っているはずなのだが……


「ああ、それは俺も思った。なんか変なんだよな。昨日の試合どうだったって感想を聞いたんだけど……心ここにあらず……というか」


 世間的には知られていないが、キックボクシングのチャンピョンであるこの勇より遥かに妹の雛の方が強い。

 いつも試合の後は、的確なアドバイスもくれていた。


「わかる。俺もこの前、試合前に手合わせをしてもらおうとしたんだが、時間になっても道場に来てくれないし……返事だけはするんだけど」


 次男・じんも数日前から雛の様子がおかしいような気がしていた。


「そうか……? 別にいつもと変わらない気がするが……」


 思春期の娘にちょっと避けられている気がする父だけがあまりピンときていないのは置いといて、これはおかしい。

 今までこんなことは一度もなかった。


「学校で何かあったのかしら? 今思えば、二年生になってから変な気がするわ。前はもっとお友達と何をしたとか、学校でこういうことがあったとかよく話してくれたのに……」

「いや、俺には話してくれてないが……?」

「…………パパはちょっと黙ってて」

「……はい」


 母に怒られて、父はしゅんと肩を落とす。


「まさか、イジメにあってる————とか?」


 仁がそう言ったが、母も勇もそれはないと否定する。


「雛が本気出したら、教室ごとぶっ飛ぶんだぞ? いじめられるわけないだろう……」

「そうよ、別にクラス替えがあったわけじゃないんだから……」

「うーん、じゃぁ、二年になって何か変わったことは他にないのか? 例えば……そうだな、担任が変わったとか、転校生が来たとか」

「……転校生?」


 母は、転校生という言葉を聞いて思い出した。


「そういえば、やけにイケメンな子が転校してきたわ」


 以前、ショッピングモールで偶然会った同じクラスの同級生。

 あんなにイケメンがいたら一年の頃から顔を覚えているはずなのに、母はその時初めて彼を見た。

 あとから雛に聞いたら、四月にどこか遠い国から転校してきたんだと言っていた。


「やけにイケメン!?」

「ってことは、男か!! 雛に男ができたのか!?」

「え、いや、ただの同級生だって言っていたけど……?」


 兄たちはイケメンというところに食いつく。

 雛は誰よりも強いとはいえ、可愛い可愛い小鳥遊家のお姫様なのだ。

 そんな可愛い妹に、彼氏ができただなんて、認めたくない。


「……そういえば、最近、ため息が増えた気がするな」


 黙っていた父が、ぼそりと呟いた。

 そして、ある疑惑が浮かび上がる。


「————まさか、恋煩い?」


 ————ピンポーン


 絶妙なタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。


「おい、誰だよこんな時に!!」


 少し怒りながら、玄関に一番近い位置にいた仁が出ると、隣の家に住むイトコの麗音れおんが紙袋を片手に玄関に立っていた。


「こんばんは、仁にいちゃん」


 ロリータっぽいピンクのワンピースの裾が、ふわりと揺れる。


「レオ! どうした? またばあちゃんがなんか買ってきたのか?」

「そうなんだよ。今回は沖縄に行ってきたんだって。これお土産のジーマミ豆腐ね、賞味期限が短いからできるだけ早く食べてってさ」


 麗音は雛より一つ年下の高校生一年生で、イトコであり幼馴染であり、小さい頃からよく遊びに来ていた。

 麗音も高校生になってそれなりに忙しく、以前よりは頻度は減ったが、旅行が趣味の祖母が旅行先で何か買ってくると、その度にこうして届けにきてくれる。


「そうか、いつも悪いな」

「いいよ全然。それより、雛はまだ帰ってきてないの?」

「……え? 雛ならとっくに帰ってきてるけど?」

「でも、部屋の電気がついてないよ? カーテンも開けっぱなしだし」


 麗音の部屋は雛の部屋のほぼ真向かいだ。

 カーテンを閉めようとして、窓越しに目があうことだってたまにある。

 だからこそ、麗音も最近の雛に違和感を覚えていたようだ。


「雛に、何かあった? 最近多いよね? こういうこと」

「ああ、それがな……————」


 仁は麗音に、雛に彼氏ができたかもしれないと話してしまった。

 これがこの後、ややこしいことになるとは思いもせずに————




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