第19話 王子に恋は難しい(完)



(どどどどどどどうしよう!!?)


 星野の息が耳にかかり、なんだかよくわからないが雛は身動きが取れなくなった。

 心臓の音が大きく、速くなって、目が回りそうになる。

 後ろから抱きしめられているとはいえ、雛なら簡単に抜け出せるはずなのに、何かがおかしい。


「ねぇ、ヒナ。僕のお嫁さんになってくれるよね?」


(なんで、なんで体が動かないの!?)


 星野が耳元で囁く度、全身の血液が沸騰するんじゃないかと思うくらい体が熱くなる。

 強い力で抱きしめられているわけでもない。

 よくわからない、初めての感覚に動揺する雛。


(も……もしかして、何かしてる? そ、そうよ! 忘れてたけど、星野くんはアノ星人だもの!! 宇宙人だもの……!! きっと、何かしてるんだわ!!)


 健康診断の時、星野の体はほとんど地球人と変わらないと知ったが、やはり宇宙人。

 雛の怪力が通じないなにか未知の力を持っているに違いないと思うものの、思うだけで何もできないでいた。

 星野は雛が抵抗しないのをいいことに、耳元でさらに囁く。

 雛の真っ赤な耳に星野の唇が触れそうだった。


「————かわいい。やっぱり耳、弱いんだね」

「……っ!?」


(死んじゃう!! 心臓が……爆発する……!!)


 何が起こっているかわからなくて、雛はぎゅっと目を閉じる。

 そして、星野がさらに何かを言おうと息を吸ったその時————


「————コラ!! あなた達!! いくら保健室っていうシチュエーションでも、学校で不純異性交遊は認めませんよ!?」


 保健室の先生が戻ってきた。


(た、助かった!)


「ふじゅん……こうゆ? 何を言ってるかワカリマセンですよ。先生」

「星野くん、君そんなに元気ならもう手を冷やさなくていいです」


 カタコトの日本語で、星野は何が悪いかわからないという顔で先生を見上げ、首をかしげる。

 とっても純粋で無垢な表情だったが、先生は騙されない。

 雛を星野から引き離すと、星野が痛めた方の手に持っていた氷嚢をこちらに渡せと手を出してきた。

 星野が素直に手渡すと、先生はそれを————


「君は手より、そっちを冷やしなさい」


 星野の股間にぶん投げた。


「ヒヤッ!!? 何するデスか!!?」



 ☆ ☆ ☆




「王子、どうしました?」

「…………」


 まだ帰ってくるのには早い時間帯のはずだが、宇宙船に帰ってきた王子を見て、シッジーは首をかしげる。

 王子は何も言わずに、暗い表情で自分の部屋に入っていった。


「学校で何かあったのでしょうか? 今日は球技大会だって張り切っていたはずですが……?」


 心配になってそっと覗いて見ると、部屋の隅で体育座りをしてうずくまっている。

 ものすごく落ち込んでいた。


「お、王子!! 一体どうなさったのですか!! 大丈夫ですか!?」

「……大丈夫————じゃないかも……」

「このシッジーに何があったのかお話しください!! 王子をこんな風にした輩、このシッジーが倒してやりますぞ!!」


 もしかして、学校でいじめというやつにでもあっているのかと、シッジーは心配だった。

 ついさっき、この星のワイドショーとやらでやっていたのを見たばかりで、教育について何やら解説者が色々と話していたのだ。



「————ヒナに嫌われた」

「……は? はい? ヒナ……?」


 なんだ、またあの女の話か……と、シッジーは呆れる。

 全く、この王子は結局あの女のことしか頭にないのか……と。


「僕は素直に、ヒナに気持ちを伝えただけなのに……僕を避けるんだよ。僕が変なことをするからって近づくなって言うんだ。まだ何もしてないのに……」

「…………何かする気だったんですか?」

「…………宇宙人だから、怖いって言うんだ。話しかけないでって……一緒にいたら心臓がもたないって、爆発して死んじゃうって」

「……王子、質問の答えになってないんですが」


 王子は雛が、他人の尻を触ろうとしているのが嫌なんだと察した。

 自分のものが取られるような感覚だったんだろうと。

 それが嬉しくて、やっぱり雛がいいと素直に気持ちを伝えただけだ。

 何か特別なことをしたつもりはない。

 ただ、嬉しくてハグをしただけである。


「————地球人って、後ろから抱きしめると爆発するの?」

「なんですかそれ……そんな生命体、聞いたことないですが……。でも、そうなると、難しいですね」

「なにが……?」

「候補選びですよ。後ろからできないなら、どうやって愛を囁くのですか?」


 アノ星では、結婚式で後ろから新婦を抱きしめ、新郎が愛を囁くという儀式がある。

 そういう文化がある。

 それができないとなると、地球人との結婚は諦めなければならないかもしれない。


「難しいなぁ……これからどうしよう。ヒナが爆発したら困るよ……前からなら、いいのかな? でも、近づくなって怒られるし……どうしよう」


 王子に地球人との恋は難しい————かもしれない。



 一方、宇宙船O3オースリー————エイリの乗ってきたこの宇宙船内では、またあの青い猫から兄の様子を聞いたエイリは、怒っていた。

 尻も触らなかったなんて、信じられない。


「兄さん、せっかく俺がいい候補を紹介したのに!! なんでだ!?」

「にゃー」

「そうか、きっと背が高すぎたんだな!? 兄さんにはもう少し低めの方がいいのか……」

「にゃー」

「よし、次はもう少し低めの候補を探そう……!!」


 このやりとりを見て、エイリの執事がぼそりと呟いた。


「いや、ホシャ王子より先にご自分の候補を見つけてくださいよ……エイリさん」


 このワガママ王子には、それは難しいかもしれない。



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