第18話 王子に恋は難しい(5)
球技大会、午後の部。
体育館で行われた女子のドッジボール。
(さっさと当たって、さっさと外野に……)
最後まで残ってしまっては、またこの前の体育の時のように注目の的になってしまうことを恐れて、雛は自ら当たりに行った。
相変わらず、星野と雛の仲がいいことに嫉妬してすごい球を投げられたものの、全員が雛を総攻撃してくるため、当たるのは簡単だ。
「やった!! やったわ!!」
当てたチームは大喜びしているが、雛は呆れるしかない。
(そりゃぁ、同じクラスで、席も隣で、しかも秘密を知っちゃってるからボディーガードとして近くにいないといけないけどね……仕方がないじゃない。早く嫁候補みつからないかなぁ……)
外野に出た雛は、自分がボールをつかんでもあまり力を入れないように気をつけながら投げる。
時にはわざとつかめずに拾いに行く……なんてことを繰り返していた。
その時、ふと星野が応援にきている生徒の中にいることに気がつく。
その隣には、先ほどのワガママなエイリの姿も。
イケメンと美少年が二人で試合を見ているため、周りにいた女子たちは試合よりもその美しすぎる兄弟に夢中になっている。
「ヒナ!! 頑張って!!」
星野が大きく手を振って、応援してくれてはいるが……
エイリは不機嫌そうに、ボールを投げようとしている雛を睨みつける。
(まったく……なんであんなに嫌われてるのかな私? ……っていうか、学校はどうしたのよ、中学校に戻ったんじゃなかったの?)
軽く投げたボールは相手チームの陣地に落ち、試合終了まではこれの連続のはずだった。
しかし……
次に雛がわざと落としたボールを取りに行った時、星野の隣にエイリはいなくなっていて、その代わりとても美人な女性が立っていた。
すらっと背が高く、星野と並んでもバランスがいい。
それに、尻も大きそうな、ロングヘアの綺麗なお姉さんだ。
そして、星野の手が、そのお姉さんの尻に伸びる。
————————ズバーーーーーーーーーーーーン
「わっ!?」
「えっ!?」
雛が投げた豪速球が、星野の手の平に直撃。
体育館は一瞬で静まり返った。
ボールがコロコロと転がっていく音だけが響く。
「ちょ……ちょっと!! 雛ちゃんどこに投げてるの!?」
チームメイトがそう言って、雛はハッと気がつく。
「え……? あ? えー、えーと、その……」
完全に無意識だった。
気がついたら、全力で投げていた。
「ちょ、ちょっと……手が滑っただけよ!! ごめんごめん!!」
星野の手は真っ赤に腫れ上がっている。
(そ、そうよ。手が滑っただけ————そ、それに、あんなところで堂々と痴漢行為をしようとしていた星野くんが悪いのよ……!! 大きな尻の前だと、すぐ変態になるんだから!!)
雛は気まずそうに星野に駆け寄ると、隣にいた美人のお姉さんをちらりと見る。
「驚かせてすみません。あなたには当たってないですよね?」
「……え、ええ。私は大丈夫だけど……」
お姉さんは少し後ずさり、星野から離れた。
雛は気づいていない。
自分がとても不機嫌そうな顔をしていることに————
* * *
「もう……いくら手が滑ったからって、何も僕に当てなくても……」
「……ごめん」
保健室で診てもらい、腫れているだけだとわかって一安心した雛。
しかし、とにかくしばらく手を冷やしているように言われて残念ながら星野はこれから始まるサッカーの試合には出場できそうもない。
氷嚢を持たされていくらか腫れはマシになったようだが、まだジンジンと手のひらが痛むようだ。
(どうしよう……先生早く戻ってこないかな)
保健室の先生が他の生徒の怪我を診にグラウンドの方に行ってしまい、しばらく経つ。
この状況に雛は困っていた。
誰もいないのをいいことに、星野は怪我をしていない方の手で後ろを向いて立っている雛の尻を触っているのだ。
もちろん、ジャージの上からだが、怪我をさせてしまったという負い目があり、いつものように抵抗することができなかった。
「あぁ、やっぱりこのオシリいいなぁ……ずっと触ってたい」
「何よ、さっき別の女の尻触ろうとしてたくせに……」
「……別の女? あれ? ヒナもしかして————僕が別の女の子のお尻を触ろうとしてたから怒って投げたの?」
「あ、あんな堂々と痴漢しようとしてたからよ!! 言ったでしょ!? この星では合意なしにお尻触っちゃいけないの!!」
耳まで真っ赤にしながらそう言った雛に、星野は少し困ったような顔をした。
「いや、さっきの合意の上だったんだけど……」
「へっ!?」
(な、何それ!? あんな公衆の面前で、合意の上で尻を触らせる女なんているの!?)
「エイリがね、僕の嫁候補として連れて来たんだよ。エイリの中学に教育実習で来てる大学生だって言ってたけど……」
(何その大学生!? 怖いんだけど!? 絶対教師になっちゃダメじゃん!?)
「兄さんに相応しいのはこういう女だって、置いて帰っちゃってさ…………まぁ、仕方がないから一応どんな感じか確かめようと思ったんだけど」
これは完全に文化の違いである。
アノ星では尻を男性に触られるのは挨拶みたいなものだ。
触られることは女性にとっては女として魅力がある————っと褒められているようなもの。
アノ星人の星野には一切、あのお姉さんに対してそういう下心はなかった。
しかし雛にはその感覚が全然わからない。
もちろん、そんなことこの日本でやったら痴漢だ。
他の多くの国でも、勝手に人の尻を撫で回すなんてセクハラだし犯罪。
お互いを思い合っている、恋人同士がするものだと思っている。
雛は自覚していないが、あの瞬間、なんだか浮気されたような感覚になった。
怒りのような感情が一瞬、マグマのように湧き上がったのである。
「確かにあのオシリは大きいかもしれないけど……僕にだって、お尻以外にもタイプがあるんだから————」
星野は雛の尻を撫でるのをやめて、その手を雛の腹に回し、雛を引き寄せて自分の膝に座らせ後ろから抱きしめる。
「ちょ……ちょっと!! いきなり何するの!?」
雛は逃げようとしたが、星野は耳元で囁いた。
「————やっぱり、ヒナが一番可愛いよ。ねぇ、候補になってくれない? エイリやシッジーの前では候補探しの手伝いなんて、してるふりでいいからさ」
(え……ええええっ!?)
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