第16話 王子に恋は難しい(3)


 球技大会は、近所の住人たちのちょっとした楽しみだった。

 関係者以外は校内に立ち入ることはできないが、フェンス越しに見るサッカーやソフトボール、テニスなどのグラウンドで行われる競技は暇を持て余したご老人たちには孫の活躍を見ているようで、微笑ましい光景。

 高校のすぐ目の前の家に住んでいるご老人は、毎年この時期になると散歩ついでに試合を観戦していた。


 今グラウンドでは、女子のソフトボールが行われている。

 そのすぐ隣にあるテニスコートでは男子ダブルスが。


「きゃあああああ!!! 星野くん頑張ってええええ!!」

「星野ぅぅぅぅぅぅんん!!!」


 女子の黄色い声援。

 毎年のように球技大会を見物しているが、ここまで応援されている生徒がいるなんて初めてのことで、テニスの強い新入生でも入ったのだろうかと、老人は期待を寄せてテニスコートの方を見る。

 もしかしたら、将来のオリンピック選手になるような、そんなすごい生徒がいるのかと。


「フォルト!」

「ダブルフォルト!」


 ————しかし、どう見ても下手くそであった。

 サーブが全然入らない。


「何よフォルトって!!」

「なんで星野くんに点数入らないの!?」


 ルールを全くわかっていない女子たちが審判に文句を言う始末だ。

 老人はどうして、この下手くそな男子生徒がこんなにも応援されているのかわからず首をかしげる。

 老人からは、この男子生徒の後ろ姿しか見えていなかったせいだ。

 彼が横を向いた時、そこでやっと理解する。


「あ……なるほど、顔か」


 納得して、ぼそりと呟く。


「しかし、いくら顔が良くてもサーブも入らないような下手くそじゃ……応援するだけ無駄じゃろうに……」

「誰が、下手くそだって?」

「……へっ?」


 老人は突然自分の隣から声がして、驚いた。

 気がついていなかったのだ。

 いつの間にか、自分の隣に別の見物客が立っていたことに。


「誰が、下手くそだって? ジジィ」


 それも学ランを着た中学生の少年だ。

 やけに綺麗な顔をしているが、とても怒っているようで、しかも老人に対してタメ口である。


「君も見ていたならわかるじゃろうに……あの妙に整った顔をしている男じゃ。サーブは入らないし、まともに打ち返すこともできん。——……というか、君は中学生だろう? 授業はどうしたんじゃ?」


 球技大会は平日に行われている。

 中学生は普通に学校があり、授業があるはずだ。


「……授業なんて、どうでもいい。何言ってるんだこの無礼者が。俺にとっては、授業より、だ! お前、兄さんをバカにしただろう!! 許さないからな!!」

「に……兄さん?」


 少年は、怒って老人の胸ぐらを掴みかかった。


「ひっ!?」


 老人は身をすくめ、ぎゅっと目を瞑る。

 まさか、この老体をいたわるどころか痛めつけられることになるなんて、思ってもいなかった。

 長年球技大会を見物しているが、こんなことは、初めてだ。


「————ちょっと!! あんた何してるの!!?」


 恐る恐る老人が目を開けると、そこには高校の指定ジャージを着た小さな少女。

 助かったのか、助かってないのか……よくわからない状態だ。


「……お前には関係ないだろう! ちんちくりん女はすっこんでろ!」

「ちん……なんですって!?」


 正義感が強いのだろう、少女はその小さな体で中学生とはいえ男に立ち向かう。

 老人は見ていられず、再び目を閉じた。


 ————ドサッ



「————痛い……! 痛いっ!! なんだこれ!」

「放して欲しかったら謝りなさい。この腕、へし折るわよ?」


 もう一度目を開けると、少女が少年を制圧し、地面に押さえつけている。

 それはまるで、警察官が犯人を捕まえた時のような体制だった。


「折る!? ちょっと……待って!! 痛い!!」


 背の後ろに回された腕がすごく痛そうだ。

 五十肩を通り越して、七十肩の老人には絶対そんな体制は耐えられない。


「謝りなさい……!! おじいさんになんてことするの!! 全く、おじいちゃん相手にカツアゲなんて、中学生がすることじゃないわよ!?」

「————カツアゲ!? なんだ、カツアゲって!! どういう意味だ!? カツ丼か!? 唐揚げか!?」

「謝りなさいって、言ってるでしょ!? まだ抵抗するつもり!? 本当に折るわよ!?」

「待って!! 待って……それは嫌だ!! た、助けて…………兄さん!! 兄さああああああん!!」


 少年は泣き出してしまった。


「……兄さん?」


 少女は首をかしげる。

 兄さんとは……一体誰のことか。


「————エイリ!?」


 先ほどのテニスが下手くそな男子生徒は、フェンス越しにその少年を見てそう言った。




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