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梨沙は県で一番の進学校に受かり、国立大学を目指して入学そうそう勉強をはじめた。塾に行く金銭的な余裕なんてない。周りの同級生より何倍もの努力をしなければならない。
だが、そんな意気ごみとは相反して、五月にはおばあさんが入院してしまい、それと前後するように拓也の反抗期がはじまった。なによりまして、父が転勤を余儀なくされたことは、勉強に専心したい梨沙への大きな打撃となった。しかしそれは、家族を養うための父の苦渋の決断でもあった。
「どうせ、向こうでアイジンでも作ってんだよ」
梨沙は、こんなことを拓也が言うたびに――彼の逆鱗にふれるのを怖れるあまり――諭すように注意をした。そして考えてしまう。母ならどういうふうに拓也を叱ったのだろうかと。「だれのおかげで食べれていると思ってるの?」――みたいな感じだろうか。
もちろん梨沙だって、少しくらいは反抗期らしい感情を持ちあわせていた。それゆえ、「わたしのおかげで食べれてるんじゃない」と、こころのなかで思わずにはいられなかった。
成績はふるわない。友達もできない。女子からはうとまれ、男子からはからかわれる。そんな苦痛にあえぐ日々を送りながらも、帰り道で見かける上級生に恋をしてしまった。
ある日、そのひとに告白された。けど、家のことを考えると、断らなければならなかった。
「ほかに好きなひとがいるんです」
ひと月後、夕暮れどき。下駄箱の合間で、バスケ部に所属している同級生は、梨沙にこう言った。「フってくれてありがとう」と。どこかいじわるな口調をして。
もし、「いまはほかのことに忙しくて」――というような断り方をしていたら、未来は変わっていたのだろうか。そんなことを思うと、電気を消してふとんのなかで泣きじゃくるしかなかった。
翌朝、きっちりとアイロンがかけてある制服を、だらしなく着た拓也は、梨沙に向かってからかうように言った。「昨日の夜、ヘンなことしてたでしょ」と。
そして食卓に並ぶ朝食を見て、「いつも同じものが入った味噌汁だな」と言い放つ。梨沙はもう、怒る気にもなれなかった。かわりに、野菜の値上がりのことで、頭がいっぱいになっていた。
おばあさんが退院したのは、梨沙が不合格の報せを受けとってから三日後のことだった。ようやく、梨沙は一息をつくことができた。だから、悲しみより喜びの気持ちの方が強かった。それに、なにか復讐を遂げたような気分にもなっていた。
だが、未来のことについては真剣に考えなければならない。浪人をするという選択肢はなかった。だから、滑り止めの大学への進学を決めた。
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