41話 運営との対話



 ……気づけば俺は、何も無い白い空間にいた。


「…………」


 すると俺の前に一つの、光る球が出現する。


「よぉ。あんたが運営さん?」

【いかにも】


 光球が明滅するに応じて、俺の中で、無機質なアナウンスが流れる。

 男の声のようでもあるし、女の声のようでもある。


 何も無い白い空間に、白い光の球。

 どう考えても、日常ではまず見かけない異常な場所。


 ここが、運営たちの……神の世界とでも言うべき場所か。

 だが、神を前にしても、俺は焦りを覚えない。俺は言うべきことを言いに来ただけ。


「どうして俺がここに? とか聞かないんだな」

【もちろん。我らは個体ユニット、特に個体名渋谷チャラオの動向には特別に注意を払っていた。君がどうやってここに来たのかも、ここに何をしに来たのかも想像がつく】


 俺がどうやってここに来たのか?

 三毛猫サポーターの持つ管理者権限を使って、運営の領域にアクセスしたのだ。

 サポーターは運営からの指示をもとに行動していた。裏を返せば、やつらと接触する権限が与えられてるってこと。


 俺はサポーターを説得してその権限を奪ったのである。


 で、ここに何をしに来たのか?

 それは、単純だ。


「あ、そう。じゃあ話が早いな」


 俺は光体……運営を見ながら言う。


「チャーコの人権を認めろ」

【渋谷チャラオβのことだな】


「そうだよ。あいつの体の中には、俺の子供が宿ってるだろ? チャラオを消せば子供も消える。チャラオはαがいるからいいとして、βまで消したら、βの子供のアカウントまで削除する。それは……あんたらにとって不都合じゃないのか?」


【いかにも。ユニットたちの増減については、自然の成り行きに任せることをルールとしている。運営の介入による新たな個体ユニットの消去は、ルール違反となる】


 やはり俺がにらんだとおりだったようだ。


「ならチャーコも子供もこの世界の人間として人権を認めろ」

【……NO、といったら?】


 はっ、そんなの、決まってるだろ?


「あんたを説得ワラカセするだけだ。俺の熱い思いが、伝わるまでよ」


 しばしの沈黙があった。光体は、ちかちか……と高速で明滅する。


「なんだよ?」

【創造主に逆らう意思を持つ個体ユニットの出現。実に、興味深い】


 よくわからんが、運営に気に入られたようだ。


「言っとくが世界リセットもなしだからな。あっちの世界にはあんたらの使いっ走り、三毛猫サポーターもいるんだぜ?」


 今あいつは管理者権限を奪われている。つまり、この運営の領域に帰って来れない。この状態で世界を削除すると、運営側の手下を一人失うことになる。


 ちか……ちか……とまた光体が明滅する。


【実に面白い。その体は■■■■の記憶情報を付与した、単なるデータの集合体でしかないというのに、自立思考力が芽生えているようだ】


 ……■■■■とは、前世の俺のことだ。

 いや、こいつの言い方だと……。


「俺もまた、■■■■のクローンに過ぎないってことか」

【そうとも。あの世界は所詮仮想現実。君は前の人間の記憶を持つとはいえ、ゲームのキャラクターのひとつ。自分の思考を持っている、ようにプログラムされただけのデータの集合体に過ぎなかった】


 ……話、むずっ!


「ようは俺があんたに逆らうのは、イレギュラーってこったな?」

【その通り。だが……君は見事自我を確立した。想像主たる神に反抗する意思を見せた。これは……実に興味深い事例だ。君の蒔いた種が、どうこの世界に影響を及ぼすのか、もっと見てみたくなった】


「それって……消すのがおしくなったってこと?」

【いかにも。君と、君の周りの人間たち、そして君たちの暮らすその箱庭が、仮想を超えた第二の現実になりえるかどうか、もう少し……見守ろう】


「チャーコも含まれるんだよな?」

【例外として、認めよう】


 ……これでチャーコも、この世界も、消えずに済むってことだ。

 ふぅう……よかったぁ……。


【しかし君は驚異的な存在だ。自分もまた模造品だと知っても、自我を崩壊させない人工知能など聞いたことが無い。なぜそこまで君は完璧な自我を持てた?】


 あ? なんだかまたよくわからないこと言ってきてやがるな……。


「人工知能とか模造品とか知らないよ。ただ……俺は俺だ」


 俺には、俺のことを認めてくれる女の子たちがいる。彼女たちが愛してくれている。

 それが……俺、渋谷チャラオだ。

 彼女たちがいる限り、俺は存在できるし、自分を認識できる。


 言ってしまえば、俺と彼女たちの……


「愛だよ。愛。俺という個人を作ってるのは、彼女たちへの愛、彼女たちからの愛。ようするに……ラブパワーさ」


 光球は、今までに無いくらい、高速で明滅した後、一言いった。


【まったくもって、理解不能】


 かすかに、笑ってるように感じた。運営も神とか称したけど、その実、人間がやってるのかもしれないなと俺は思ったのだった。

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