42話 ママコの救済



★ママコ視点


 ……気づくとわたしは、何も無い白い空間にいた。

 その瞬間、自分は死んだのだと理解した。


「…………」


 気を失う直前のことを思い出す。

 運営から刺客に、わたしは打たれた。それはちゃーちゃんだった。


 ……わたしは、銃口を向けられたとき、逃げることができなかった。

 受け入れよう、そう思ったのだ。


 わたしは××××の手下、走狗マウスとして、ちゃーちゃんを堕落させるために働いていた。


 彼を愛する気持ちは本当だし、彼に悪意を向けたことも無い。ただわたしは、愛する彼と、より深く愛し合いたいと、そう思った。だから堕落させるように仕向けたのだ。


 ……でも、それはエゴだ。わたしの思う方向に、ちゃーちゃんの性格をねじ曲げてしまった。


 銃口を向けられたとき、報いを受けるときが来たと思った。自分のエゴで、誰かの人生を変えてしまったことに対する、罰であると。


 だから彼に殺されたとしても、わたしは、息子を憎むことは無かった。


「……これでいいのよ、これで」


 真っ暗闇な人生の中で出会った、一筋の光明。かけがえのない宝物。それが……ちゃーちゃん。


 でもそれはわたしだけのものじゃなかった。みんなにとって、彼は特別。彼を独占しようとして……罰が当たったんだ。


「わたしは、消えよう……これで……いいんだ」


 と、そのときだ。


「ママコ」


 誰かが、わたしの後ろから声を変えてきた。……だれ、なんて聞くまでも無い。愛する彼の声だから。顔を見なくてもわかる。でも……わたしは、振り返ることができなかった。


「迎えに来たよ」


 ……どうやって、なんて聞かない。だってちゃーちゃんだからだ。彼はいつだって、弱い人間わたしに救いを与えてくれる。彼は、そういう人なのだ。


 だから、つい甘えそうになる。でも……甘えては、いけないのだ。


「……かえって」


 きゅっ、と胸が痛んだ。


「……帰りなさい」


 ……わたしは、彼に救ってもらえる資格なんてない。わたしは彼に隠し事をしていた。彼に尽くすときめたのに。他者の命令で、大好きでたいせつなちゃーちゃんを、ねじ曲げてしまったから。


「それは断る。ママコを連れて帰るんだ」

「かえって! わたしなんて……もうほっといて! わたしは、救われるべきじゃない。報いを、ちゃんとうけないといけないの!」


 すると彼が、きゅっ、とわたしを後から抱きしめてくれる。その暖かい体に、わたしは甘えたくなる。


「いやだ。おまえを離さない」

「どう……して……」


 だってわたしは、彼に隠し事をしていたのに。嫌われてもおかしくないことを、していたのに……。


「おまえのことが、好きだから。愛してるから」


 とくんと心臓が高鳴る。彼のたくましい声に、堂々とした振る舞いに、女としてのわたしが、彼の前にひざまづきたくなる。彼の、暖かな優しさに、溺れたくなる。


「俺はおまえのことを愛してる」

「でも……それは……わたしが……植え付けた、感情で……」


「知らん。俺は、俺になる前から、おまえのことが好きだ。これからもこのさきも、ずっとおまえを愛し続ける」


 ちゃーちゃんが、わたしの肩をつかんで、くるっと反転させる。

 まっすぐに彼がわたしの目を見て言う。


「報いとか、資格とか……そんなのどうでもいいだろ。重要なのは、当人同士の意思だ。俺は……示した。おまえは……どうなんだよ?」


 意思……。ちゃーちゃんを、どう思ってるか……。

 そんなの……。


「すき……」


 一言、こぼれ落ちたら……もうだめだった。



「好き……好き……ちゃーちゃん……だいすき……あいしてるよぉ……」


 心を、偽ることはできなかった。愛する彼に対する思慕の情は、いくら押さえ込もうとしても、押さえることができない。それくらい……わたしは、彼を愛してる。


「なら帰ろう。一緒に」

「でも……わたしは……走狗マウスで……」


「走狗だろうとなんだろうと関係ない! 俺は、おまえの、全部を愛するよ!」


 ……もう、だめだった。わたしは彼に抱きついて、子供のように泣きわめく。


「ごめんさい! うぐ……ぐす……ごめんなさぁああああああああああああああい!」


 優しい彼は子供をあやすように、わたしの背中をなでてくれた。

 優しい愛撫と、わたしをつつむ大きな愛が……わたしの穴の開いた心を塞いでくれた。


「もういいよ。ね、一緒に帰ろう。みんなが待ってる」


 ちゃーちゃんが笑顔で言う。わたしも……涙を拭って、笑ってうなずいた。


 わたしは息子と手をつないで、その場を後にする。もうわたしに憂いはない。

 この子を死ぬまで、本気で愛する。そして……幸せになるんだ。


 もう迷わない。彼をただひたすらに、愛しつづけよう。


 ちゃーちゃん……ありがとう。

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