19話 義妹をわからせる



 ほどなくして、義妹のマイが目を覚ました。

「ここは……?」

「気がついたであるか、マイ」

「お兄様……」


 無事で何よりだと安堵する。だが妹はそうでないらしい。


「ごめんなさい……ごめんなさいお兄様……!」


 マイは立ち上がってベッドから降りて、その場で土下座をする。……なんだか二年目になってから、やたらと土下座されるようになったな……。


「わたしの身勝手な振る舞いのせいで! お兄様にあんな酷いことを……!」


 スタンガンでの攻撃のことを言っているのだろう。


「気にするな。言ったろう? 私は雷に対して無敵なのだよ」


 私の体にはスキル、という特別な力によって守られている。だが……。


「ごめんなさい! ごめんなさい! お兄様!」


 彼女は何度も頭を下げる。


「マイ。どうしてそんなに謝るのだ……私は平気だと言うのに」

「お兄様は、優しいから! 無敵だなんて嘘をついてらっしゃるのです!」


 ……なるほど、とある種得心がいった。


 スキル。これは、明らかにこの世界の物理現象を遙かに凌駕している。起こりえない奇跡を起こしてしまう。


 だからこそ。彼女は、スキルを信じられないのだ。当たり前だ。この世界の住民である彼女からすれば、スキルなんて物は存在しないのだから。


 現代日本人に魔法があるよ、と言ってるようなものである。そんなこと言ったら、頭オカシイと思われて当然である。


 マイから見たら、私が居たいのを我慢し、安心させるための虚偽を述べているのだと、無理をしているのだと思っているのだろう。


 スキルなんて嘘をついて。


(なんとも難しく、厄介であるな、スキルって……)


 雷耐性やセーブロードといったスキルは、便利ではある。だがその恩恵を受けられるのは、ゲーム管理者たる上の連中から好かれている私だけ。


 この世界ゲームで暮らす人たちでは、受けられない力だ。だから、説明しても信じてもらえないのである。


「わたしが……わたしのせいで……お兄様が優しいから……だから……」


 うーむ、弱った。信じてくれない。


「……お兄様を傷つけた、わたしなんて……妹失格です」


 ……それは、聞き逃せなかった。


「違う。マイ。それは違うよ」

「でも……!」


「確かに、君の行動は短慮であった」


 私とナジミが付き合ったという事実を認めず、嘘だと決めつけ、ナジミを攻撃した。これは明らかに考えが足りて仲過ぎだ。


「でも……それは、私への愛の裏返しだったのだろう?」


「もちろんです! わたしは……あなたを世界で一番愛してます! だから……あの糞虫を許せなかった……!」


 感情を吐き出すように、マイが言う。


「去年……あれだけ! あれだけお兄様がサポートしてくれて! ようやくゴールした相手をあっさりと振って! 新学期早々に別の男に乗り換えた! あんな……! あんな尻軽ビッチに! 恩知らずに! 取られたなんて……!」


 ……そうか。マイの視点では、そう見えるのか。


 マイをはじめとしたヒロインたちは、強制力という呪いにかかっていた。その呪いが解けて、自由になった。


 正直去年は彼女たちにとっても、ミナト同様、自分が自分でなかったのだろう。制作者たちが望むとおり、描いたシナリオ通り動いていただけに過ぎない……ある意味で、操り人形のような状態だったのだ。


 2年目になり、ようやく彼女たちは自分の意思で動けるようになった。強制力が無くなった。だから……ナジミは自分の意思でミナトではなく私を選んだ。


 でもマイから見れば、単に年度が切り替わった途端、別の男に乗り換えた尻軽にしか見えないのだろう。たしかに事情を知らぬ輩からすれば……そう見えて当然といえた。


「マイ。誤解だ。君はナジミを誤解してる」


「誤解なんてあるものですか! あのビッチめ!」


「ビッチではないといってる。ああもう……どうすれば信じてくれるのだ……」


 と、そのときだ。


『問。アクティブスキル【説得ワカラセ】を使いますか?』


 振り返ると、三毛猫サポーター氏が窓際に座っていた。


 説得ワカラセ


『解。プレイヤーがヒロインに対して行える特殊行動スキルのひとつ。使うことで、対象を【わからせる】ことができます』


 わ、わからせる……? それを使えば、この状況をなんとかできるのか?


『是』


 ……正直使いたい気持ちがある。だがスキルは、超常の力。何が起きるのか未知数な部分が多い。


 できればそんな力を使わないで、言葉で……説得を試みたい……。


『告。アクティブスキル【説得ワカラセ】の使用が、選択されました』


「なっ!? 何を言って……ぐぅう!」


 頭がクラクラする。立っていられなくなる……。


「お、お兄様!?」


 マイが心配してる。私は大丈夫だと言いたいのに……言えない。代わりに……。


「だい、じょぉ……ぶいぶいぶい! う゛ぃくとりぃいいいいいいいいいいい!」


 ……久方ぶりの、チャラ語が発動した。これは……まさか強制力!?


『告。称号【エロゲー主人公】から獲得したスキル【説得ワカラセ】が発動します』


 なぜだ!?

 私は、説得ワカラセを使う意思を示さなかった!


 変だ。サポーター氏は、スキルの【選択】がされたといった。


 私はスキルを使用してない。なら……このスキルは、誰によって【選ばれた】のだ……!?


 わからない……だが……私が……私が……。


「私が私を見つめてましたぁ! なんでなんで!? FoOOOOOOOOOO!」


    ★


 はっ……!

 

 い、今一瞬……意識が飛んでいた。


「い、一体なにが……」


 すると……。


「はへ~……♡ あひぃ~……♡」


 ……場所は、保健室。ベッドの上では……あられもない姿の、マイがいた。


 マイは何も身につけていなかった。そして彼女はドロドロに汚れていて、眼には♡マークが浮かんでいる。


「わからされ、ちゃいましたぁ~……♡」


 ……説得ワカラセって、そういうことかよ! 南無三!

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