18話 義母の重たい愛



 義妹の暴走から数十分後。私は保健室に、妹を運び込んだ。保健医曰く、少しパニックを起こしただけで、時期目を覚ますだろうということだった。(私が先生に感謝の言葉を述べると、ものすごくびっくりなさっていた。)


「ちゃーちゃん!」


 がらっ! と保健室の扉が開くと、我が母、ママコ氏が急ぎ駆けつけてきた。


「ご母堂ぼどう……ふぎゅ!」


 ママコ氏が私のことを思い切り、それはもう力一杯抱きしめる。彼女の甘い大人の香り、そして暖かく柔らかな乳房の感触に包まれ陶然とする。


「良かった……無事で……」

「ご母堂……」


 ママコ氏は私の前で頭を下げる。


「ごめんなさい、ちゃーちゃん……マイが貴女に迷惑を、またかけてしまって……」


 また、というのはミナトと付き合っていた頃のことだろう。マイを含めたヒロインたちはみな、強制力のせいで、ミナトを好きになっていた。一方で私に冷たく当たるようになってきたのだ。


「気にしなくていい。我々は家族だ。迷惑をかけられたなんて思ってない……ふぎゅ!」


「ああ! ちゃーちゃんなんて良い子なのかしら! ありがとう! お母さんあなたのお母さんで良かった……! こんなに良い子を義息子にモテたのですもの!」


 ママコ氏は私を本当の息子のように接してくれる。本来よそ者である私をである。喜ばしい一方で……しかし申し訳なさを覚える。


 ママコ氏の息子はチャラオであって、転生者たる私ではないのだ。この体に入る前のチャラオを愛してるのである。だから……とても微妙な気持ちになるのだ。


 ややあって。


「そう……付き合ったことを、マイに知られちゃったのね」


 私はママコ氏に事情を説明。呆れたように溜息をつく、眠る娘のあたまをなでる。


「ごめんなさい、ちゃーちゃん。この子に変わってわたしが謝るわ」


 深々と、ママコ氏が謝罪する。なんだかヒロインに頭を下げられてばかりだな、私。


「気にしなくて良い。彼女はまだ幼い。過ちは犯しても致し方ないだろう」


「まあ、ちゃーちゃん、なんて心が広いのかしら。素敵……♡ ……ああ、はらみたい」


「む? はら……なんだって?」


「こほん。なんでもありません♡」


 にっこりと笑うママコ氏。笑顔が素敵な大人のレディだ。しかしなんだったのだろうか、はら……とは。


「マイは……焦ってたのね。ちゃーちゃんに彼女ができて。この子もまた、あなたのことが大好きだから」


 ママコ氏が愛おしげに娘のあたまをなでる。

「……だからといって、他の子を殺そうとして、席を奪おうとするなんて。まったく……いけないこね。起きたらお説教だわ」


 ふう、とママコ氏が息をつく。マイから好かれる。私はその思いに、どう答えるべきだろうか。言うまでもなく、この日本において、思いを応えられる相手は一人だけ……。


「そんな怖い顔をして、どうしたのちゃーちゃん?」


「いや……どうすれば良いかと迷っていて。私は一人としか付き合えないから。だから……」


 するとママコ氏はきょとんとした顔になって言う。


「どうして?」

「へ?」


 真顔で驚かれてしまった。どういうことだろうか。


「だって別に合意してるのなら、複数人と付き合っても問題ないでしょう?」


「ど、どうして……?」


「? だって、この世界じゃ、重婚オッケーでしょう?」


 ……はい? じゅ、重婚がオッケー? なんだそれは。聞いてない。俺なじの世界は、現実の世界に近い世界観だったはず。


 それが、重婚オッケーだって? ばかな。あり得ない。一夫一妻制だったはず……。


 ……まさか。


「またしても、世界の上書きが……行われたのか……?」


 私の意識、徐々に、【そうだったかも知れない】というものへと変質していった。そうだ。あのときと一緒だ。ミナトに腹を突き刺されたとき。


 あのときも、私は雑誌を腹になんて詰めてなかった。だが結果的に、雑誌を詰めて一命を取り留めた。あのときと一緒、ルールの改変、事象への干渉……。


 この世界が元々、一夫一妻制だったという世界のルールが上書きされ、一夫多妻制になったのだ……。

 

 ……怖い、と思ってしまった。私の知らない間に、世界の常識が書き換わっていく。私の意思に反して、知らない常識が植え付けられるのは、恐怖でしかない。もし人を殺しても良いだなんて、ルールが適用されたら……。

「そんな、思い詰めなくてもいいと思うわ」

「ご母堂……」


 ママコ氏は微笑んで、私の頭を優しく抱きしめてくる。


「あなたは、思うまま行動すれば良い。あなたの心が求める女生と付き合うべきだわ。マイがすきなら、めすぶ……」


「めす……ぶ?」


「こほん。ナジミちゃんと付き合ってるうえで、マイと付き合うって選択肢もある。法的にはそれが許されてるのだから。あまり深く考えてはいけませんよ」


 ママコ氏はどうやら、私がマイとナジミ、どちらを選ぶのか、恋の悩みを抱いていて、思い悩んでいたと誤解していたようだ。


 確かにそこも重要ではある。だが私の現在の心配事は、私の感知しない世界の改変だ。


 三毛猫サポーター氏の言っていた、【上】の人たち。ゲームみたいなスキルシステム。元々この世界は、現実ではなかった。だがある程度の現実のルールに則した世界だった。強制力というイレギュラーはあれど。


 だが今は……正直言って怖い。今までなかった謎の力が働いている。人知を超えた、まさに神の力という物を、私はいくつも目の当たりにしている。


 ……ここは私の知っている世界ではあれど、全く別の世界。何が起きるのかわからない。ふとした瞬間、別のルールが適応され、私が永久退場なんて事も……。


 いや、今考えても、栓のないことか。


「ちゃーちゃん。マイが起きたら一緒に教室に来てね」


 ママコ氏は私とマイ、ナジミのクラス担任でもあるのだ。私も生徒なので、本来ならすぐ教室へ戻る必要があった。


 でもママコ氏は娘が起きてさみしい想いを為ないようにと、私を心に置く配慮をしてくれたのだろう。


「感謝いたす、ご母堂」

「いいのよ♡ じゃあね、ちゃーちゃん」


 あの人も、とても優しい人だ。他人の子である私にも、マイたちと同じ家族の愛をもって、親として接してくれている。


 いつか彼女に恩返ししたいなと私はおっ網のだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★ママコ氏点


「ああ……ちゃーちゃん……素敵……♡」


 チャラオと別れた後、ママコが向かったのは教室ではなく、教員用のトイレの中だった。


 ぐちゅぐちゅと自分の秘部をいじりながら、息子に抱かれる妄想をして果てる。


かぞくのために体を張るちゃーちゃん……素敵……♡ かわいい……♡」


 はぁ……と深く長く、そして熱い息をつく。

「お母さんのためにも、体張ってくれるかしら……愚問ね。当然じゃないの。あの子は優しくて……最高の……男……ああん♡」


 ややあって。


 トイレの壁にもたれかかって、ママコが息をつく。


「……それにしても、あの子。ちゃーちゃんを傷つけるなんて。ほんと……ゆるせないわ……」


 マイがスタンガンで愛する息子を傷つけた。それを聞いた瞬間、頭の中が怒りで真っ白になった。


 たしかに、娘のことは好きだ。愛してる。でも……女という土俵においては、敵だと思っている。


「……確かに娘は大事よ。愛してる。でも……人の男にちょっかい出した時点で、敵でもあるのよ」


 確かに、この世界はハーレムOKだ。しかしそのハーレムの輪のなかでも、順位という物は存在する。


 さらにいえば、確かに複数の女との交際は許されてはいるけれど、その中でも、自分が一番に愛されたいという欲求はある。


 複数の女との交際を、法的に許されてはいても……である。やはり自分が一番になりたいし、もっと言えば、自分だけを愛して欲しい。


 マイがチャラオ以外の男と付き合うのなら、これまで通り母として接するつもりだった。しかしマイは明確にチャラオへ、男としての彼を求めている。ならば敵なのだ。


 ママコの仲には、マイに対する親の愛情と同時に、マイに対するライバル心も芽生えているのである。


「渡さないわ……マイ。あなたにちゃーちゃんは……絶対」


 自分と同じ血を引いてるのなら、いずれマイもママコ同様に、豊満で魅力的な乳房を手に入れるだろう。


 そうすると、厄介だ。だから、娘の動向には細心の注意を払わねばならない。


「今日は許すけど……マイ? 次またちゃーちゃんを傷つけるようなら……容赦しないわよ」

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