17話 俺の彼女と義妹が修羅場とる



 爽やかな朝、私の教室では、キャットファイトが繰り広げられていた。


「うそつき! このびっちが! お兄様があんたなんかと付き合うわけないでしょ!」

「付き合ってるわよ! ほんとうだわ!」


 わが義妹がナジミの髪の毛を引っ張る。ナジミはマイの頬を引っ張って応戦する。猫同士の縄張り争いのような様相を呈していた。


 ……事の発端は些細なことだった。マイが今朝来て、ナジミと私が付き合ってると言うことを聞いたのだ。マイは最初、信じなかった。そしてナジミを嘘つき呼ばわりすると、口論、からの、キャットファイトへと移行したのである。


「うそつきびっちが! お兄様のような素敵な殿方が、あなたのような雌になびくわけない!」


「本当だって言ってるでしょ! いった! このぉ!」


 頬を引っかいたり、髪の毛を引っ張ったりと大騒ぎだ。しかもかなりの乱闘具合であり、机、いすが倒れるのもいとわずレスリングをしている。


「二人とも、それくらいにしなさい」


 私が止めようとする。当然だ。ヒロイン同士の争いなんて、私の望むところではない。

 だが……。


「お兄様は! わたしと付き合うんですもの! おまえなんかの彼氏になるわけないんです!!!!!」


 かなり恐慌状態で、私の言葉が届いていない様子。これは参った……。


「だから、なってるって言ってるでしょうが! わからずやのちんちくりん!」


 ぴきっ、と妹の額に血管が浮かぶ。


「ふ、ふふ……ち、ちんちくりん……」


 先ほどよりさらに怒気を強めたマイが、暗くほほ笑む。さっきまでの暴走状態が急にストップして、ふらふらと自分の席へと戻る。


 よ、よかった……収まった……?


「だれが、ちんちくりんですって?」 


 ばちばちばち! と彼女の手から青白い電流が発せられる。


「す、スタンガン?」

「ちょっとあんた! なんてもの学校に持ってきてるのよ!」


 ごついスタンガンを片手に、マイがナジミに歩み寄っていく。半笑いでスタンガンを片手に詰め寄る様は、正気とは思えなかった。


「あのくそ虫対策です。あいつが昨日……」


 くそ虫とは、ミナトのことだろう。

 しかし……昨日?


「マイ。ミナトと昨日なにかあったのか……?」


 だが彼女は、私の声が届いていない様子で、スタンガン装備でナジミに向かっていく。


「お兄様と……別れろ」


 ばちばち! ばちばち! と電気が空中ではぜる。

 

「い、いやよ!」

「……そうですか。では! 消えなさい!」


 その迫力に、誰もが動けないでいる。そんななかで私は飛び込んだ。


「お兄様!」

「アババババババババババ!!!!!!!」


 で、電流が……! 体を駆け巡り私は激しい痛みを……。

 痛みを……。


 あれ?

 痛くない?


『告。パッシブスキル【雷耐性】が発動してます。雷攻撃は無効化されます』


 三毛猫サポーター氏からのアナウンス。ナイスなスキルである。だがこんなファンタジーゲームみたいなスキル役に立つのか?


『解。なう』


 そうであった。たった今雷耐性があったおかげで、助かった。スキル大事。


「お兄様!」


 マイは今ので冷静になったらしく、手に持っていたスタンガンを落とした。顔から一気に血の気が引いて、唇を震わせてる。


「チャラオ! 大丈夫なの!?」


 ナジミが青い顔をして私に近づいてくる。


「なぁに、心配無用だ」


 ナジミ、そして……なにより、妹のマイに、安心させるように声を張る。


「私の体はどんな高圧電流を受けても平気な体なのだよ。普通に喋れてるのがいい証拠だろう?」


 ナジミは困惑している様子。周りは依然として距離を取っていた。


 一方で、マイはぽろぽろと涙を流す。


「ご、ごめ……ごめん、なさい……お兄様……」


 大粒の涙を流しながら、自分の顔を手で覆う。そんな暗い顔をしないでほしい。


「大丈夫さ。私はぴんぴんしてる。だからこんな危ないものを振り回しちゃいけないよ」

「ごめ、ごめん……なさい……」


 彼女はどうやら、ショック過ぎて、私の話が聞こえてない様子。ちょっと思い込みが激しい子なのだ。感情的になりやすいというか。


「わ、わたしは……ただ……」


 くら、とその場にマイが崩れ落ちる。


「マイ!」


 私は彼女を抱きしめる。細く、小さな体は、冷たかった。どうやらショック過ぎて気を失ってしまったのだろう。そうとう精神にダメージが来たのか。


「チャラオ……」

「ナジミ。すまなかった。妹が無礼を働いてしまい」


 私は彼女の代わりに頭を下げる。


「あ、あんたが謝る必要ないでしょ?」

「いや、私がきちんとマイを説得できていなかったのが悪い。それに、付き合うことになるとなれば、こうなることは予測できた。ケアできなかった私のせいである」


「チャラオ……」


 私はマイをおんぶする。


「謝罪はいずれ、正式に君にする。今日のところは許してほしい。妹を保健室に運ばねばならぬ」


「わ、わかったわ……その、チャラオは本当に大丈夫なの?」


 心配そうなナジミに、二かっと笑って答える。


「なに、腹にナイフを突き刺されても私は生きていたのだ。スタンガンぐらいじゃ死なないし、それに、可愛い妹を犯罪者になんて、絶対させないさ」


 私はそう言ってマイを背負い、その場を後にするのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★マイ視点


私は夢を見ていた。それは昨晩のこと。夜道を歩いてると、あのくそ虫が、姿を現したのだ。


「マイぃ……」

「ひっ!」


 やつだ。港ミナトだ。一時的に、わたしはこのくそ虫に夢中になってしまい、兄さんをないがしろにする羽目となってしまった、元凶。


「会いたかったぜえ……マイぃ……」

「な、んですか……あなた。何しに?」


「おれとやり直すチャンスをやるぜ、マイ」

「……は?」


 なんだ、その上から目線は。


「悪かったなぁ、おまえの気持ちを踏みにじって、別の女のとこいっちまってよぉ。さぞ、悲しかったろうなぁ。おまえの思いに、あの時は答えられなくてごめんよ。今でも、ひきずってるよな、おれとの失恋」


 ……こいつはいったい何を言ってるのだ?

 くそ虫との恋を、引きずってるだと?


 こいつのなかでは、わたしはまだ、思い続けてると信じているのだろうか。馬鹿か、こいつ?


「悪かったよぉ。あのときはどうかしてた。でもおれは気づいたんだ……マイ。おまえがやっぱり一番だってなぁ」


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!

 くそ虫がわたしの名前を気安く読んでくることも! 一時的とはいえ、こんなのに心動かされてしまった、自分にも!


 男が、わたしの腕を無遠慮につかんでくる。


「おれとやり直そうぜぇ。へぶ!」


 わたしはくそ虫ミナトの股間を思いきり蹴飛ばした。


「あ、ぐ……ぅう」

「気色わるいんですよ! あんたなんて大嫌い! 死ね! 死ね! 二度とわたしに、近づくな!」


 白目をむいてぴくぴくしているくそ虫に吐き捨てて、わたしは走り出す。

 ああもう! わたしはなんて愚かだったのだ!


 こんなのに! 恋心を抱いていたなんて!

 こんなくそよりも、お兄様のほうが何万倍も素敵なのは確定的に明らかなのに!


 わたしは! ああわたしは! なんてことを!


 わたしは激しい後悔の念に襲われながら、ミナトの元を離れる。

 ……また現れたときは、今度は近寄らせないために、防衛グッズを買っておこう。


 この体は、魂は、全部お兄様にささげるもの。

 きれいに保っておきたい。


 あんな男に、けがされてしまってはいけない。もうすでに一度汚されてしまっているのだから……これ以上はもう……。


 ああなんて、なんてわたしは……愚かだったのだ。

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