10話 【主人公】の戦い



 私は学校を抜け出して、ナジミの家までやってきた。ナジミを無理矢理犯そうとする、主人公ミナトを発見し、割って入ってきた次第だ。


 私は思わずミナトを殴ってしまった。すごい吹っ飛んで地面に倒れてる皆と。


「チャラオぉおおおおおおおお! てめえ! だぁああああああああああれを殴ってやがるぅううううううううううううう!」


 頬を抑えながらミナトが立ち上がる。その瞳には狂気の色が見えた。とても、私の知っている港ミナトではない。そこにいたのは、ゲーム俺なじの主人公ではない。別の、異質なる、誰かだ。


「チャラオ……どうして……?」


 弱々しい声でつぶやくナジミ。その顔には恐怖が色濃く残っていた。


「予感が、したのだ」

「予感……?」


「ああ。全く論理的ではないが、悪い予感がしたのだ。ミナトも学校を休んでいたと聞いたし。もしやと思って駆けつけてきたのである」


 ホッ、と安堵の息をつく。


「ギリギリ間に合って、良かった」


 しかし恐ろしくタイミングが良すぎた。ヒロインが悪漢に襲われ、あと少しでやられるというタイミングでの登場。まるで、物語のなかの主人公のようなムーブではないか。私には、縁遠いものだったはず。


「チャラオぉ! 帰れてめえ!」


 ミナトが私に近づいてくる。おびえるナジミをかばうようにして、私が彼女の前に立つ。

「断固断る」

「んでだよぉ!」


「今の君を、ナジミと二人きりにはできない」

「あぁ!? 何いってんだぁてめえ! そこどけ! そのアマにおれが用事があるんだよ! そのアマはおれんだよぉ!」


「……君こそ、何を言ってるんだ」


 知らず、私は声が怒りで震えていた。アマ、だと? ナジミを……なんだと思っているのだ。


「ナジミは君のガールフレンドだろう。アマなんて言うな」


 私の胸中に渦巻く怒りが、言葉となって外に吐き出される。


「女性をアマなんて呼び、嫌がる婦女子を無理矢理犯す……そんなの……君に、主人公に、、港ミナトにふさわしくない!」


 私はミナトらしき男に、指を突きつける。


「ヒロインを不幸にするような主人公など、主人公失格だ! 消えるのは君だ、ミナト!」


 ぶちんっ、とミナトのなかの何かがキレたような、気がした。


「……うぜえ。うぜえうぜえうぜええええええええええええんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ミナトがポケットをあさり出す。


「へへ……チャラオぉ……てめえよぉ……前々からうぜえって思ってたんだよぉ。おれの攻略を、横からグチグチと余計なことばかり言いやがって」


 攻略……。その言葉、そして彼の言動を聞いて、私は確信を得る。


「そうか……君も、転生者か」

「そぉおおおおおおだよおぉ! チャラオの転生者ぁああああああ!」


 ナジミは私たちの会話についてけていない。それでいいんだ。この物語の登場人物には、関係内のないこと。これは……部外者同士の戦いなのだから。


「しかしよぉ! 残念だったなぁチャラオぉ! これを見ろぉ!」


 ポケットから取り出したのは、小型の、折りたたみ式のナイフ。いわゆる、バタフライナイフだった。


「ナイフ!? ミナト……なんでそんなものを!」


 ナジミからの問いかけに、下卑た笑みを浮かべながらミナトが答える。


「げひひ! 言うこと聞かなかったらよぉ、こいつでナジミを脅してレイプしてやろぉって思って、持ってきたんだよぉ……げひひひ!」


 ……ああもう駄目だこいつ。私はそこで見切りを付けた。彼はもう、主人公失格だ。


「死にたくなきゃどきなチャラオぉ! こいつでぶっすり刺されたくなっきゃよぉ!」


 ナイフを向けられているというのに、私はどこか、冷静だった。彼の持っているナイフは殺傷能力が確かにあるはずなのに、なぜだろう。


 私は死なないと、そういう確信があった。


「やってみろよ」

「あ?」


 私は一歩、前に出る。


「刺してみろよ、それで」

「な、なんだよて、てめええ……」


 ミナトが後ずさりする。


「それで私を刺してみろ。君がもし主人公ならば、私を刺してもおとがめ無しだろう。君は物語せかいに愛されてる、主人公なのだから」


 悪漢を倒すのは、古今東西、主人公の仕事だ。

 そしてたいていの場合、正義の主人公の行いは、許される。


 たとえちょっとグレーな行為も、生徒うっ防衛が成り立つ。それが主人公なのだ。


 だがもし……もしもだ。


「君がこの物語せかいの主人公にふさわしくないと思われてるようなら、やめといたほうがいい」


「お、思われてるって、だ、誰にだよ!」


 私は……指さす。


 画面の向こうの、【あなたに】。この物語を読んでいる……


「読者に、だよ」


 呆然とするミナトに私は続ける。


「読者に嫌われた瞬間、主人公はおしまいなのだ。この物語に愛されなくなる。それは君を守っていた強制力……補正、とでもいうのかな。それを失う」


 この世界に居る我々を縛っていた力、強制力。それは私たちの動きを阻害してきたと同時に、守ってきた力でもあるのだ。


「判断は、読者に委ねようじゃないか。君と私、どちらが主人公にふさわしいか」


 私はミナトのナイフをつかむ。そして、ぐいっ、と引き寄せる。


「ほら、刺したまえ。今の君の振るまいが、本当に、主人公にふさわしいと、本気で思ってるのなら。君は私を刺したところで……許される」


 勧善懲悪。みなが好むストーリーラインではないか。悪を倒した正義のヒーローが、ヒロインと幸せに暮らす。もしも、ミナトに、強制力が……補正が聞いているのならば、きっとヒロインとの常時を邪魔した私が悪で、それを倒そうとするミナトが正義だと、処理される。


「さぁほら」

「ぐ、そ、がぁあああああああああああ! お、おれは主人公なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ぐさっ……!


「うぐ……!」


 腹部に、衝撃が走る。ふらりと私は倒れる。

「ひ、あ、い、いや……いや……ち、ちがう……ちがうぞぉ……」


 ミナトがおびえている。真っ青な顔で、私を見ている。


「こ、こいつが……こいつが自分で刺したんだ! お、お、おれは悪くねえ……おれのせいじゃない、な、なあ! そうだろう!? なぁ!?」


 ミナトが、訴えている。誰に? 世界に……、いや、読者に、だろう。


「お、おれはな、ナジミの彼氏なんだ……か、彼氏の女を奪おうとした、こいつが悪もんだ! なぁ! そ、そうだろぉ!?」


 と、そのときだった。

 

 ピーポーピーポーピーポー♪


「ぱ、ぱ、パトカー!? ンだよ! なんだよこのタイミングはよおぉおおおお!」


「……どうやら、判決は下されたようだな」


 私はミナトを見上げる。


「このタイミングで……警察がかけつける。ははっ、君が主人公なら、あり得ないな」


「いや……いやだ……ち、ちが……」


「君は、見放されたんだよ。主人公として、この世界から。だから、今まで君を守っていた強制力……補正は、切れた。だから、君にとって不都合な形で、物語からの介入が入った」


「ちがう! お、お、おれは! おれは主人公なんだぁああああああああああああああああああ!」


 ミナトが部屋から出て行こうとする。

 どたばたと、いう足音ともに、去って行った。


「ふぅ……」

「チャラオ! 大丈夫なの、チャラオぉお!」


 今までびっくりして、フリーズしていたナジミが、私に駆け寄ってくる。


「お、おなかに……ナイフが、刺さってるよぉ!」


「ああ、うん。大丈夫だよ。泣かないでくれ、ナジミ」


「ふぇ……?」


 私はシャツをめくる。

 

「腹に、雑誌を詰めておいたのさ」


 私がここへかけつける前、もしものときに備えて、シャツの下にいれておいたのだ。


「どうして……助けてくれたの……? どうして、そこまでして……」


 さて読者諸兄におかれては、腹に雑誌だなんてなんてご都合主義な! と憤ることほかならないだろう。


 だがどうか、勘弁して欲しい。そう、なぜなら、私の行動は……。


ヒロインの笑顔を、守りたかったからさ」

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