9話 『港ミナトの、主人公補正は失われました』




★ナジミ視点


 翌日、アタシは学校を休んでいた。


 昨日のミナトからの通話が、怖くて。アタシは学校に行けなかったんだ。


 学校を仮病してしまったことに罪悪感を覚えていると……チャラオから電話がかかってきた。


 画面に映る【渋谷チャラオ】の文字に、こんなに安心するなんて思わなかった。


「……もしもし?」

『ナジミ。どうしたのだ? 今日学校にきみがいなくて、とても心配したぞ』


 ……なんで、あんたは。そんなに優しいんだろうか。心の中にぽかぽかした気持ちが広がってくる。


 チャラオが心配してくれるのが、すごっく、うれしかった。


 どうしたと言われて、アタシはどう答えるか迷った。迷った末に、アタシは彼に真実を打ち明けた。


『そんなことが……』

「うん。だから……怖くて……顔会わせたくなかったの、ミナトと」


『状況は理解した。ナジミ。今日の放課後、私はミナトに注意してくる。それまで家で大人しくしててくれ』

「うん、わかった……ありがとう」


 電話を切ると、アタシはベッドの上に仰向けに寝る。体がぽかぽかする。


 彼ともっと電話したかった、という気持ちでいっぱいになる。早く放課後にならないだろうか……。


「……アタシ、なんだかチャラオのことばかり考えてる」


 ミナトに抱いていた胸のときめきは完璧に失われていた。アタシにとってミナトは、大好きな恋人ではない。恐ろしい、別の何かになっていた。


 気持ちが冷めていた、と言い換えても良い。

 と、そのときだった。

 ピンポーン……♪


「だれだろ……?」


 アタシはインターホンをのぞいて、絶句した。


「ひっ……!」

『ナジミぃ~……あけてよぉ~……』

「み、なと……」


 ギラついた目の港ミナトが、ドアの前に立っているのだ。


 ピンポーン……♪


『ねえ無視しないでよ。あけてよ。彼氏が来たんだからさぁ! おい! 開けろよ!』


 ドンドンドンドンドン!


「いや! 来ないで! 帰って!」


 何度も何度もミナトはドアを乱暴にノックする。嫌だ怖い! 来ないで来ないで!


 アタシはインターホンから離れて自分の部屋へと行く。


 スマホを手に持って、かけたのはチャラオだ。だが彼は授業中だからだろうか、でてくれない。


「そんな……怖い……! いやだ……チャラオ……助けて……こわいよぉお……」


 アタシは布団の中に丸くなって、必死になって、嵐が過ぎるのを待った。

 やがて、チャイムが鳴り終わる。


「……帰った?」


「そんなわけないでしょぉ?」


 ……そこにいたのは、ミナトだった。

 ぎらついた、欲望にまみれた目でアタシのことを見ている。


「ひっ……! な、んで……」

「窓のカギが開いてたぜハニー~?」


 そんな! た、確かに窓のカギは普段、あまり気にしないけど……。


 でも! なんてタイミングで! カギが開いてるのよ! 最悪!


「いやぁ、ラッキーっつーかぁ? おれ愛されてるからさ、この世界にぃ」


 怖い、怖い、怖い……!


 ミナトが怖い。もう完全にあの頃の彼じゃないよ。だって……完全に不法侵入じゃん!


「か、かえ、帰って……!」


「つれないなぁ……なあ、良いだろぉ、ナジミ~?」


 逃げようとするアタシの腕をつかんで、ベッドに押し倒す。


 ミナトはアタシに覆い被さった! 逃げようとしても無理矢理、力で押し倒してくる!


 いや! いやだ! 怖い! なにこいつ!


「あんただれよ!? ミナトは……優しいミナトはどこいったのよ!?」


「はぁ~~~? おれがミナトだろうが。どこに目ぇつけてんだよぉ」


 べろり、とミナトが舌なめずりする。


「てめ……着拒しやがってよぉ。わからせてやんねえとなぁ。誰が誰の男だってことをよぉ~」


 そこにいたのは、優しい彼じゃない。もうアタシの知ってる港ミナトは死んだんだ。


「嫌! 嫌! 誰か! 助けて!」

「げへへぇ。誰も来ないよぉ。こういうとき駆けつけてくるのは、主人公のおれだからなぁ~?」


 そのときだった。


『港ミナトの、主人公補正は失われました』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★????視点


※『K%##``#<から、各員へ。』


※『個体:港ミナト、本名××××へのエラーを検知』


※『監査の結果、この世界の秩序を見なす存在と断定』


※『保留になってい個体:港ミナトへの処遇を言い渡す』


※『個体:港ミナトに付与していた権限を剥奪する』


※『続いて同権限を個体:渋谷チャラオに付与』


※『以後、監査対象を個体:渋谷チャラオ、本名××××に変更とする』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


★ミナト視点


『港ミナトの、主人公補正は失われました』


 ……あ? なんだ、いまの声?


 おれは今恋人のナジミとよろしくやろうとしていたとこだった。


 嫌がる女を犯すのも、ま、一興かなって思って、やろうとおもったとこ。


 別にいいだろ? だってこいつはゲームキャラなんだから。別に犯したところでさ。


 そ・れ・に? おれはなんつったって主人公だし? この世界に愛された存在だしよ。


 たとえ女キャラを犯したところで、どーせ美味く行くんだ。だって……。


 この世界は、主人公(プレイヤー)にとって、最も都合が良いように作られてるんだからさ!


 ナジミに覆い被さろうとしたそのときだった。


「何をしているのだ貴様……!」


 ばんっ! と、とても都合の良い、最高のタイミングで、【やつ】が入ってきたのだ。


「チャラオぉ……!」

「てめ……! チャラオ!? どうして……!」


 お、おかしい。なんだこの展開は?

 ふ、普通ピンチにかけつけてくるのは主人公の仕事。だのに! なんで、こんな女がピンチのときにかけつけてくるみたいな、まるで主人公みたいな展開が、チャラオなんぞに起きてるんだ!?


「ナジミを離せ下郎が!」


 チャラオがめっちゃ怒ってる。なんだモブキャラ風情が! おれに命令してんじゃねえ!


「うるせえよ、モブキャラはさっさと帰りな」


 チャラオ。おまえは主人公のお助けキャラなんだ。


 主人公のおれが、女と仲良くなる手助けはすれど、邪魔はしないよなぁ?


 するとチャラオはこちらに近づいてきて、おれの胸ぐらをつかむと……。


 ばきぃい!


「ぐぇええええええええええええええ!」


 おれはボールのように吹っ飛んでいく。


 思い切り殴られた。殴られた……? 誰に……? チャラオが……? まさか、お助けモブキャラの分際で!?


 どうして主人公を殴れる!? こんなの……こんなの全くチャラオらしくない!


「チャラオ……!」

「ナジミ!」


 ナジミは泣きながら、チャラオの胸に飛び込む。


「怖かった……! 怖かったよぉ……!」

「大丈夫、もう大丈夫だ……」


 おれは目の前で繰り広げられる光景に、唖然とするほかなかった。


 なんだこの……主人公イベントは?


 チンピラに強姦されてるヒロインを、助けるなんて。それは……主人公おれの仕事だろうが!


 なに、モブキャラごときが、やってるんだよ!?


 メスの顔をして、ナジミがチャラオに抱きついてる。おれの女のくせに! なにモブに媚び売ってるんだよ!?


『港ミナトの、主人公補正は失われました』


 ……そのとき、脳裏に先ほどのアナウンスがリフレインされた。


 主人公補正が、失われた……?


 ……猛烈に、嫌な予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る