3話 義妹ヒロイン【渋谷マイ】



 新学期初日、家を出ると私の前には義妹【渋谷マイ】がいた。私に会いに来たと言ってDOZEZAしてきたのであった。


 話しは数刻の後、私はいったん部屋に彼女を入れることにした。朝早くでよかった。誰かに土下座を見られることがなくて本当に助かったのである。


 私の部屋にて。床に正座しているのは、銀髪の美しい美少女。小柄で、薄幸の美少女然とした見た目。さらさらの髪に髪留め、すっと伸びた背筋が美しい。


 彼女が私の義妹、渋谷マイである。


「どうしたのだマイよ。私の家に、何の用事だ?」


 するとマイはギョッ、と目をむいてしまった。何か驚くようなことをしただろうか。いやまて、思い当たることが一つある。


「お、お兄様……そのしゃべり方ですが……前と違いますね」


「そうか?」


「は、はい。前はその……」


 さて【強制力】について説明しよう(唐突)。賢明なる読者諸氏におかれては、先ほど私が幼なじみのナジミ出したラインの文面を見て驚かれたことだろう。私も驚いた(?)


 あれは私の意思に反する行いである。この世界には、ある特別な法則がある。それが【強制力】だ。【キャラクターが、キャラクターらしい言動】を取らせる力、とでも言えば良いだろうか。


 簡単に言えば、私が使う言葉は全部、【渋谷チャラオ風】に変換されてしまうのである。たとえば『おはよう』は『ちょりーっす★』になるし、『マイ』は『マイプリティリトルシスターマイ』となる。おいマイがかぶってるぞ。頭痛が痛いみたいだぞ。


 チャラオは少々知性の値にマイナス補正がかかっている。簡単に言えばバカキャラである。そうなるとバカっぽいしゃべり方、見た目、行動をしないと【渋谷チャラオ】というキャラクターが成り立たない。


 ゆえに私が何かをしゃべったり、文章に書いたりするとき、すべてがチャラオらしいものへと変わってしまっていたのだ。更に言えば、外見もチャラオになるよう、外部から謎の力が働いていた。これが【強制力】。


 ようするに我が義妹が驚いているのは、前まではチャラオっぽいしゃべりかただったのに、今は普通のしゃべり方をしているからだと思われる。


 ちなみに本編終了後は、この強制力はだいぶ薄まったと感じてる。思った通りにしゃべれるようになったことが良い証拠だろう。もっとも、書き言葉はチャラオ化してしまうのだが……。


「やはり変であったか?」


「いいえ! 今のほうが素敵です! 前のお兄様も素敵でしたが、今は本当に! 最高です!」


 大絶賛であった。ありがとう妹よ。そして混乱させてしまって申し訳ない。兄はこれから真面目に生きることにしよう。


「ありありあざまぁあああああっす! らぶゆーまいちん!愛してるぜムチュ♡(訳:ありがとう妹よ)」


 ……いかん、チャラオが。気を抜くとチャラオが顔をのぞかせてしまう。おのれ強制力

め。


「そんな……愛してるだなんて……♡ 私もお兄様のこと、心から愛しております……♡」


 ……いかん。チャラ語(※チャラオ言葉の略)のせいでややこしい自体になっている。話を進めよう。


「それで妹よ、兄の家に何をしに来たのだ?」


「あ、はい。どうかこの私を、お兄様のおそばにおいて頂けないかと思いまして」


「それはつまり同居したい、ということかな?」


「同居と言うよりはお手伝いですね。お兄様のお食事、家事、洗濯に始まり、身の回りのお世話すべてをさせていただけたらと」


 ……それではまるで侍女ではあるまいか。生まれも育ちも生粋の小市民たる私にはなんとも手に余るものである。というか義妹二そんなことさせてしまうのは非常に心苦しい。ここは断らないと。


「センキューそーまっち★ まいシスター!」


 頼むから急にチャラ語がでないで欲しい。終始チャラ語だったときより、コントロールできない今の方が扱いに窮する。


「で、では……! いいのですね!」

「あ、いや……その……ちがくだな」


「だめ……なのですか?」


 銀髪の乙女が瞳に涙を浮かべて、しくしくと泣き出す。しまった。泣かせるつもりはなかったのだ。


「やっぱり……お兄様は、怒ってらっしゃるのですね?」


「あーん? おれっちあんぐりってるって、どーゆーこっちゃんちゃん(※訳 私が怒ってるとはどういうことですか?)」


 発作のように口をつくチャラ語を家令にスルーして、マイは言う。


「お兄様に去年、冷たくしてしまったこと。それを……怒っているのですね?」


 去年とはつまり、本編中のことだ。ゲーム、俺なじの本編が展開されている愛だ、攻略対象キャラのひとりであるまいは、義兄である私から距離を置いていた。


 マイに限った話しではない。ヒロイン達はみな例外なく、主人公キャラであるミナトに惚れている状態だった。翻ってミナトへの態度は非常にそっけないものであった。それを冷たくした、とまいは表現しているのだろう。


「ごめんなさい……お兄様、去年は……どうかしてました」


 妹は目に涙を浮かべて、また土下座する。何度も頭を下げられると非常に心が痛くなるからやめてほしい。だが彼女は頭を下げたまま言う。


「愛するお兄様から受けた【大きな恩】をわすれ、お兄様以外の男を愛してしまったこと……心からお詫び申し上げます」


 俺なじにおけるマイの設定。義妹であるまいには、兄であるチャラオに救われた過去がある。かつて彼女は体が非常に弱かった。チャラオは毎日マイの面倒を見て、励ましていた。だがある日医者からもう治る見込みがないと言われて絶望し、病院の屋上から飛び降りたことがあった。そのとき助けたのがチャラオ。彼は妹をかばって足を折った。その日からマイはチャラオに対して絶大なる忠誠心を抱くようになった……。そんなバッグボーンがあったのである。


「去年の私は、どうかしてました。まるで夢の中に居るかのような、自分が自分でないような感じがして……」


「自分が自分でない?」


「はい。まるで、誰かに、あの人を愛するようにと、矯正されるような……」


 ……これは私の個人的な見解である。ひょっとしたら、私のみに降りかかっていた強制力は、私以外のキャラクターたちにも適用されていたのではあるまいか。つまり、マイは主人公ミナトを愛するようにと、強制力が働いていて、本意じゃなかった……とか。


 完全に憶測でしかないため正誤の確かめようはない。ただ私が強制力に振り回されていたこと、ミナトの様子がおかしいこと、そしてマイの言動。それらはすべて同じ法則に影響されていると思われた。ここは今後も慎重に調査しなければいけないな。


「難しいことわっかんねえけどトリマ落ち込んじゃだめだめんとすコーラFUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!(※訳 あまり気に病んではいけないよ)」


 私は妹を励ました。チャラ語で。色々と台無しだった。コントロールできないチャラ語なんて通り魔より厄介だぞ……。


「お兄様……」

「私はおまえを嫌ってない。それは今も昔も変わらないさ」


 それは真実だ。強制力があろうがなかろうが、彼女が私を嫌っていようがそうでなかろうが。私は俺なじに出てくるキャラすべてを愛している。不快な思いをしたことなど一度も無い。


「うぐ……ぐす……ふぇええん……お兄さまぁ……」


 マイが私の体に抱きついて泣きじゃくる。おそらくは素っ気ない態度をとったことを今までずっと気に病んでいたのだろう。気づけなくて申し訳なかった。


「これからはおれっちがまいちんのそばにニアリーしてやっから、元気だせっちゃ★(※訳 これからまた仲良くしよう。元気だしたまえ)」 


    ★


 とりあえず同居についてはいったん保留となった。荷物は学校があるため持っていけないから、一時的に置いておくことになった。


「では妹よ、学校へ参ろうか」

「はいっ♡」


 マイは私の右腕に抱きついて笑顔を浮かべる。その笑みは男だったら10人中9人は振り返ることだろう。残り一人はたぶんオカマだ。こんなに可愛い妹が微笑んでいるのだから振り返らない男はいない。男じゃない。


 私たちはマンションを出てエレベーターに乗っておりる。


「妹よ。離れてくれないか?」

「歩きにくかったですか?」


 エレベーターが到着する。


「いいやこんなところを他のヒロイン……女の子に見られたら大変だなと思って……」


 ちーん。


「あ、チャラオ! 久しぶり!」

「な、ナジミ……」


 開いたドアの先に、幼なじみの大田おおたナジミがいた。


 俺と目が合うと大輪のバラのような笑みを浮かべた。しかし隣に義妹がいて、しかも腕を組んでいる姿を見て、そのバラが一瞬で朽ち果ててしまった。


「……なんであんたが?」

「……そっちこそ何してるんです?」


 OH……SHURABA。

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