妃にはなりたくない。
今日は王太子殿下がお見えになる日。
何時頃なのかは、わからないから、早朝に起きて、侍女のアイリスに身支度してもらう。
腰まである長い淡いピンク色の髪をカールアイロン(コテ)で軽めに巻き、編み込みしながらハーフアップにしていく。
この世界にカールアイロン(コテ)があることに驚いたけど、なによりも一番驚いたのが、彼女の器用さだった。
編み込みは前世で、何回か挑戦したことがあるけど、アイリスのように綺麗にはできなかった。
ドレッサーの鏡に映る自分の姿を見て、別人のような気がして恥ずかしい。
ちゃんとしたオシャレなんて、今までしたことない。
今まではドレスだけ、着飾ったような感じだった。
でも、なんていうか。
「やりすぎなんじゃないの? そんなに気合いを入れるもの?」
デートでもないのに。
まだ十歳なのに、メイクも。
ナチュラルなメイクだけど、私は慣れてないから、恥ずかしい。
自分で言うのもなんだけど、ソフィアは整った顔立ちしているから、メイクしてさらに美人になる。あくまで悪役令嬢(ソフィア)が、だけど。前世の私と比べてしまうと、前世の方が冴えなく、いかにも喪女という言葉が似合っていた。乙女ゲームの世界だけあるわね。
緑色の瞳と淡いピンク色の髪を鏡で見ると、デメトリアス家の養子なんだと思ってしまうから、嫌になってしまう。思わず深いため息をこぼすと、アイリスは気合い入ってるドレスアップにため息をしたのだと思ったようで、「何を言いますか!? 王太子様なのですよ!?」と、力強く言い放つ。
私は苦笑いを浮かべた。
アイリスの言いたいことはわかる。
王太子殿下に素顔はあまりよろしくない。化粧は前世での好きな人に振り向かせたいがためにオシャレをするようなものだと思っている。
殿下は、なにをしても優秀で、次期国王候補。妃になる者は誇らしいことで、周りの令嬢からも尊敬や憧れる対象にもなるだろうけど、そんな綺麗なものだけではないというのを知っている。
お妃様になるのも夢ではないと、これはチャンスなんだと、アイリスの目を見て、気持ちが伝わってきた。
目が物を言うとは、このことを言うのだろうか。
だけどごめんね。アイリス。
私、お妃様にはなりたくないのよね。
責任感もうまれてくるし、殿下の隣に立っても恥ずかしくないように学力を上げていかなくちゃ。
それを考えると権力者にはなりたくない。そう思ってしまう。
「……そうね」
私は鏡越しからアイリスを見ながら頷いた。
今、私がなりたくないなんて話をしたらアイリスは落ち込んでしまうと思ったから。
あんなにも私のために喜んでくれる気持ちを私は大切にしたい。
淡めのオレンジ色のドレスを着ながら私は殿下のことを考えていた。
おかしい。
そもそも殿下が来ること自体ありえない。
殿下は私よりも高貴な方。
それが、わざわざ私に会いに来る?
でも……アイリスは何も言わないし。
この世界ではこれが普通なの?
王太子殿下ともなると私はふさわしくないのでは?
私は貴族の血を引いていない。
それに、可愛げなんてないし、性格も悪いと思っているから正直、すぐに嫌われると思っていた。
窓から殿下が乗っている馬車が見え、アイリスと目が合うと、わかっているというような顔で姿勢を正してニコッと優しく微笑んでいる。
まるで、はじめてのことをする赤子を見守るかのように。
それがちょっと複雑な気持ちになるけど、私は王太子殿下を待たせるわけには行かないから急いで、走らず慌てず早歩きで寝室を出て、廊下をおろし立ての履きなれないヒールの低めなパンプスで歩いているせいか、ちょっと歩く度に違和感がある。
階段を下りて、王太子殿下を出迎える準備をした。
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