貴族として生きていくことが不安
私は、ベッドに置いてあった通信用の魔導具に触れる。
その魔導具は、手のひらサイズの円盤みたいな形をしていて、真ん中に薄いガラスのようなものが張り付いていて、その中に魔法石が埋め込まれている。そこから通信している相手が映し出されるという仕組みだ。
私はベッドに座り、寝転がる。ギシッとベッドのスプリングが軋む。
「魔法かぁ」
魔導具を見つめ、ボソリとつぶやく。
この世界での器具は、魔法石をはめ込んで身につけるものと、武器だったり、装飾品にも使われることが多い。魔導具だけでは魔法を使えない。
魔導具は魔法を制御する力があり、魔法石は魔力を抑える力がある。
人によってはとてつもない魔力を秘めている人もいるので、魔力暴走を恐れた先代皇帝が安全に使用できるようにと提案した道具らしい。
魔導具や魔法石の材料は特別な場所でしかとれず、とても高く、平民にはとても買えない代物。
だけど、平民は魔力を持たない。たまに魔力持ちの人が居れば養子として貴族の子供になる。
それが魔術士の子供らしいのだけど。魔術士は魔道具や魔法石無して魔法が使えるから平民にいても珍しくはないし、自分が魔術士だということを隠して暮らしている人もいるぐらいだ。
私のように、魔法石をペンダントとして持ち歩いている人が多い。
常に持ち歩いていれば、魔法を好きな時に出せるのだから。
前世の私は、このゲームのキラキラとした世界が夢のような気がしていた。
だって、令嬢に令息、王族がいるなんて。
それに、豪華すぎる食事やドレス、何不自由なく育っている様は、庶民である私には魅力的なものだった。
でもそれは第三者目線での話で、実際に自分が令嬢になれば、覚えなければいけないマナーや知識が多い。この世界での『当たり前』は前世の記憶を思い出してしまった私には『当たり前』ではなかった。
なにが正しくて、なにが悪いのか。
正直わからない。
それでも理解しようと努力はしているつもりだった。
この世界は、自分がやってしまったことを子供がしたことだと笑って許してくれる優しい世界ではないことだってわかっているつもり。
私はたまに考え無しに行動を起こしてしまう癖があるのを知っているはずなのに。
今は十歳。だけど前世の私は十六歳。今世の記憶よりも前世の記憶の方が大きすぎて価値観が前世のままになっている。
そんなんじゃダメなのに。
しっかりしなくちゃ。
この、中世ヨーロッパ風の世界において、貴族として生きていくことに私は不安でしかない。
前世は庶民だったもん。今世だって、貴族の血が流れてる訳ではない。たまたま養子として貴族の一人になってしまっただけ。
屋敷を抜け出して平民として暮らす道もあるが、抜け出す勇気がない。そもそも、魔術士の子供だって知られたらどうなるか。
そんなことを考えたら貴族として生きて行った方が幸せなのかもしれないと思っている。
「はぁ……」
深いため息をこぼす。
本当なら陛下と殿下に謝罪しに行かなくちゃいけないのに、私は外出すら出来ないのが情けない。
外出すら出来ない私がどうして、学園に行けるの?
そんな疑問が日に日に膨らんでいく。
近くなればわかるだろうけど。
コンコンっとノック音が聞こえ、私は慌てて上半身を起こして返事をした。
入ってきたのは侍女のアイリスだった。
「まだ、お着替えされてなかったんですね」
「うん、まぁ」
アイリスは少し呆れていた。その理由はドレスを着たまま寝転がったから少しだけドレスがシワになっていたから。
シワになることをわかっていて寝転がっていた私は、アイリスの顔を見れず、俯いていた。
「そ、それで。なんの用?」
気まずい空気が流れてるのに耐えきれずに私はアイリスが部屋に来た理由を聞いた。
「ハーブティーをお持ちしました。今日はだいぶお疲れのようでしたから」
「ありがとう」
「いえ」
アイリスはいつも私のことを気にかけてくれている。それが侍女の仕事だろうが、どんなに嬉しいか。
そして、たまに考えてしまう。
私が大罪をおかして殺されたらこの屋敷の人達は、
きっと無事では済まされない。
中には家を持たず、住み込みの人もいる。家庭を持っている人もいる。
お義父さまやお義母さまも。
そんなこと、させたくない。でも、ここがゲームの世界だということも忘れてはいけない。
シナリオ通りに進んでしまう可能性だってある。
私のせいで、悲しむ人達がいるのは嫌だから。
私は馬鹿で欲張りな人間だから、自分のことも大切で、攻略対象者の人達も、大好きだから。
悪役令嬢として転生してしまって、死亡フラグが待っていたとしても、怖いとは思うけど、この世界のことを嫌いにはなれない。
みんなの幸せを祈りたい。
そう思ってしまう私は、強欲なのかもしれない。
アイリスが用意してくれたハーブティーを飲みながらそんなことを考えていた。
自分の顔がどんな表情になっているのか分からない私はアイリスがとても不安そうに見ていることに気付くことはなかった。
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