第2話
流石に教師とショッピングモールで買い物する姿を見られては世間的にもよろしくないため、既に店内へ向かった先生とは別行動をとることにした。完全な独断専行なのだが怒られる筋合いもないだろう。平日の夜とはいえ誰がみているかは分からない。ましてやあの目立つ容貌の先生との写真を取られてしまえば言い逃れの余地も無い。一億総監視社会というのも考えものだ。そうと決まればあとは早い。さっさと買い物を済ましてしまい、またこの駐車場に戻ることにしよう。少し離れた別の出入り口から店内に入り、すぐ正面に設置されているフロアマップを確認する。ここには滅多に、というか幼少期に親に一度連れられてきた以来のはずだ。出不精というのもあるが、大抵の用事は近所で事足りるためわざわざ足を運ぼうという気が湧かない。せっかくの機会、道中で様々な店を覗いてみようと思ったのだが、その目論見も失敗に終わった。いくつかの店が既にシャッターが下されていたのだ。それが一店だけならまだしも何店もとなるとやはり異常だ。改築や設備点検であれば業者の姿が見えるものだがそれもない。今思えば駐車場にも車の数が少なかった気もする。普段の人流がどれくらいかは把握していないけれど、この規模のショッピングモールにしては極端に少ない。今も客とすれ違うことはほとんどなく、貸切なのかと錯覚するほどだ。
しかし俺には関係ないこと。人生を穏やかに送るコツとして余計なことに首を突っ込まない、余計なことを考えない、余計なことをしない。この三つに限る。平穏を望んだ殺人鬼のように変わり映えしない日々を享受して維持することが肝要なのだ。
淡々と歩みを進め、シャッターが下された店を横目にしながら無事に食料品売り場に着いた。どの店も閉めるのが早いとはいえ、この時間に食料品売り場まで閉めるという事態になっていないようで安心した。
「ちょっと」
突然背後からかけられた声と肩に置かれた手に思わず飛び退った。
「・・・なんだ、先生か」
「まったく・・・、少し目を離したらすぐにいなくなって」
買い物カゴを手に提げた、呆れ顔の先生が立っていた。遠回りしたにも関わらずどうやら同じタイミングで到着したようだ。俺の背後を取るとは・・・さては忍びの者?俺がデューク本郷だったら撃ち殺していたかもしれない。
そんなくだらないことを考えているうちにふと疑問が湧いた。
「さっきまで何してたんですか?俺よりも先に行ってたはずですよね」
「少し店内の様子が気がかりだったので調査を・・・、気づきました?」
「ええ。店が閉まるのが早すぎるし、人も少なすぎる」
「そうです。それであのアクセサリーショップの店員に話を聞きに行ってたのです」
そう言い、俺がきた通路とは別の方向を指差す。その通路に立ち並ぶ店も軒並み店じまいしていたが一つだけ明かりが灯っている店が見える。そこで事情を尋ねていたらしいが、印象と異なり意外とフットワークが軽い・・・。
「どうやら例の事件の現場の一つがここだったらしいです」
「・・・例の事件?何のことですか?」
「知らないのですか?全国区のニュースに取り上げられるほど世間を騒がしているのに」
「すいません・・・。テレビもスマホもあまり見ないもので」
初耳の情報にはてなマークを浮かべている俺に呆れつつも概略を教えてくれた。
最近、殺人事件がこの街で数件発生しているようだ。被害者は10代〜30代の女性で死因は失血死、それも体内の血液がほとんど失われている状態で発見されている。いずれの被害者も首筋に2つの小さな穴が空いており、同一人物による連続した犯行と見られる。容疑者の足取りは掴めず手がかりも残されていない。その一連の犯行の特徴から・・・。
「『吸血鬼』ですか」
「突飛な話ですけどね。しかし現にこの場所でも被害者が出てしまってますし、犯人の姿さえ目撃した人がいないのですから無理もないでしょう」
「全店封鎖はしないんですかね。そんな事件が起きていたなら」
「逆ですよ。全店閉鎖した後に、今は数件だけ開店準備ができたのでしょう。警察の捜査もここは終えているようですし、そう長くも閉店させてしまっては今度は生活が立ち行かなくなりますから」
なるほどな・・・。事件解決と一般市民の生活を天秤にかけたら何日も拘束する決断には至らないか。
このまま突っ立って話し込むのも無意味なので、買い物をしながら話を進めることにした。肩を並べて歩いていても買い物客が少なければ目撃される心配もなさそうだ。
「学校ってどうなるんですか?」
「はい?」
「この事件の被害者って10代の女性も含まれているんですよね。だったら高校生だって立派な10代じゃないですか。リスクとか考えたら休校にする方が賢明でしょう」
「職員会議でも何度も議論されています、もちろん休校にすべきとの声も。けれど休校にしたら、今度は街へ出かける生徒が増える恐れ・・・いえ、確実に増えます。ならば学校へ登校させて教師が見守っている方がまだ安全ではないかという意見も」
休校措置を間に受ける人がどれくらいいるだろうか。いくら自分の街で殺人事件が起こっているとはいえ、実感を持つ方が難しい。犯人が吸血鬼などともてはやされているならばなおさら。休校をいいことに街へ繰り出す人もいれば、吸血鬼を一目見るためにわざわざ外出する人も現れそうだ。それならいっそ登校させたほうがいいというのは理にかなっている。少なくとも警護や監視の目は学校の方が行き届いているし、学校に拘束させることで外出されるリスクも減る。
「でも休校しなかったらそれはそれでリスクありますよね」
「ええ。おそらく教師にとって最悪のパターンです」
休校措置を取らず通常通り登下校させたことで事件の被害者が出た時、このシナリオがおそらく学校側が想定する中で最悪のケースだろう。休校させていれば被害に遭わなかったという保護者の嘆きやマスコミによって判断の是非が学校側に問われてしまう。学校側も本来は被害者サイドのはずなのに世間がそれを許さない。事件そのものが全国の耳目を集めてしまってはそれに関連する不祥事や対応の甘さも一気に広がってしまう。
「・・・大変ですね。教師は」
心底気の毒に思う。
「まったくです。・・・もう辞めちゃおっかな」
心なしか表情に翳りが見える。ただでさえ通常業務で忙しいのに不測の事態の対処まで迫られるのは側から見ても同情を禁じ得ない。ここまで不憫だと犯人が見つかったら私刑を執行するかもしれないと勝手な想像をしてしまった。もし俺だったら仕事を増やされた恨みで殺してる。
「つーか、俺に色々話して良かったんですか?公務員には守秘義務とかあるんでしょう?」
「サラリーマンにだって守秘義務はありますよ。それにあなたが誰かに言いふらすようなこともないでしょう?」
「・・・どうせ俺に友達はいませんよ」
「揶揄したわけではないですよ、拗ねないでください。・・・めんどくさ」
「ちょっと?今心の声が漏れましたよ」
「ふふっ、冗談です。とりあえず買い物だけでも早く終わらせましょう」
普段誰かと肩を並べて買い物をすることなどなかったけれど、こうして隣に人がいる時間も悪くはない。相手が教師であることをつい忘れてしまう程度には。
その後も何気ない会話を繰り返しながら食品を見て回った。自炊が苦手でインスタント食品ばかりカゴに入れていく姿を見た時は少し心配になったが、そんな一面も含めて可愛らしいと思った。
お互いの目的の品も選び終えてレジで支払いを済ませる。時計を確認すると20時をもうすぐ過ぎようとしており、思いの外長居しすぎたようだ。店を出ると雨は既に上がって涼しい夜風が頬を撫でる。ペトリコールが鼻腔を満たし湿気を帯びた空気が肺へ行き渡る。この心地よさに浸って、このまま横になって一晩中過ごしていたい気分だったが駐車場で寝っ転がるわけにもいかない。
「帰りますよ。あんまり遅くなっては親御さんも心配するでしょう」
「大丈夫っすよ、一人暮らしなんで」
母親は海外に赴任中、父親は幼少期に死んだ。そのため今は広い実家を一人で持て余している。家事やらで面倒なことが多々あるが、気ままに登校をする生活を続けていられるのも一人で暮らしているからこそだ。
「・・・それは、大変ですね」
そう呟いた先生の横顔がなぜか脳裏に焼き付いて離れなかった。
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