南風/lager への簡単な感想
応募作品への、主催者フィンディルから簡単な感想を置いています。
指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。
そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。
南風/lager
https://kakuyomu.jp/works/16817139554852590714
フィンディルの解釈では、本作の方角は北西です。
北北西とすごく悩んでいるのですが、今回は北西で。
スペキュレイティブ・フィクションがあてられるSFとして親しい景色を見せる作品だと思います。各種ファンタジーや近未来SF(サイエンス)といった大衆ジャンルを除く「現実を前提とした超現実」SFが築いているジャンルの一として、作家や読書家に広く親しまれている作品風景を本作も提供していると感じました。
フィンディルは、大衆ジャンルを除く「現実世界とは何かが異なる世界を思索、追求する」作品の方角は北西であると相場が決まっていると認識しています。それは「現実世界とは異なる何か」を作品の看板とする北的魅力、現実世界とは異なる角度を提供することによりかえって現実世界の人間・社会の本質を浮き彫りにするという西的魅力の両面が備わりやすいと考えるからです。
基本的に本作もその列に加わるものと考えています。「山が海に変わる」を焦点に当てているのはSFの北側面の看板として真っ当ですし、その角度から人間社会の本質を描こうとする試みには相応の西を感じます。
そのうえで本作の方角をやや曖昧にしているのが、“日常”と“非日常”の扱い方です。ここが少しだけ特徴的ですね。
基本的に本作は“非日常の日常”を基軸にしていると考えます。本作の主だった動作主である「少女」は「人を銃で撃ち」「山を海に変える」事象を当たり前のものとしていますから。そこに気負いは見られません。しかしそれは“日常”と呼ぶよりも“長期的な使命”であるようにも感じさせます。前者より後者のほうが北的です。そこには目的意識がありますからね。
そして視点者である「私」は“日常の非日常”者であるでしょう。田舎町に写真を撮りにきていた「私」は、そこで“非日常”に生きる「少女」と出会い、その“非日常”に遭遇し、刮目します。「私」が紡ぐ文章から、「私」は目の前で起こっていることを“非日常”だと認識しているのはおよそ明らかです。しかし“非日常”に遭遇した「私」は驚愕・動転・恐怖といった反応を示さず、夢中でシャッターに収めます。それは本作が「私」にとって“非日常”であると示すのと同時に、「私」の反応が“日常”であることも示します。「私」は写真を撮るためにこの場にいるのでしょうから。その行動は「山が海に変わる」という“非日常”を経ても同一だった。その点、「私」が単なる“日常の非日常”者ではないと感じさせる点です。
また作品的に村長の立ち位置は村そのものの代弁者ですが、その態度には“非日常の非日常”を感じます。“非日常の日常”と“日常の非日常”の中間を思わせる“非日常の非日常”の態度もやはり、本作の方角を曖昧にします。
つまり本作の各登場人物は、北と西、読みやすさと世界観の二点を繋ぐバランサーの役割を各々が果たしているように見えます。
“非日常の日常”者でありながら使命や目的を感じさせる、“日常の非日常”者でありながら“非日常”に対して“日常”の反応を示す、“非日常の非日常”として“日常”と“非日常”を繋ぐ。
各登場人物が曖昧な立場に立つことで、総合的に見て相場どおりの北西なのかなという印象です。
lagerさんは本作の世界観や文脈に水を差すことなく、しかし馴染みの読者や作家仲間が受け入れやすいようもてなそうとしているのだろうとフィンディルは強く感じました。
ただそれでも視点者が“日常の非日常”者というのは「現実世界とは何かが異なる世界を思索、追求する」SFとしてはかなりエンタメ的なので、同ジャンルの作品と比較するなかでやっぱり北北西だなという判断になる可能性はあります。
ちなみに南と東は一切感じませんでした。
視点者が“日常の非日常”者である関係から、「山が海に変わる」描写は明らかに“変化の外側に住む者による筆致”です。これが“変化の内側に住む者による筆致”や“変化そのものが手がける筆致”だと南も見えてくるのですが、本作はそれがないので南はなしです。“日常の非日常”者による筆致らしく「ついてこれてます? ついてこれてます?」という確認作業が都度入る感じがありますね。まるで神社の奥へ誘う猫が、我々の歩幅に合わせて都度立ち止まるように。やはりそこには強いエンタメを覚えます。個人的には(もっと孫の手を長くしたいので)立ち止まる頻度はもっと減らしてもいいかなあという気持ちもありますが、ここは作者の方針次第ですね。
また「山が海に変わる」描写は漫画的アニメ的なダイナミックな筆致で描かれていますが、ここに技法的野心は認められませんでしたので東も感じませんでした。本作の文章は「山が海に変わる世界」を表現していますが、「山が海に変わる作品」を表現しているわけではないと解釈しています。後者ならば東向きですが、前者なので西向きです。
方角としてはこんな感じですかね。
フィンディルとしてはlagerさんがこの引き出しを持っていることを嬉しく思います。このSFいけるんだっていう。lagerさんって、ジャンルの引き出しが多いですよね。読書家らしさを覚えます。
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