第5話 少女Aと私

 昭和にこういうホテルで連続殺人事件が起きた。女性を殺めた男性が、先に退室する犯行手口。それがきっかけで、男性が先に出る事を禁止するホテルが出てきた。名曲「少女A」は、その事件の被害者の一人の事を歌っていると3人目の恋人が言っていた。部屋の注意書きを何となく見ていた私に少女Aの話は鮮烈だった。


 夫の愛人の前に立った。女性調査員の早口での説明後、私が早口で言った。

「ご協力いただけると、手荒な事は致しません」

愛人は、独断で承諾した。女性調査員は、愛人にメールを送るよう指示した。下手をしないよう、私達は送信まで見届けた。

「忘れ物したので戻ります」

すぐに返事が来た。

「り」

私達は、凍りついた。配偶者の私が公開処刑を受けているようで、益々腹が立った。


 5階でエレベーターが開くと、男性調査員が先回りしていた。私が502号室のインターホンを押し、愛人の背を扉の近くに押し出した。愛人は無抵抗だった。扉が開かれた。男性調査員が扉の下に足を入れて、大きく開いた。夫が言葉を失っている間、私達は中へ押し入った。ガウン姿の夫は、驚いてはいたが、清々しさがベースにあった。甘美な時間を過ごした後だ。余韻に浸っていたのだろう。私は、ずっと愛人を盾にしていた。男性調査員が、カメラを回し始める。女性調査員は、AVチャンネルを消した。私が愛人から手を離すと、愛人は電話をかけ始めた。愛人倶楽部だろう。泣きながら、何度も謝っている。愛人は解放した。


 私は、夫に声を荒らげて言った。

「離婚致します。慰謝料は、私の言い値で」

思考回路が停止している夫は、

「り。いえ、はい」

と返事をした。「り」を気に入ってんじゃないと一喝してやりたかったが、カメラの手前、断念した。仕事を終えた私達は、速やかに退室した。夫の興奮が冷めやらぬうちに終わらせる。狙いどおり。その計画のために、私は、愛人に通常の仕事をしてもらったのだから。


 その夜、私は、バーでウォッカを飲んだ。別のホテル街近くの雑居ビル。少女Aが流れている。私は、自分に酔いしれた。ビジネスホテルへ向かう途中、若い男性が声を掛けてきた。どこからともなく、ジンギスカンが聞こえた気がして、私は戻した。


 私は、弁護士に依頼し、離婚した。探偵会社の調査報告書が役に立った。慰謝料に関して、強気の姿勢を見せた私だったが、相場の値段になることは重々理解していた。また、冷静さを取り戻した夫が値切ってくる事も想定内だった。


 財産分与と慰謝料として手に入れた金は、退職金のように感じられた。まさしく第2の人生。私は、上海へ旅立った。

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