第2話 めぐり合わせ

「何だ。食べないのか」

夫は問いかけるが、箸は休めない。

「はい。お昼に食べすぎて」

適当に返事をして、私は燃えるゴミをまとめていた。夫は鯉の甘煮を完食した。魚の種類を夫は知らない。夫は何もわかっていない。


 眠れぬ夜を過ごしてしまった。夫を見送り、ゴミ出しに行くと、スポーツ紙の切れ端が目に入った。セクシー女優の記事。ゴミとして扱われてはいるものの、赤線が引かれている。処分せざるを得ない事情があったのだろう。速やかに帰り、彼女の動画を見た。彼女を知りたくなった。検索すると中国でも需要のある女性だった。私は、咄嗟に中国語オンライン講座を申し込んだ。


 日々、熱心に勉強した。行き詰まった時には、彼女の動画を見て、自分を奮い立たせた。エクササイズも始めた。彼女になる。夫の前では従順な妻を演じた。夫の機嫌が酷く悪いと、今日は電車の日だったのだろうと思うようになった。原因が判っているから対処しやすい。


 夫の浮気相手は、私と同じ年齢層の女性。夫は愛人倶楽部に登録して、また手っ取り早く済ませていた。理にかなっているとつくづく感心する。高額の契約で結ばれた関係。専業主婦の私が離婚しても、結婚期間分は、僅かな年金しか受け取れない。夫は、潤沢な企業年金だってあるというのに。大企業。今となっては、鼻に付く存在だ。


 調査報告書を何度読んでも、電車内の行動だけは狂気の沙汰としか思えない。目に焼き付けるという例えを聞いたことがあるが、まさか夫が卑猥な行為で用いるなんて夢にも思わなかった。電車で2日溜めて、愛人で発散。妻の私には、指一本触れることはない。怒鳴る時以外は、目を合わせようともしない。仕舞いには、私の両親まで侮辱する。


 私は、静かに闘志を燃やし続けた。

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