夢見る主婦の夢
有寄無美
第1話 夢やぶれて
私は、知っていた。結婚適齢期を終えるまでに結婚しない女性は煙たがられる。それも、社会的地位、年収が高い男性でなければ馬鹿にされる。そう評価を下す人々に囲まれていたから、私はすべてを結婚に賭けた。定時で終わる受付事務に就き、花嫁修業、結婚相談所に通った。
26歳の時、結婚相談所の紹介で結婚した。私より15歳年上の大企業に勤める男性。今まで仕事にしか興味がなかったが、自分の家庭を持ちたくなったと彼は言っていた。大まかな条件が合い、幸せな結婚をしたはずだった。
「誰のおかげで生活が出来ると思ってるんだ」
夫が祖父母から譲り受けた、庭付き一戸建てに怒号が響く。
「私も働きます」
反射的に私が叫ぶ。
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題ですか」
「残業で疲れてんだ。口答えするな」
いつものやり取り。夫は、自分でも何に苛立っているのか、理解出来てない。だから、具体的に言えないのだ。もし、具体的なミッションを出し、私がクリアしても、夫は喜ばない。むしろ、クリアしない方が見下す口実になって好都合だ。携帯電話のGPSが気になって、この13年間、ろくに外出していない。自治会の集会も行事も夫が付いて来る。
私達に子供はいない。もう10年は、そういう事はしていない。ある日、夫から拒絶された。この欲求が満たされる事はなく、感謝を申し上げて良いものか。欲求は高まる一方。感謝。夫が繰り返し要求する言葉。ならば、その言葉が自然に出てくることが望ましいと思える。私は探偵会社に連絡した。
平日の昼下り、調査員が来訪した。色々と懸念が生じ、事前に女性を必ず入れるよう頼んでいた。男性一人、女性一人。どちらも綺麗な身だしなみで、落ち着いた雰囲気だった。依頼内容は浮気調査。その場で着手金を支払った。
夫から毎月小遣いをもらっているが、何を言われるかわからないから出掛けられない。一度、突然訪ねてきた両親を観光案内していると、夫から連続で着信があった。はじめに事情を話すと、夫も電話口で両親に挨拶していたが、一時間もしないうちにまた電話が鳴った。
「まだいるのか」
「早く帰らせろ」
それから、私の両親は、アポも取らない非常識な奴等だと夫から嫌われている。両親は、電話しても元気がない私を心配して来てくれたのだった。
2週間後、調査結果を受け取った。結果は、クロ。2日置きに同じ相手とホテルに行っていた。彼女と会わない日は、いつもと違う電車に乗って、若い女性を眺めていた。調査期間、残業は全然無かった。男性調査員の説明の後、女性調査員が口を開いた。
「GPSは、鉢合わせ無いためのものかと」
私は、調査期間、書いていたメモを震えながらめくった。
「電車の日は、いつもより酷かった」
私が呟くと、女性調査員は言った。
「溜まっていたのでしょう」
気が付くと、私は、夕食を作り終えていた。鯉の甘煮。夫が大切に育ててきた池の中の鯉は、軽かった。
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