赤布の言葉
第36話 「次は」
夜、月光が降り注ぐ夜道。一人のサラリーマンの男性が帰宅していた。
片手に付けている腕時計を確認しながら、焦り気味に歩いている。
腕時計が指している時刻は23:46。残業で遅くなってしまい、慌てていた。
「早く帰らないと…………」
ポケットに入っているスマホが音を鳴らし、通知を知らせる。その画面には、今世間を騒がせている”大量殺人失踪事件”の最新ニュースが映されていた。だが、男性は通知に気づかず、駆け足で夜道を進む。
街灯が突如点滅し始め、辺りが見渡せなくなる。雲が月を隠し、男性の周りが完全に暗くなってしまう。
「な、なんだ?」
暗くなった道に疑問の声がこぼれ、同時にどこからが聞こえる足音。ペタ……ペタ……と。サンダルの音が男性に近づいていく。
辺りは暗く、どんなに見渡しても誰がいるのかわからない。男性も足音は聞こえてるが人の姿を確認する事が出来ず、眉間に薄く皺を寄せる。
一瞬だけ止めた足を再度動かし、足音を鳴らし始めた。だが、重なるようにサンダルの音も聞こえる。
男性の足音とサンダルの音が響き、恐怖心が込み上げる。姿が見えず、足音だけが聞こえる状況なため、周りを見ることはせず走ることに集中した。
「…………っ!」
暗い道の奥、電柱の影に隠れるように、一つの影が見えた。
世間を騒がせているニュースは、もちろん男性の記憶にも刻まれており、自然と蘇る。
もしかして、あの人影が──と。考えたくもないのに、男性の頭の中には大量殺人失踪事件で埋めつくさせる。
「だ、誰だ?」
目を凝らし、電柱に隠れている人を見る。
その人影は、よく見ると女性。スカートを風に揺らし、立っていた。
肩より短い髪に、学校指定の制服。癖のように、右側の髪を耳にかける。
「貴方に恨みはないですけど、すいません。私のために、"死んでください"」
コツ……コツ……と。履いているローファーが音を鳴らし、物騒な言葉を吐きながら女性は電柱から姿を現し、男性に近づく。
異様な雰囲気を纏っている女性に男性が戸惑い、近づいて来るのと同じタイミングで後ろに下がる。距離を縮ませないようにしていた。だが、その時。男性は焦りのあまり後ろを気にしておらず、背後にいた人に気づかずぶつかってしまった。
「あ、あの。助けてください!!!」
情けない姿など晒しているが気にせず、縋るようにぶつかってしまった人に助けを求めた。だが、それは間違い。
「あ、あ……。なん、で…………」
次の瞬間、男性の足元が赤く染まった。その赤色の液体は、男性の腹部から流れ出ており、その腹部は銀色に輝くカッターナイフが刺さっている。
「こんな時間に夜道を歩いていると危ないぞ。しっかりニュースを確認しないからこうなるんだ。まぁ、俺的にはターゲットが揚々と歩いているから、いいんだけどよ」
愉快と言うように言い放ち、目元に巻いている赤い布を靡かせ、白衣を纏った青年が勢いよくカッターナイフを引き抜いた。
「がはっ!!」
そのまま男性は、力なく血だまりに倒れ、動かなくなった。
「お疲れ様です」
「もっと耐えてくれれば面白かったんだけどなぁ」
もう動かなくなってしまった男性を見下ろし、つまんないというようか顔を浮かべる。そんな彼の肩口に黒いモヤが現れ、その中から少年が手を隠すほど長い袖を口に当てながら姿を現した。
「もういいの?」
「あぁ、構わねぇよ」
「やった!!!」
黒い髪のおかっぱ少年は、自身の背丈にあっていない燕尾服を纏い、袖で隠してしまっている両手を上にあげ喜びを表現した。
下唇を舐め、狂気的な左右非対称の瞳を浮かべる。
我慢できないというように口から息を吐いた。その息は黒く、どんどん増え少年を包み込む。
そのモヤは徐々に膨らみ、周りの建物を超える大きさに。弾けるようにモヤが消えると、中から狼に変貌した少年が現れた。
狼は大きな口を開き、ブラックホールのような口内を覗かせ、地面に倒れている男性に向ける。そのまま屈み、男性の上半身咥えた。
屈んだ体を元に戻し、顔を上へと向け、口を開く。男性の身体が吸い込まれるように、狼の体内へと消えてしまった。
人間を一飲みし、残ったのは血痕のみ。
狼は男性を完全に腹の中に入れると、少年の姿に早変わり。お腹をポンポンと叩き、唇を舐め満足そうな顔を浮かべた。
「少し辛かった」
「でも、うまかったんだろ? 満足そうな顔を浮かべてんじゃねぇか」
「うん!!!」
大きく返事をした少年を見届け、優しげに微笑み頭を撫でる青年。大事そうにカッターナイフをポケット中にしまうと、「さてと」というように、残された血痕に目を向けた。少年も笑顔を消し、釣られるように同じ所に目線を送る。
「消さないと、駄目だね」
「任せたぞ」
「了解だよ!!」
短い言葉を交わす二人。青年は簡単に、少年へとお願いする。元気に返事をした少年は、血痕に手を伸ばした。
少年の左右非対称の瞳が真紅と藍色に輝き、前に出した手と連動するように路上に付着している血痕も光り、ウゴウゴと動き出す。
少年が手を上に動かすと、血痕も同じ動きをする。空中に浮かび、雫となり少年の周りをくるくる回り出した。
赤い雫を動かし始めたかと思うと、少年がパチンと、指を鳴らす。同時に、赤い雫はパンと弾け、雨のように地面へと降る。
途中、薄くなったかと思うと、地面に落ちる直前に無くなった。
「これで終わり。また他の人を探しますか?」
「いや、もう朝日が昇る。お前は寝る時間も考えねぇと駄目だろ」
女性が青年の隣に移動し問いかけ、間髪入れずに返答。足を踏み出し、青年は帰路に向かった。
青年の返答に少し物足りないような顔を浮かべた女性だったが、次の青年の言葉に、微かな喜びを感じることになる。
「次は、お前が殺してみるか?」
「…………え、良いんですか?」
「逃がさないと言い切れるのならいい」
「自信ないのですが…………」
「安心しろ、サポートはする。作戦もしっかり立てるぞ。それでも無理なら、次も俺がやる」
背中を向けながら青年は優しく問う。その言葉に薄く笑みを浮かべ、女性は駆け足で青年の隣に立ちはっきりと言い切った。
「分かりました。次は、私が
彼女の言葉に、彼は大きく頷き笑みを浮かべた。そのまま、二人は闇に溶け込むように姿を消し、闇の世界へと入ってしまった。
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