第35話 「人生終わりだぞ」
「ひとまず、この話は終わりだ。お前は帰れ」
「嫌です」
「かーえーれー」
「いーやーでーす!!」
子供の喧嘩のような言い争いを繰り広げている二人。お互いふてくされたような顔を浮かべ言い争っているが、暁音はイキイキしており楽しそう。
「私、もう貴方とは離れませんから。絶対に、離れません!!」
「俺と居たところで意味はねぇだろうが、お前の特になる事は一切ねぇ!!」
「得とか利点とか、そういう物ではないんです。これこそ私の感情で、貴方と一緒に居たいと伝えているんです。お願いします、許してください。貴方と一緒にいる事を、許してください。お願いします」
腰を折り、暁音は一生懸命にお願いをした。その様子に月海はもう何も言えなくなり、口を閉ざす。今まで、ここまで頑固になっている暁音を見た事がなかったため、どうすればいいのか悩み、下唇を噛む。
暁音の今後を考えると、ここは折れる訳にはいかない。だが、暁音の気持ちを考えると、受け入れるしかない。
考えて、考えて。月海は顔をしかめ俯かせる。暁音も困らせているのは重々承知で何も言わない。後ろでムエンも、二人の決断を見届けていた。
数分間、月海は頭を回転させ考えたが、最後は諦めたようにため息をつき、頭を掻く。
「はぁ。もう、好きにすればいい。めんどくさくなったわ」
考えた結果、今の暁音を説得する事は不可能だと判断し、折れた形で月海は頷いた。
彼の返答に暁音は喜び、顔を高揚させる。虚ろだった瞳をキラキラと輝かせ、ガッツポーズをした。
何でそんなに喜んでいるのかわからず、月海はバツが悪そうに顔を歪める。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「なんでそんなに嬉しそうにするんだよ。気持わりぃな」
「え、嬉しそうですか?」
「今まで見た事がないような顔していたぞ」
「どんな顔してたんだろう」
「今鏡見たらいいんじゃねぇの?」
「今も嬉しそうな顔してます?」
「してる」
「嘘」
「本当だ」
暁音は自身の頬を触り確認し始める。そんな彼女を月海はげんなりした顔で見ており、呆れる。そんな彼にムエンが翼を動かし、近づきながら口を開いた。
「やっぱり、アカネはルカが好きなんだよ。だから、ルカといなかった数日ずっと上の空だった」
「そもそもお前が記憶を消さなかったからだろうが。何で消さなかったんだよ、話が違うだろうが」
「でも、消さなくてよかったじゃん!! こうして、アカネに笑顔が戻った。僕はそれだけでとても嬉しいよ!!」
満面な笑顔でムエンは言い放ち、天井を飛び回る。
なぜ自分と居れる事にここまで喜べるのか。月海は本気で理解ができず、舌打ちを零した。
「感情、もう一歩……。俺で良いのかねぇ」
月海は自身の目元に巻いている赤い布を掴み、いつものように引っ張る。瞼はなぜか閉じられており、いつもの闇は潜まれていた。
暁音はまだ頬を自身の両手で挟みながらも、視界の端で動き出した月海を横目で見る。
「月海さん?」
目元に巻かれていた赤い布を突如外した月海を不思議に思い、暁音は名前を呼んだ。だが、いつも間髪入れず返答して来た月海は口を閉ざし続け、無言を貫いている。
夜空を見上げる彼の表情は切なく、儚い。瞳は閉じられている為、見る事が出来ないのがほんの少し惜しい。
「月海さん」
降り注ぐ月光が月海を包み込み、そのまま連れて行ってしまうのではないか。暁音はそんな不安な気持ちに駆られ、咄嗟に彼の肩に手を回し遠慮がちに抱き着く。
「おい、何の真似だ」
「なんか、また月海さんが消えてしまうのではないかと。不安な気持ちが浮上してしまって……。体が勝手に動いてしまいました。気持悪かったらごめんなさい」
「…………お前、俺の事好きだろ」
「好きという感情は、”離れたくない”という思いも含まれるのでしょうか。そうなのでしたら、私は好きですよ、貴方が」
「やれやれ……」
暁音のか細い声に、月海は肩を落とし右手を彼女の頭に伸ばす。肩口に顔を埋めていた暁音は、頭に乗ったぬくもりに驚き目を見張る。
「まぁ、俺も。お前が居なくなるのは惜しいと思っていたからな。そう考えると、俺達、相思相愛かもしれねぇな」
今の月海と暁音の距離はほんの数センチ。お互い、どちらかが動けばぶつかってしまう距離に、さすがの暁音も息を飲む。頬を染め、整っている月海の顔を見つめた。
「お前が、この目を嫌いじゃなければいいけどな」
「――え」
言葉と共に、月海はと知られていた瞼をゆっくりと開いた。徐々に開かれ、露わになる彼の瞳。
瞼に隠されていたのは、まるで星がちりばめられているような二つの宝石。左右非対称に輝き、月の光も相まって幻想的に暁音の瞳に映る。
あまりに綺麗なため暁音は言葉を失い、月海の瞳に吸い込まれるように目を離せない。
「月海さん、目…………」
「あぁ、お前があいつから取り戻してくれたからな」
「私が? …………あ」
暁音は月海と距離を離し、思い出すように天井を仰ぐ。その数秒後、やっと思い出す事ができ手を叩いた。
「あの時は、私も必死で…………」
「それでも、お前が俺の目を取り戻した事には変わりねぇ」
微笑まれていた表情を消し、左右非対称の瞳は夜空へと向けられ、月明りが月海の赤と黒の瞳を照らす。星空が月海の瞳に映り、暁音はそんな月海の瞳を今だに見続けていた。
「………おい、さすがに見すぎだ。気持悪いか? それならまた隠すから、見るな」
「え、いや。あ、あの、隠さないでください。綺麗だと思って見ていたんです。月海さんの瞳」
「…………は?」
「左右で色が違うんですね。生まれつきですか?」
「まぁな。生まれた時かららしいぞ」
「そうなんですね。間違えたんじゃないかと心配になりましたよ」
「どうやって間違えるんだよ」
「私もあまり確認しなかったので」
「どう確認するつもりだったんだ?」
「…………どうしましょう」
「知らん」
月海は無理やり会話を終らせ、項垂れる。深いため息をつき、顔を片手で覆った。そんな月海の様子を見て、暁音はなんで疲れた様子を見せているのかわからず名前を呼びながら顔を覗こうとする。
げんなりした顔を浮かべている月海は、顔を近づかせてきた暁音を見るため顔を上げた。その時、あともう少し近づけばキスしてしまいそうな距離になっており、彼はさすがに驚き目を大きく開き動かなくなる。
「あ、大丈夫ですか?」
暁音は距離の近さに気づいておらず、表情一つ変えないで問いかけていた。
「……おい、俺の事が好きなのはわかったが、これだとお前の始めてを俺がもらう事になるぞ」
「何の話ですか」
眉を下げ、げんなりとした顔で言い放つ月海。暁音は何を言っているのか理解出来ず、今だ綺麗に輝いている彼の瞳を見続けていた。
「…………んじゃ、もらう」
「え――……」
暁音の反応や返答を待たず、月海は今より顔を近付かせた。咄嗟に彼女は体を動かす事が出来ず、されるがまま。
唇に温かいぬくもり、体にしびれるような感覚。視界は何も見えず、真っ黒。指一本すら動かす事が出来ない暁音は、目を開き固まってしまった。
月海は、暁音の初めて。ファーストキスを奪い、口を離す。
「さて」と、月海は今だ動けない暁音の頭に手を乗せ、乱暴に撫でながら立ち上がり廊下に向かう。
やっと気を取り直した暁音は、月海にされたことが頭の中を駆け巡り、思わず顔を真っ赤にしてその場に勢いよくしゃがんだ。
「何を、するんですか……」
「お前にしては珍しい反応だな。これは、結構楽しめそうだ」
「人の初めてを奪っておいて、楽しまないでください」
「相思相愛なら特に問題ないだろ?」
「そうじゃありまっ──どこに行くんですか?」
まだ赤い顔を上げ、廊下に出ようとしている月海に問いかける。
ドアに手を添え、彼は振り向くことはせず短い言葉を返す。
「どっか」
「…………また、殺人を犯しに行くんですか?」
「そうだったら、どうするつもりだ?」
「私も行きます」
「いいのか? お前はまだ逃げられる。無理に俺の趣味に付き合う必要はねぇんだ。俺がヘマしたら、お前も人生終わりだぞ」
「それでも行きたいです、行かせてください」
膝を立て立ち上がり、力強く言い放つ暁音。後ろからの気配に、月海はほんの少しだけ振り向き、月光を背負っている彼女を見据える。
眉を吊り上げ、拳を強く握る暁音には迷いなんてものを感じない。
先程まで二人の邪魔をしないように静かにしていたムエンは、出て行こうとしている月海の隣に移動して問いかけた。
「ルカ、どうするの?」
すぐに返答はない。暁音は催促することはせず、月海からの返答を待ち続けた。
沈黙が続き、風の音だけが三人を包み込む。昇っている月は変わらず煌々と旧校舎を照らし、教室内を明るくしていた。
「────……」
月海は覚悟を決めたように、体を暁音の方に振り向かせる。左右非対称の瞳を細め、やっとの思いで口を開いた。
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