第34話 「好きなのか?」
「…………え。月海さん?」
表人格と話していたと思い込んでいた暁音は、いきなり荒くなった口調に驚き目を開く。入れ替わりの言葉も言っていないため、今裏人格が出てきたとは考えにくい。
「別に難しい話じゃねぇよ。俺が表人格の性格を真似ただけだ」
「何のためにですか…………」
「気分」
「殴ってもいいですか?」
「倍で返される覚悟があるならやってみろよ」
「遠慮します」
「なら最初から言うな」
「すいません…………」
人を挑発するような物言いに呆れつつ、暁音は久しぶりの会話に笑みが零れていた。肩をすくめ、止められた足を再度動かし今度こそ月海の隣に立つ。先ほどまでの緊張はなく、肩に入っていた力も抜けた。
「月海さん」
「おー」
「なんで、今まで姿を晦ませていたんですか」
「それより、お前がなんでここに居るんだよ。その事に驚きだわ」
「え、私はムエンに言われて。夜、いつもの場所と言われたので来てみたんですが。月海さんの指示じゃないんですか?」
「俺はお前の記憶を消せと言ったはずなんだがなぁ」
「…………え?」
月海の何気ない言葉に驚き続きの暁音。月海は窓に顔を戻し、月を見上げ始めた。
「あの、何がしたいんですか?」
月海が何を考え、何がしたいのかわからず。暁音は困惑を隠しきれず裏返った声で問いかける。だが、その問いに返答はなく、月海は懐から一つの箱を取り出した。その箱は白く、英語で名前が書かれている。
月海はその箱から一本の白い筒状の物を取り出し口に咥えた。
「それ、煙草? 月海さん、煙草吸う人でしたっけ?」
「興味本位でもらった」
「もらった?」
「もらった」
「誰に?」
「誰なんだろうなアイツ。手当たり次第に狙ってっからわからん」
今の言葉で全てを察した暁音は、呆れて物が言えない。最初の会話は何だったのかと頭を抱え始める。
「えっと。結局、何がしたいんですか」
「俺は人を殺したい、ムエンは人を食べたい。俺達はお互いの欲を考えた結果、一緒に行動する事を決めた。だが、ここにお前が入る隙は無い。つまり、ここにお前がいても意味はないという事だ」
「つまり、私は貴方達にとって邪魔な存在だったという事でしょうか」
「そうお前が思ったんなら、それが正解なんじゃねぇの?」
曖昧な返答。肯定でも否定でもない。だからこそ暁音は迷い、顔を俯かせてしまう。どうするのが正解なのかわからず、次の行動に移れない。その時、何もない空間から一人の少年が姿を現した。
「ルカ、どうしてそうやって突き放そうとするの? 僕には記憶を消してもう近づくなって言ってた。理由も理解できないし、納得なんてできるわけないじゃん」
「お前が余計な事をしなければ、こいつはあのまま平穏な人生を歩めたのによぉ」
「…………え、平穏なって。どういう事ですか?」
白い煙を吐き出し、バツが悪そうな顔を浮かべ月海は口を閉ざす。だが、二人は次の彼からの言葉を待ち続けた。
ずっと顔を逸らし、二人の視線から逃げていた月海。
「……………………」
「……………………」
数秒、目を逸らし続けても意味はなく、暁音とムエンは答えてくれるまで粘る。先に限界に達したのは月海。深いため息を吐き、ようやく重い口を開いた。
「お前は俺と一緒にいるべき人間じゃない。本来は約束で、俺がお前を殺すんだが。俺にはそれが出来なくなった」
「な、なんでですか?」
「今のお前は、もう感情を持ち始めている。もう一息といったところまで来ているんだ。だが、それ以上を引き出すのは俺には不可能だからだ」
「え、それ。どういうことですか!?」
とうとう見捨てられたと感じてしまった暁音は、焦りを滲ませ身を乗り出し感情のまま問いかける。
ここまで暁音が感情を出すのも珍しく、ムエンは驚いている。だが、肝心の月海は何も反応見せず、淡々と言葉を交わす。
「お前の感情の芽は出始めている。昔、親によってむしり取られてしまった花が、また咲こうとしている。今必要なのは肥料ではなく、純水。正しい生き方をしてきた人と関わり、普通の感覚、感情で芽生えた
「なんで、言い切れるんですか」
「方法を知らないからだ。俺は人の苦痛に歪む顔が好きで、人の喜ぶことを知らない。こんな俺では、お前の花を正しく開花させることは出来ない。理由は以上、解散」
「しませんよ。…………理由は理解できました。ですが、それを納得することは出来ません。私は確かに貴方と約束しました。あの日、あの時、あの場所で。私が人生を諦めた時、雨が降り増水していた河川敷で。私が身を投げ出した時に、貴方は私と約束しました。貴方が手を伸ばし、私を現世に残してくれました。それはあくまで私と貴方が出会うきっかけとなったに過ぎないけれど、私は今でもしっかりと覚えています。それからの人生は、私が貴方と一緒に居たかったからここに来ていたのです。貴方と共に行動したいから、話したかったから。約束だけではなく、貴方を感じたかったからここに居るんです。その理由だけでは、今の貴方の隣にいるのはだめですか?」
暁音はむきになっており、絶対に引かない意思を見せつける。月海は彼女の言葉に片眉を上げ、暁音の言葉が理解できず、「なに?」と低い声を出し隣に立つ暁音を見上げた。
「…………お前、何言ってんだ?」
「貴方とこれからも一緒に居たいと言っているんです」
「何言ってんの」
「言葉が理解できないんですか? わかりやすい言葉しか使っていないと思うのですが」
「そうじゃねぇよ。お前、その言葉は俺以外の奴に使えと言いたいんだ。使うタイミングを間違えるな」
「何を言っているんですか。私は貴方にしかこんな事思いませんし、興味もありません。貴方だから言っているんでっ――……」
「あぁ。もういい、わかった。ひとまず、お前がそういう奴なのはわかった。だから、俺から離れろ」
「嫌です」
暁音は子供のように唇を尖らせ、月海の白衣を掴む。もう、いなくならないように、離れないようにするため、暁音は月海に縋る。
掴んでいる手が緊張と恐怖で微かに震えており、振りほどく事が出来ず月海は苦い顔を浮かべた。
「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ、もういいわ。お前に期待するだけ無駄だったわ」
顔を覆い、うなだれる月海を、首を傾げながら暁音は見下ろす。月海が何を思っているのかわからず、少し焦り始め「あの、大丈夫ですか」と、問いかけた。
「…………っ。お前、俺の事が好きなのか?」
「好きという感情がどのような物かわかりませんが――――あー…………。貴方が思うのならそうなんだと思います」
「ふざけてんのか?」
「どうなんでしょうか」
フフッと笑い、暁音はしてやったりと。安心したような顔を浮かべた。その顔に月海は呆れ、ため息をつくしかなかった。
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