第33話 「いい加減にしろよ」
風が、旧校舎の周りに立ち並ぶ木を揺らす。気持ちよさそうに空を舞っている葉が月光に照らされ、地面へと落ちた。
暁音は舞っている葉を掴もうと手を伸ばしたが、ひらりと避けられ交わされる。追いかけようとはせず、去ってしまった葉を見送った。
「久しぶりに来たかも…………」
再度旧校舎を見上げ、暁音は歩き出した。
外れている南京錠を気にせず、古く壊れてしまいそうなドアを開け中に入る。ギシギシと音が鳴り、今にも崩れそう。そんな廊下を難なく進み、階段を上る。
風が窓をガタガタと揺らし、月明りが旧校舎の廊下を照らしていた。埃が光に照らされ、幻想的に舞っているように見える。
廊下の機材や段ボールは暁音が行かなくなってから何も変わっていない。端に寄せられ、歩く場所は確保されていた。
月海の所に通っていた時のように、慣れた足取りで廊下を進む。すると、”3―B”と書かれているプレートが見えてきた。そこが暁音の目的の場所。
前まで放課後、必ず通っており月海におにぎりを届けていた。やる気のない悩み相談所を開設し、何とか人見知りを改善させようとした場所。いつも月海が窓側にある椅子に座り、夜空を見上げていた場所。
暁音は目の前にあるドアに手を伸ばし、添えた。緊張しており、手汗がにじみ出ている。息が荒くなり、唇と手が震えていた。
中に目的の人がいるのかわからない恐怖と、開けてもいいのかという疑問。不安が頭を占め、いつも当たり前のように開いていたドアを開ける事が出来ない。
一度、手を離し自身の両頬をに添える。すると、乾いたような音が廊下に響き渡った。
パンッという音が響き、手を離すと暁音の頬が赤くなっている。不安な表情は無くなり、目を吊り上げドアを睨み上げた。
「ここで、負けてられるか」
珍しく口調が荒くなる暁音。ここで引き返せば必ず後悔する。
暁音は意を決して、右手に力を込め勢いよくドアを開いた。中に入り、教室の中心で歩みを止めた。
「…………月海さん」
教室の中に入り窓側を見ると、そこには、月明りに照らされている月海の姿があった。
「…………何で来たの。ニュース見てないわけ? それとも、殺されに来たの?」
窓から目を離さず、月海は淡々と問いかける。目元にはいつもの赤い布、白衣を肩にかけ腕を組む。
暁音は、コツ、コツと足音を響かせながら月海に近付いて行く。でも、なぜか月海がその歩みを止めさせた。
「待って」
「なんで」
「これ以上近づいたら、間違えて殺しちゃうかもしれないよ」
「私は構わないですよ。怖くないので」
「…………ハハッ。そっか、君はやっぱり変わらないんだね」
から笑いを零し、月海は一度顔を俯かせる。次に頭を上げた時、暁音の方に向き直し笑顔を向けた。笑顔自体は優しく、綺麗。だが、逆にそれが不気味にも感じる。
今の月海は何をするかわからない。そんな空気を纏っており、暁音も迂闊に近付けない。
「い、今まで、何をしていたんですか?」
「そうだね。まぁ、ニュースを見ていたらわかるんじゃない?」
「やっぱり。今世間を騒がせている”大量殺人失踪事件”。犯人は貴方なんですか? 月海さん」
暁音は確認の意も込めて、緊張を滲ませながらも問いかけた。
「君がそう思うならそうかもね。僕かもしれないし、違うかもしれない。真実は自分の目で確認しないと、人間は心から信用しないでしょ。人の言葉は儚くて崩れやすい、簡単に消えてしまう。だから、君も人の言葉に惑わされないで、これからの人生を歩んだ方がいいよ。僕なんかに関わらないで、誰にも縛られないで。君はもう、前みたいに縛られていないんだから」
「それは貴方のおかげですよ、月海さん。貴方が私を助けてくれた。貴方が私を家族という名の地獄から救い出してくれた。手を差し伸べてくれた。私はずっと縛られてた。親は完璧主義者で、ほんの少しの失敗も許してはくれなかった。テストでは満点じゃなければご飯は抜き、運動も一位じゃなければ部屋に監禁され、一日のスケジュールはすべて分刻み。もう我慢の限界で、何もかもどうでも良くなった私の手を救いあげてくれたのは、貴方。だがら、今度は私が貴方を助けたいの。これは親から言われていた事をやろうとしているんじゃない。私の意思で、貴方を助けたいと思ったんです」
今暁音と共に生活をしている知里は、実の親ではない。親の友人だった人だ。だからか、二人は距離感が掴めなく今でもぎこちない。でも、昔の縛られていた環境よりは何倍もマシと、今まで生活をしていた。
その事を伝える言葉には抑揚がなく、淡々としている口調。月海を見る瞳にも力が込められており、簡単には引かないのがわかる。月海も見えない視界で感じ取り、口を閉ざした。
静かな空気の中、二人の息遣いだけが静かな空間に聞こえる。
静かな空間を壊したのは、月海の荒々しい言葉だった。
「はぁ。お前、いい加減にしろよ?」
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