第32話 「いつもの場所」
放課後になり、暁音は教師の忠告を聞かず一人で帰宅していた。
旧校舎にも行かず、かといって他にも寄る所がないため真っすぐ家に帰りドアを開ける。中には暁音と一緒に住んでいる知里が、リビングでテレビを見ていた。
「あら、お帰りなさい。最近は早いわね」
「寄る所がなくなってしまったので。ところで、何を見ているんですか?」
「最近、世間を騒がせているニュースよ。今はこれで持ち切り、本当に怖いわね」
テレビには”大量殺人失踪事件。犯人は今だ逃亡中”と大きく書かれていた。それだけで暁音は、朝のHRの話なんだとすぐに理解できた。
暁音は鞄から配られたプリントを取り出し、知里に渡す。そのプリントを受け取り、彼女は険しい顔を浮かべた。
「やっぱり、学校でも騒がれているわね。これからはお迎えに行きましょうか?」
「大丈夫ですよ。それじゃ、部屋に戻ります」
そのまま部屋に戻る。そんな背中を知里は、何か言いたそうに口を開き手を伸ばした。だが、何も口にすることが出来ず、そのまま閉ざされる。目を伏せ、項垂れてしまった。
暁音は部屋のドアを開け、楽な格好に着替え鞄から教科書を取り出す。机に置き、回転する椅子に座った。
ペンを動かし始め、ノートを開く。部屋の温度が少し高く、暁音はノートを開いてすぐ窓を見た。
「少しだけ開けようかな」
窓まで歩き、手を添えた。
”アカネ”
「っ!!!」
男子にしては高く、聞き覚えのある声が聞こえた。瞬間、目を開き勢いよく窓を開く。体を乗り出し、夕暮れが広がる空を見上げた。
ベランダの先には、半透明の少年が黒い翼を羽ばたかせ飛び暁音を見ている姿。
「ムエン!!」
声を聞いただけでわかった、先日までずっと一緒に居た。悪魔で、相棒だった少年。ずっと、会いたかった人物が、暁音を悲し気に見つめていた。
声を張り上げ、落下防止用の塀に手を置きムエンに手を伸ばす。だが、ギリギリのところで届かない。ムエンが少し手を伸ばせが届く距離なため、むず痒い。
「ムエン!! 今までどこにいたの!! 私はどうすればいいの!? 月海さんは、何をしているの!?」
暁音が何を問いかけてもムエンは答えようとせず、顔を俯かせる。体を乗り出し、ムエンの名前を何度も叫ぶ。塀に体を乗せ、少しでも近づかせようと伸ばし続けた。
「ムエン!!!!!」
甲高い声で力いっぱい叫んだ瞬間、部屋の外から駆けているような音が聞こえ始めた。その音すら、今の暁音の耳には届いておらず叫び続ける。
…………――――バン!!!
「暁音ちゃん何しているの!?」
大きな音と共に、ドアが勢いよく開かれた。それと同時に知里が駆け込むように中に入りベランダへ走る。体を乗り出し、何もいない空間に手を伸ばしている暁音の肩を引っ張った。でも、暁音の力が強くベランダから離れさせることができない。
「暁音ちゃん!! お願い、変な事はやめて!!」
「ムエン!! 私は、貴方達にとって邪魔だったの!? お願い、教えて!! 私は、貴方達にとってただのお荷物だったの!?」
何もない空間に叫び続けている暁音を、知里は不気味に思いつつも掴み続け引っ張り続けた。
「ムエン!!!」
最後の力を振り絞るように暁音が叫ぶと、ムエンはやっと口を開いた。
”よ る い つ も の ば しょ”
声は聞こえない。口だけを動かし、ムエンはそれだけを伝えるとその場から消えてしまった。それにより、暁音の身体から力が抜け、知里の力だけでも引っ張る事ができた。
ドタンと、後ろに二人で倒れしりもちを付く。
「っ、たた…………。あ、暁音ちゃん!! 大丈夫!?」
床に倒れ込んでいる暁音に呼びかけるが反応はない。肩を揺さぶり起こそうと手を伸ばすと、触れる手前で暁音がぴくっと動きだす。
「あ、暁音……ちゃん?」
体をゆっくりと起こすが、顔は俯かせたまま。髪で表情を確認する事が出来ないため、今何を思っているのかわからない。声をかけた知里の声にも反応はなく、赤く染まって行く大空を見上げた。
「夜、いつもの場所…………」
隣に座る知里にも聞こえないような、か細い声が口から零れ落ちる。眉を顰め、暁音の顔を覗き込もうとした知里を無視し、暁音は立ち上がった。その目はいつものくすみ、濁っているような瞳ではなく。ギラギラと輝かせ、希望を持っているような瞳を浮かべていた。そんな瞳を見た知里は名前すら呼びかける事ができず、ただただ困惑するのみ。
どうする事も出来ない空気が流れ、二人はしばらくその場から動く事ができなかった。
☆
月が昇り、星が夜空にちりばめられている。綺麗に輝き、天体観測にはちょうどいい。だが、今外に出るための服に着替えている暁音は、天体観測するための準備をしている訳ではなかった。
白いTシャツにピンクの上着。ジーパンに、ポケットにスマホ。
いつも休日の時に旧校舎に行く時の服装を身にまとい、玄関から外に出た。
満点の星空の下を歩き、街灯がチカチカと点滅している。電柱には”チカン注意”という、破れているポスターが風に揺られていた。
一人分の足音が響く道路で、暁音は慣れた道を歩き続け目的地を目指す。
「いつもの場所。私達にとってのいつもの場所と呼ばれるのは、あそこしかない」
数十分歩いた後、暁音の視界には月明りに照らされ、不気味に輝いている旧校舎が映し出された。
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