第22話 「知ってるの?」
周りは賑やかな住宅街。ママ友と思われる子供連れが沢山おり、人の邪魔にならないように道の端で話している。
他にも、車の通りはあまりないためか。子供が自転車に乗り楽しそうに話していたり、歩きながら何かを見せあっている人の姿もあった。
そのような、楽しそうな空気が満ちている場所に一人。どんよりとした雰囲気を纏った青年が、家を囲っている屏に手を付きながら、ゆっくりと歩いている姿があった。
黒いロングパーカーを身にまとい、フードを深く被り顔が見えないようにしている。ジーパンにスニーカーを履いて、なるべく目立たないように人を避け、ただひたすらに歩いていた。
フードから見え隠れしているのは、黒い前髪と赤い布。口を結び、顔を隠すようにフードを右手でしっかりと抑えていた。
「やっぱり、外になんて出るんじゃなかった……」
震えた声で呟いたのは、先程旧校舎の家庭科室で着替えをしていた月海。
カタカタと足が震えながらも一歩、また一歩と。前へと進み、目的地へと向かっている。だが、もう旧校舎から出て一時間は経とうとしていた。
普通の人ならもう買い物は終わり、旧校舎に戻っている時間と距離。
月海は周りの人や物に怯えながら、一歩一歩。ナマケモノのようにゆっくりと歩いているため、通常より時間がかかっていた。それだけではなく、人込みを避けるため何度も道を変え遠回りしている。その理由は、やはり月海が極度の人見知りだから。
そのようなペースで、やっと辿り着いたのは薬局。
目の前の建物を見上げている彼の顔は青い。息も絶え絶えで、今にも倒れてしまいそうな顔色をしていた。
見上げていてもどうする事も出来ないため、月海は不安げにドアを見えない目で見つめる。眉間には深い皺が刻まれ、苦々しい顔を浮かべつつ。数秒間の時を過ごしたあと、お店の中へと足を踏み入れた。
お店の中からは、優しい音楽が流れ空調もちょうどいい。様々な物が棚に置かれてあり、目移りしてしまう。だが、月海は他の物には一切目をくれず、一つの棚へと向かって行った。
その棚の上には『風邪薬』と書かれている。
棚に置かれている薬を一つだけ手に取り、その後は軽い食べ物を数個持って真っ直ぐお会計へ。
レジの人に話しかけられるだけで肩を大きくはね上げ、キョドり気味に返答している。そんな彼に店員は不思議に首を傾げるが、特に何も言わずお釣りを渡して見送った。
そのままお店を出て人がいない建物の隙間へと、月海は逃げるように入っていく。
薄暗くなって行く道。周りは高い建物に囲まれているため、太陽の光が遮断されていた。ジメジメとしており、風が冷たい。
月海はそんな道の途中で止まり、後ろをゆっくりと振り返った。そこには誰もおらず、暗闇が道を包み込んでいるのみ。
人の気配を感じない事がわかり、再度前を向き直す。そのまま壁に背中を預け、ずるずるとしゃがんでしまった。
「…………………はぁぁぁぁぁあああああ」
今までにないほどの長いため息を盛大に零す。
顔を両腕で抱えている膝に埋め、動かなくなった。袋がカサカサと音を鳴らし、彼の手からするりと落ちる。
力が抜けた月海の手は何も握らず、落ちた袋に手を伸ばす事もしない。同じ体勢のまま、時間だけが過ぎる。
誰も通らない暗い道。月海が動かなくなってから数分経過。少しは回復したらしく、やっと動きだし顔を上げた。落ちた袋からは、水やおにぎり。一番重要な風邪薬が顔を覗かせている。
のそのそと動きだし、地面に落ちた袋を拾い立ちあがった。
「早く、帰るか……」
顔は青いままだが、来た道を戻ろうと顔を向ける。その時、背後から男性と思わしき声が聞こえ立ち止まった。
その声は甘く優し気に聞こえるが、何かを企んでいるようにも感じ怪しい。
いきなり声をかけられ、月海の肩が大きく飛び跳ね、恐怖と困惑で周りを見渡し始めた。
「え、僕……?」
「そう、貴方ですよ。
月海の背後、闇の中から一人の青年が姿を現した。今にもぶつかりそうなほど近く、彼の耳元で囁くように名前を口にする。それにより、月海は恐怖と困惑でその場から動く事ができず、顔を少しだけ動かし人物だけでも確認しようとした。
見られている彼は、深緑色のウェーブかかった髪を翻し、鎖骨が見えるくらい広い赤いTシャツ。その上には黒色のロングパーカー。スキニーズボンを履き、革靴でコツコツと音を鳴らしていた。
「っ! 君、どこから来たの。気配なんて全く感じなかったけど」
やっと我に返り動けるようになった月海は、掴まれていたわけではないため、その場から勢いよく移動し、すぐさま人の気配を感じ取った方向に振り向いた。
額から汗を流している月海を、少しニヤついた顔を浮かべながら見ている青年。その視線はねっとりとしており、うす気味悪い。怯えとはまた違う感覚に、月海は体を震わせた。
「な、なに……?」
「ほぅ。我の事を忘れておるのか。それは、実に残念だ。魁輝月海よ」
「は? 忘れてる?」
距離をとりつつ、月海は何かを思い出すように眉間に皺を寄せる。だが、何も思い出せなかったため、言葉を発する事ができない。
「と、いうか。なんで、その名前を知ってるの?」
体はまだ震えているが、恐怖より嫌悪感の方が強く口を歪ませる。そんな彼の反応を楽しむように、男性は下唇を舐め妖艶に笑った。
その美しさが逆に恐ろしく、月海は肩を大きく跳ねさせる。我慢の限界に達し、青年とは反対の方向に駆け出した。
「ほぅ、逃げるか。ここで見逃しても良いが……」
艶やかな唇から覗き見える白い八重歯。逃げる彼の背中を見て、赤い瞳を歪ませ怪しく笑う。
「今度こそ、あやつの心をここで壊し。眼だけではなく、感情を――……」
喉を鳴らしながら楽しげに笑い、青年は革靴を鳴らし歩き出した。
逃げる月海を、追いかけるために──……
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