第23話 「信喜海大」
「………ん。あれ、月海さん?」
暁音はベットの上で目を覚まし、月海が居ない事に気づく。頭を支えながら体を起こし周りを見回した。だが、探し人はどこにもいない。気配すらなく、不思議に首を傾げる。
「なんか、嫌な予感がする」
目を伏せ、暁音は右耳に少しだけ乱れている横髪をかけ呟く。慌ててベットから降り、床へと立った。瞬間、軽く頭痛が走り顔を歪ませる。右手で頭を支え、眩暈で力が入らずその場に片膝をついてしまった。
まだ本調子ではないため、安静が必要。無理をすれば、今より酷くなってしまう可能性がある。
「っアカネ! 大丈夫?」
小学生くらいの悪魔、ムエンが黒いモヤと共に姿を現し、心配そうに暁音へと近づき顔を覗き込んだ。不安げに眉を八の字にし、彼女の肩に手を置く。
暁音の顔色は悪く、汗がにじみ出ていた。息が荒く、症状はまだ良くなっていない。
「まだ寝ていた方がいいよ?」
「平気。それより、嫌な予感がするの。月海さんの身に何か……」
ベットに手を置き、ふらつきながらも立ち上がり廊下へと出た。
ムエンはそんな彼女を心配そうに見ていたが、下げていた眉を上げ、人差し指と親指で乾いたような音を鳴らした。すると、黒いモヤがムエンを包み込む。次に姿を現した時には少年ではなく、青年へと姿を変えていた。
佇まいはどこかの執事を連想させ、少年の時とは違った雰囲気を醸しだしながら暁音の隣に移動する。
「どちらに向かいますか、暁音」
「ムエン……。その姿、力を消耗するからあまり使わない方が……」
「暁音のためなら何でもしますよ。さぁ、ご命令を」
ムエンは右手を胸元に持っていき、腰を折る。丁寧な口調、動作一つ一つに品があり、高貴な印象を与える。
その言葉と行動に、暁音は頷き口を開いた。
「まずは、私をこの旧校舎にある"家庭科室"に連れて行って」
☆
狭く、ジメジメとした路地裏を月海は青い顔を浮かべながら走っていた。
所々にはゴミ袋や自転車が投げ捨てられており、道を塞いでいる。だが、何一つぶつかる事なく、体をねじったり横に避けたりと。見えないはずの視界で、全て避けながら走っていた。
口元を恐怖で歪ませ、荒くなる息など気にせず先ほどの青年から逃げる。だが、なぜか一向に人通りのある道に出る事ができない。無限に続く道をただひたすらに走っている気分になり、精神的にも追い込まれる。
「くそっ、どうなってんだよ」
恐怖が月海の身体を襲い、それに加え逃げる事が出来ない空間。元々慣れない住宅街を歩いて疲弊していた体だったため、月海の体力やメンタルは限界を迎えていた。
「っ、ぶな。あれ、これって…………」
今まですべてのゴミなどを避けていた月海だったが、地面に転がっていたあるものに躓き、立て直す事が出来ず力が抜け膝をついてしまった。その際、手にカサッと言う感触が触れる。それは、月海が必死になって購入した風邪薬の入った買い物袋。
月海は青年から一刻も早く離れたかったため、買い物袋などを気にする余裕はなかった。だから、ここにあるのはおかしい。
「ど、どうなってんの。これじゃ、まるで……」
「人を追い込めている時のもう一人の自分のよう──だと、思ったかのぉ」
「っ?!」
月海は慌てて後ろを振り向く。だが、そこには誰もいなく、光がない闇が広がるのみ。先を見通す事が出来ず、何もない空間から逃げるように自然と後ずさる。体がカタカタと震え、手に持っていたビニール袋が地面に落ちた。
どんどん後ろに下がり、
「っ、完璧にからかってんじゃん…………」
後を見るが、何もない。壁にぶつかっておらず、人もいる訳がない。
手の上で踊らされているような感覚になり、苛立ちと焦りが今の月海を奮い立たせた。
拳がわなわなと震わせ、歯を強く噛みしめる。それでも、今の現状を冷静に考えるため、深呼吸をし落ち着いた。
「………………ふぅ。これは多分。暁音の所にいるムエンと同じような力かな」
何とか無理やり気持ちを落ち着かせ、空を仰ぐ。高い建物に囲まれた道なため、青い空は微かな隙間からしか見る事が出来ない。
壁に背中を預け空を見上げ続ける月海は、今の現状を考えながら分析し始めました。
「そういえば、あいつ。我の事を覚えていないのかって……。もしかして、あいつ」
何かを思い出したのか、月海はハッとなり前方に顔を向けた。すると、上から楽しげな声が聞こえ始める。
「ほぅ、思い出したか月海よ。いや、思い出したのであればこちらの名前で呼ばせてもらおう。
「っ、その名前で呼ぶな!!!!!」
上空から人の名前が聞こえたかと思うと、いきなり月海が上を見上げ怒りを吐き出すように叫んだ。カッカッと人をあざ笑うような笑い声と共に、闇の空間から黒い翼を広げ、妖しい笑みを浮かべ彼を見下ろしている青年の姿が現れた。重力など関係なしに、建物の側面に足をつけ立つ。
「なぜ怒る。こちらの方が本名だろう、信喜海大よ。生き物にとって、名前は大事なものだろう? 忘れてはいかんよ」
「黙れ!!! それ以上その名前を呼ぶな、その名前を口にするな!!」
「哀れやのぉ海大や。両親からはネグレクトを受け、友人には裏切られ。唯一仲間だと思っていた幼馴染には──……」
「黙れぇぇぇええええ!!!!!」
青年が楽し気に口元へ手を持っていき、月海の過去を語る。そんな話は聞きたくないというように、月海は喉が裂けそうなほどの声量で叫び散らした。
地面に落ちていた石を拾い上げ、壁の側面に立っている青年へと感情のままに投げた。だが、それは片手で受け止められる。
垂れている髪は風で揺れ、組んでいた両手は石を受け止めるためにほどく。その行動全てに余裕があり、逆に月海はいつもの冷静さが欠け、感情のままに行動してしまっている。余裕がなく、判断力が鈍っていた。
「そう取り乱すでない。まだ、心が壊れるのは早い」
取り乱している月海を見て、青年はコツ……コツ……と。革靴を鳴らしながら徐々に月海へと近づいていく。
ゆっくり移動している青年の動きを感じ、月海は顔を逸らさないように気を付けながら横に一歩、足を踏み出した。その瞬間、青年は姿を晦ませ。いつの間にか月海の目の前に姿を現した。まるで、瞬間移動でもしたかのような動きに、月海は気が動転してしまい、何も行動できなかった。
青年の赤い瞳が、彼を逃がさず見続ける。
「まだまだ、こんなに綺麗ではないか。駄目だ。このままでは、面白くない。もっと、我好みの黒い感情を寄越すのだ。昔、幼馴染に裏切られた時のような感情を」
両手を月海の顔に添え、生き物とは思えない異様な笑みを浮かべながらねだる。不気味な笑い声が裏路地に響き、月海は体を大きく震わせた。
絶望的な状況。逃げられず、体が動かない。そんな月海を楽しむように見つめる青年が赤い舌で自身の唇を舐め、右手の指先をほんの少しだけ動かした。そんな時、どこからか女性の冷静な声が響き動きが止まる。
「そんなに相手が怖いなら、死んでもいいですよ。月海さん」
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