第21話 「これなら」
次の日。暁音は、いつの間にか自室のベットで横になっていた。目を覚まし、頭を支えながら起き上がる。そして、何事もなかったかのように出かける準備を始めた。
「…………」
何も口にしない暁音だが、昨日の夜から朝にかけての記憶がなく不思議に首を傾げる。記憶を思い出そうとしても、霧がかかった様に記憶が覆い隠されており思い出せない。
着替えながら思い出そうと頭を回転させたが、すぐに疲れてしまったため諦めた。
白いシャツにピンク色のパーカーといった、ラフな格好を身にまとう。着換えている最中、何度か体がふらつき転びそうになっていた。暁音は気づいていないが、昨日より頬が赤く染まっている。
本人は気にせず壁に手を付きながら靴を履き、曇っている空の下に出た。そのまま、いつものように旧校舎へと向かって行く。
風が冷たく、肌寒い。枯葉が風に吹かれ舞い上がり、暁音の足元を通過した。寒空の中、彼女は両手をこすり、白い息を吹きかけた。
「今日は、少し肌寒いな」
体を微かに震わせながらも足を止める事をせず、真っすぐ旧校舎へと向かったため三十分しないうちに辿り着いた。
玄関を入り、迷わず月海がいるであろう教室へ、埃の舞う廊下を進む。息使いが徐々に荒くなっていき、寒いはずなのに汗を流していた。パーカーの下に来ている白いシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
汗を少しでも乾かそうと胸元をパタパタと動かし、空気の入れ替えをしながら歩いていると、いつもの教室に辿り着いた。
ドアを開くと、中には窓の外を眺めている月海の姿があった。目元には赤い布が巻かれているため、見ていると言うより感じ取っていると言った方がいい。
カーテンは開いていないため、隙間から陽光が降り注ぎ月海をほのかな光で照らしている。
そんな彼を見て、暁音は声をかけ鞄を手に持ちながら隣へと移動した。
「っ! って、君か……。今日も来たんだ」
「来ると言ったじゃないですか」
「…………ん? ねぇ、今日なんか違くない?」
「え? 何がですか?」
「なんか。今日の君、存在感がない」
「言い方……。いつもは存在感あるんですか?」
「今よりかはある。普通にドア入ってきたら分かるし」
「あぁ。だからさっき、珍しく驚いていたんですか」
「ドアの音すら聞こえなかったけど」
「それは特に意識してないです」
暁音が言うと、月海は何を思ったのか左手を伸ばし彼女の右手を握る。すると、険しそうに顔を歪め立ち上がった。彼によりほのかに降り注いでいた陽光すら暁音に届かなくなり、影が差した。
月海は一般男性の平均より身長が大きいため、猫背だとしても威圧感があり恐怖心んが芽生える。だが、暁音は慣れているため気にしない。
威圧感より、月海の言動と行動の方が気になり、暁音は困惑していた。目をぱちくりさせ、見下ろしてくる月海を見上げる。
「なんか、熱い」
「そんな事ないと思いますよ。逆に肌寒いです」
「…………君は馬鹿なの?」
「成績は悪くないですよ」
「頭の馬鹿さ加減は、なにも成績だけで左右される訳じゃない。頭が良くても行動が馬鹿だったらそいつは馬鹿の仲間入り。成績が悪くても行動が理にかなっているのなら馬鹿ではない。それで考えれば、今の君は誰もが認める馬鹿だよ」
その言葉と同時に、暁音の手を引っ張り月海は教室を出ようとする。見た目は細く、色白なためか弱く見える彼だが、さすが成人男性。女子高生である暁音など、簡単に引っ張り廊下に出る事が出来た。
「あの、どこに……」
「保健室」
「え、なんで?」
「君が馬鹿だから。馬鹿に効く薬を探すためだよ」
「馬鹿にしているんですか? 馬鹿にしていますね」
「事実を口にしているだけだから」
それ以上は何も言わず歩き続ける。だが、暁音は納得しておらず、眉間に皺が寄っていた。
コツコツと足音が響く廊下。だが、その足音は等間隔ではなくまばら。ふらついているような音が響き、見えていない月海でも今の暁音がふらつきながら歩いているのがわかった。
少し歩いたところで月海が立ち止まり振り返る。そのことに驚き、暁音も一緒に立ち止まる。
先ほどから月海が言葉足らずなため、今の現状を理解できない暁音はイラつき始めていた。彼が何を考え、何をしようとしているのか察することができず唇を尖らせている。
「君……」
「……? 今度は何ですか?」
「……はぁ。言っておくけど、僕のこれからの行動に後ろめたい事とか一切ないから。勘違いしないでよね」
「それはどういう――」
意味が分からない月海の言葉に暁音が問いかけようとすると、いきなり彼が彼女の横に移動し腰を折った。
彼女の膝裏に右手を滑り込ませ、背中を支えるように左手を添えた。そのまま、曲げた腰を伸ばし立ち上がる。
傍から見たら、その抱き方はお姫様抱っこ。それが男女で行われている為、勘違いされてもおかしくはない。だからこその、先ほどの月海の言葉だった。
「…………え」
「少しでも動いたら
月海の言葉に暁音は何も言わず見上げるのみ。月海の無表情を見つめ、彼がそれに気づき「何」と不機嫌そうに問いかけた。
「なんでもないですよ。驚いただけです」
「あっそ」
そんな短い会話を交わし、月海は廊下を進む。
月海の行動に困惑している暁音は言葉が口から出ず、見あげるのみ。それからすぐに、目的の場所に辿り着き立ち止まった。
目の前には木製のドア。上にあるプレートには”保健室”と書かれている。
「ついたぞ」
言葉と共に扉を足で開け、窓側にあるベットに向かう。
白いシーツが敷かれているベットに暁音を座らせ、自分は出入り口付近にある棚へと向かい何かを探る。だが、探している物が見つからず肩を落としてしまった。
「何を探しているんですか?」
「馬鹿にも効く薬」
「…………そんな物あるわけないでしょ」
「馬鹿だから分からないのか。なら、今の君にも分かるように言ってあげる。万能薬であるロキソニンを僕は今探しているの」
「ロキソニン? なんでですか?」
「…………はぁ。もっとわかりやすく言わないとダメなのか。今の君の体内には──というか、もう……。風邪なんだよ君、熱もありそうじゃないか。だから存在感がないんだよ。浮いているような、空気のような。とりあえず、感じにくい状態」
頭を掻き、めんどくさいと思いながらも簡単に説明した。
何で保健室に来て、ロキソニンを探していたのかやっと理解できた暁音は、納得したような声を上げ月海を見る。
「あぁ、なるほど。だから昨日、瑠爾もあんなことを言っていたのか」
「瑠爾?」
「幼馴染ですよ。昨日の夜、偶然会ったんです」
「学校違うの?」
「違います。なので、最近は会っていなかったのですが……。あんな偶然があるんですね」
暁音の言葉に月海は首を傾げている。何か引っかかりを覚え、顎に手を当て考え始めた。
「何か?」
「いや、ちょっと……。とりあえず、今は薬がない。寝てれば大丈夫?」
「全然大丈夫ですよ。寝なくても特に」
「馬鹿は風邪をひかない。成績優秀なんでしょ? だったら馬鹿に墜ちる前に素直に寝な」
「…………月海さん、おこっ──」
「さっさと寝ろ」
「はい……」
表情はいつもと変わらないが、口調がいつもと違う。声色もいつものやわらかい物ではなく、刃のように鋭い。いつもより低く、さすがの暁音も頷くしかなかった。
素直に従おうと暁音は、スニーカーを脱ぎ横になる。月海はその様子を、赤い布が巻かれている目で見下ろした。
自分では気づいていなかったが、相当体に負担があったらしく、目を閉じると直ぐに寝息を立て始めた。
月海はそんな暁音に対し溜息をつき、ベットに腰をかける。
隣で寝息を立てている彼女を見下ろし、息を吐いた。
寝ている彼女は少し息が荒く、汗を流している。頬は真っ赤に染まっており、微熱ではない事が容易にわかる状態だ。
「…………」
右手を伸ばし、優しく頭を撫でてあげると、突然彼は難しい顔を浮かべ始めた。口をへの字にし、眉を下げジィッと見下ろす。
「……………………ぁぁぁあああ。くそっ!」
頭を掻き回し、何を思ったのか月海は立ち上がり保健室を後にした。そして、荒い足取りで廊下を進む。
向かったのは"家庭科室"と書かれたプレートがある教室。木製のドアを手で開け、中へと入った。
中にはもう何年も前になると思わせるミシンや冷蔵庫。六個ある大きなテーブル。その上には、様々な服が散らばっていた。
そんな中、月海は散らばっている服を見回し近づいていく。
「…………これなら、周りの目を気にしなくて……いいか」
一つの服に手を伸ばし、震える体を押さえ着替え始めた。
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