第9話 「部長なのだから」

 暁音の質問に、月海は片眉を上げ「あ?」と不機嫌そうな声をこぼす。だが、彼女は気にせず同じ質問をもう一度ぶつけたため、月海は頭を掻きながら吐き出すように答えた。


「はぁ。死にたいと本気で思ってなかったから。これでいいか?」

「ですが、自分で"いなくても良い"と言っておりました。その時点で貴方なら殺せたはず。なぜ、わざと逃げる時間を与えたのですか?」

「出来ねぇよ。俺にはあれで精一杯だ」

「何を言っているんですか。あんなのが貴方の本領の訳が無いでしょう。五年前の大量殺害事件。犯人は自分だと、貴方が言っていたではありませんか」


 天気でも聞いているような口調で、暁音は彼に問いかける。その問いに、月海はめんどくさいと言いたげに暁音を見上げ続けた。お互い何も話さず、風の音だけが静寂な空間に音を鳴らす。

 痺れを切らした暁音は、再度口を開き質問した。


「貴方は一切証拠を残さず、何十の人を殺した。そんな人が佐々木さんを殺せないはずがない」


 言い切った暁音の瞳は黒く濁っており、生気を感じない。そんな彼女の言葉に、月海は答える事をせず、口を閉ざし続けている。だが、今度は月海が我慢できなくなり、暁音から顔を逸らした。

 ため息と共にぼそぼそと、小さな声でやっと先ほどの問いに答える。だが、それは答えと呼べるものではなかった。


「めんどくさかった。これでいいか。俺はもう疲れた、寝る」

「え、あの……」


 それだけを零し、月海は暁音の制止など聞かず椅子から立ちあがった。ペタペタと足音を鳴らし、教室を後にしてしまった。

 残った暁音は、全く理解できず不機嫌そうに眉をひそめる。


「もしかしてまた、余計な事を言ってしまったのかしら」


 重い空気の中、暁音はなぜ月海が教室を後にしてしまったのか。なぜ、明確な理由を教えてくれなかったのか。それを考える。だが、何も思いつかず息を吐き、鞄を片手に彼と同じく教室を後にした。


 ☆


 旧校舎を後にする暁音に、一人の女子生徒が近づいていく。その人の手には一眼レフカメラが大事そうに握られていた。


 口元には笑みを浮かべ、背中くらい長い髪をハーフアップにし、風でゆらゆらと揺らしながら歩く。指定の制服を身にまとい、スカートは膝より上。

 コツコツとローファーの音がどんどん暁音に近付いていく。


 足音が聞こえ始め、暁音は前に進めていた足を止めた。顔を上げ、音の方に目線を向ける。

 月光が届かない、闇が広がっている森の中。一人の女性が姿を現した。


「こんにちは、鈴寧りんねさん」

多羽田たばたさん。こんにちは。こんな所でどうしたの?」


 女子生徒の名前は多羽田梨花たばたりか。一眼レフカメラをいつも握る程好きで、部活も写真部に入部していた。外から物事を眺めるのが好きらしく、友達の輪へと自ら入ってはいかない。


「こんな所に貴方が求める物はないと思うわよ」

「あら、あるじゃない」


 梨花の言葉に、暁音は首を傾げる。


「前に教室へと入ってきたイケメン君。紹介してくれない?」


 片目を閉じ、パチンとウィンクしながら梨花は口にする。


「…………い、イケメン? 誰?」

「あの人だよ。黒髪に、白衣。あと、赤いハチマキしてた? かな。そんな人に覚えない?」


 細かく説明されてもなお、暁音はポカンとしている。すぐに思い浮かばず、空を見上げ唸る。


「あ、もしかして月海さんの事?」


 やっとわかった暁音は、梨花を見直し聞いた。


「あの男性、月海さんという名前なのねぇ。会わせてくれない?」

「私は構わないけど、今は寝ているからやめておいた方がいいわよ。何されるか分からない」

「なら、明日はどう?」

「…………話が出来るか分からないけれど。それでもいいの?」

「構わないわ。諦める気ないもの」

「わかったわ。なら、明日の放課後に」

「えぇ。嬉しい」


 次の日の約束をし、そのまま梨花は手を振り旧校舎とは反対側へと歩き始める。カサカサと葉が重なる音が闇に響く中、彼女は苦しみや悲しみといった負の感情が込められた言葉を吐き捨てた。


「諦める訳にはいかないのよ。私は、部長なのだから……」


 先ほどまで浮かべていた笑みを消し、眉間に深い皺を刻む。歯を食いしばり、悔しげに顔を歪めた。垂らしている手には自然と力が込められており、微かに震えている。


 完全に梨花を見送った暁音は、森に向けていた瞳を背中に背負っている旧校舎に向けた。


 月明かりが、静かに佇んでいる旧校舎を不気味に照らしている。風が吹くと、周りに立ち並んでいる木々から踊るように揺れ、葉を舞わせた。まるで、異世界への扉が開かれるのではないかと思うほど不気味に建たされている。


 風で髪を揺らし、暁音は旧校舎を見上げる。右手で髪を耳にかけ、考えるように瞳を閉じた。


「失った感情なんて、一体何なんだろう。弱いとは、何を指しての言葉なのかな」


 そんな疑問をこぼし、暁音は旧校舎に背を向けそのまま帰宅した。


 そんな彼女を見下ろしている人影が、旧校舎の二階に映っている。月海が窪んでいる両眼を外へと向け、腕を組んでいる姿が月明りに照らされていた。


「なぜ殺さなかった……か。はぁ、俺が切る前に、想いの糸が繋がったから……と。説明してもわからんだろうな。めんどくせぇ」


 それだけをこぼし、窓から離れる。


「今日もまた、平凡な一日が終わった。俺の捜し物は、いつ見つかるのかねぇ〜」


 気だるげにつぶやき、廊下へと姿を消した。

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