梨花
第10話 「そのうちわかるよ」
暁音はいつもと変わらない学校生活を送り、放課後になった。
いつものように慣れた足取りで旧校舎へと向かって行くが、今日はいつもとは違う。
彼女の後ろには、首に一眼レフカメラを下げた
「何を期待しているのか分からないけど、とりあえず後悔だけはしないようにね」
「全然大丈夫よ!」
「そう。それならいいけれど」
その後はお互い何も話さず、無言のまま旧校舎へと辿り着いた。
何時壊れてしまってもおかしくないドアを潜り、二階へと続く階段を上る。床からギシギシと音がなり、歩く度埃が舞う。そんな状況なため、先程まで笑顔だった梨花は不安になり、眉を下げる。
「床、抜けないよね?」
「足踏みでもして試してみたら?」
「嫌よ……。もしも、があったら怖いもの」
「そう」
短い会話を交し、目的である"3ーB"に辿り着く。
ノックなどせず、建付けの悪いドアを当たり前のようにスライドさせ中へと入る。中心まで歩き、鞄を机に置くと暁音は周りを見回し始めた。
「ねぇ、月海さんって人、どこ?」
梨花が質問するように、教室の中には誰もいない。人の気配も感じず、もぬけの殻状態。
暁音は梨花の質問に答えず、またいつものように教卓の下で寝ていると思い、近づいていく。腰を折り、中を覗き込むが誰もいない。
「……今日はいないみたいね」
「そう、簡単に会えないかぁ」
暁音が言うと、梨花は短いため息をつき教室を出ていこうとする。
「結構あっさりなのね」
「待っていたいのは山々なんだけど。写真部の部長として、色んな写真を収めなければならないの。残念だけれど、また明日にするわ」
暁音の方を向き伝えると、そのまま手を振って「また明日」と去っていく。あまりにあっさりしすぎているため、暁音が呆気に取られていると、梨花とすれ違い様に後ろ側から月海が教室へと戻ってきた。
「…………ん? そんな所で立ちすくんでどうしたの。トイレなら早く行ってきなよ。ここは女子トイレじゃないよ」
「……安心してください、トイレじゃないので。それより、貴方にお客さんが来ていたというのに、どこに行っていたのですか?」
溜息をつき、暁音は何も考えていない月海に問いかけた。
「教える必要ある? それに、お客さんって何?」
「教える必要は無いかもしれないけど、私が個人として気になったから聞いただけ。答えたくなければいいです。後、お客さんとはまた違うかもしれないのですが、月海さん目当てで来てくれた方が先程お帰りになられました」
「ふーん。興味無いけど」
それだけを口にし、月海は教室の奥へと移動。窓の近くに置いてある椅子へと腰を下ろし夜空を見上げ始めた。
目元に巻かれている赤い布に、夕暮れが当たりオレンジ色に輝く。
今の彼の目には、どのような景色が見えているのか。彼は普段、何を見ているのか。
周りの景色が普通に見える暁音には分からない。けれど、それを聞く事はせず今まで過ごしてきた。暁音自身、わざわざ聞くほど興味があったわけではない。だが、今はオレンジ色に輝いている目元を見て、少しだけ気になり問いかけてみた。
「……そういえば。月海さん」
「なに」
「月海さんは、病気で眼球を取り除いたんですか?」
「なんで?」
「別に。答えたくなければ無理には聞きません。すいません」
すぐに謝罪を口にした暁音に、月海は顔を向け小さく息を吐く。めんどくさそうに頭を乱暴に掻き、苛立ちを隠しもせず暁音に吐き捨てる。
「んで。聞きたいの? 聞きたくないの? どっちか決めてくれない? そうやって保険かけるの本当に面倒くさい。質問されている僕の身にもなってよ。結局どうしたらいいんだよって気持ちだよ? 答えたくなかったら普通に言うし、余計な保険をかけないでくれないかな。めんどくさい」
「……すいません。なら、教えていただけると嬉しいです」
月海の言葉に怒る事はせず、暁音は再度問いかけた。だが──
「めんどくさい」
「…………その言葉こそ、こっちはどうすればいいのか分からなくなるのですが。ふざけていますか?」
「至って真面目」
「答えてくれるのですか、くれないのですか。早く答えていただけると助かります」
さすがに少しイラついたのか。目を吊り上げ、強い口調で再度彼へと聞く。その様子に、月海はげんなりしたように仕方なく答えた。
「はぁ。別に、病気じゃないよ。でも、取り除かれたのは間違いない」
「? どういうことですか?」
「そのうちわかるよ。どうせ、あいつは僕の事を諦めていないからね。まぁ、出会う事はオススメしないけど」
含みのある言葉に暁音は首を傾げ、顎に手を当てる。月海が何を言いたいのか思考を巡らせ、理解しようとしたが無理だった。
その様子を、月海は気にせず顔を逸らし立ち上がる。
「とりあえず、今は気にしなくてもいい。僕は寝るよ。じゃぁね」
そう言って、月海は暁音の返答を待たずにそのまま教室を後にしてしまう。
残された暁音は、月海が出ていった方を見ながら引き留めようとはせず、動かなかった。
「…………まぁ、いいか」
息を吐くように言葉を零し、鞄を手にし教室を出ていった。その時、閉まっているカーテンに青年くらいの黒い影が見え始める。その人影の左右には、大きい翼みたいなものが広がっていた。
口元に、異様な笑みを浮かべながら。人影は、廊下へと消えた月海を見続けていた。
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