第4話 夏は人をダイタンにさせる

「海だ―ー― ‼ 」

白褐色の砂浜の上で、杏璃が叫んだ。

燦然と照り返す太陽。雲一つない青い空。

そして青空を鏡のように映しだした、果てしない海。

「今日もめいっぱい遊ぼうね! はづ!」

「うん!」

今日一日、どんな楽しい日になるか期待して私達は手を握り合った。


◇ ◆ ◇


時は一週間前に遡る。

「杏璃ー。そろそろ宿題しようよー」

私の自室にて、今日も今日とて宿題をやる気のない杏璃に声を掛ける。

「…………」

杏璃は何やら黙々と、スマホを操作している。

「あのー……なに、やってるのかなー……?」

「頼む……頼む……!」

杏璃がスマホを睨みながら、うわごとのように何かを呟いている。正直怖い。

「ッにゃああああ‼ 駄目だったぁぁぁぁぁぁ‼ 」

「ひっ……!」

いきなり弾けるように杏璃が叫びだしたので、びくっ、と心臓が跳ねあがる。

「ど、どうしたの杏璃……」

「ドブった……あたしの最後の……十連ガチャ……」

おいおいと泣く杏璃が持っているスマホを横から覗き込むと、ゲームの画面が展開されていた。

「えっと……これ確か……『クラベリ』だよね……?」

TVで紹介される事が多いので、ゲームに明るくない私でも知っていた。クランベリーファンタジー。略してクラベリ。

若い人達を中心に大人気のソーシャルRPGだ。

「石……貯めたのに……3ヶ月ぐらいずっと貯めてたのに……」

ゲーム内で手に入る『魔聖石』というアイテムを集めて、ガチャを回してキャラクターを手に入れる、スマホゲームによくある仕様だ。

芳しくないガチャの結果が続くと、『ドブる』『爆死』とか言うんだっけ。

この様子ではお目当てのキャラもゲット出来ず、ドブるのが続いたんだろうか……

「えっと……残念、だったね……」

「はい、ひっじょーに残念です……」

「……ちなみに誰が欲しかったの?」

「白魔法士オーガスタちゃんの……水着姿……」

白魔法士オーガスタちゃん。あまり詳しくは知らないけれど、杏璃が気に入ってるって女の子だったな……。

「……そう言えば杏璃、どうしてその子の事気に入ってるの?」

「……はづに似てるんだもん。そりゃあ好きになるよ」私に、似てる……?

自分に似ているからそのキャラが欲しくなると言われると、ちょっと嬉しくなってしまう。

「えーと、これが復刻ガチャで手に入る水着オーガスタちゃん」杏璃のスマホに、一体のキャラが表示される。

ガチャの画面にいる小柄な女の子を杏璃は指差した。

「……すっごい恰好してるね」

大事な所さえ隠せればOKと言いたげな、布面積が非常に小さい白ビキニを着たうえに、白いローブを羽織り、黒髪を三つ編みに結んだ女の子が、恥ずかしそうにこちらを見ている。

このビキニの形は確か……マイクロビキニと言うんだったか。見てるこっちが恥ずかしくなる。

ここまで際どい衣装をさせるのは、運営側がユーザーにガチャを回させようと言う思惑を感じ取らずにはいられなかった。

言われてみれば、水着以外の全体的なオーラが地味目で、他人とはちょっと思えない女の子だ。

「うぅっ……ほしかった はづがこんなえっちな水着着たらこうなんの

かなって……」

「ちょっと! 落ち込んでると思わせてじぃっとこっちを見て想像するのやめてったら!」

さっ、と私は腕で胸の部分を隠す。

「この爆死の結果を癒す為には……はづの水着姿を見る事が一番だよぉ……ていうか海行こう海!」

しょぼくれた顔から一転、ぱん、と手を叩いて提案してくる。こういう時の杏璃は立ち直りが早いんだよね。

それが杏璃のいい所なんだけど……それにしてもいきなりすぎるというか。

「海かぁ……」

杏璃と海で遊ぶのは楽しいんだろうな。

……実は私も、杏璃と同じように、杏璃の水着姿が見たいという下心はあったりするのだけれど。

「来週海いこ? ね? ね? はづの水着姿が見たー!」

がくんがくんと肩を揺さぶられ、視界がぶれ続ける。

「わ、わかった! わかったから揺さぶるのやめてー!」

「よっしゃ! じゃあ弟くんも連れてきちゃいなよ! ウチはねーちゃんも呼ぶから! パパかママに連れてってもらうように頼むね!」

こうして、いつもの杏璃の押しの強さで海水浴が決まったのである。


◇ ◆ ◇



そして今日、杏璃の家から車で三十分の距離にあるこの海水浴場に来ていた。砂浜や海には、カップルや家族連れ、学生グループ等色んな集まりが点在し

ていた。

「今日はありがとうございます。お車も出していただいて」

ぺこり、と私は目の前の恰幅のいいおじさんにお辞儀をした。

「ははは、なに。こちらこそいつも杏璃と遊んでくれて嬉しいよ」

オールバックの黒髪にサングラス、アロハシャツにハーフパンツといかにも夏といった出で立ちのおじさんが、爽やかに笑う。

杏璃のお父さんだ。

「ありがとうございます」

私の隣で、私と同じようにぺこりとお辞儀をする水着姿の小さな男の子。

私の弟、光太である。


家では生意気だけれど、外では礼儀正しくを徹底されている。

「んー! はづちゃんと光太くん、一人でも可愛いけど、二人揃うとほんとそっくりでもっと可愛いー!」

真っ赤なビキニを着た、抜群のプロポーションの麗奈さんが大はしゃぎで私達の方を見る。

はしゃぎ方が杏璃そっくりだなぁ……麗奈さん。

「そんな……お姉さんだって、とても素敵ですよっ! 素敵なお姉さん! 僕、お姉さんと一緒に海に行けてとても嬉しいですっ!」

きらきら、と歯の浮くような台詞を言い出す私の弟。一瞬『誰?』と思ってしまった。

「あっはは! 素敵だって! うれしー!」

そのまま、麗奈さんが屈んで、光太の頭を撫でた。

撫でられた光太は、かちんこちんに固まって赤面している。

「………」

礼儀を徹底されている、とは言ったものの……なんだかいつもと様子が違う。今まで女の人相手にここまでの事を言っただろうか。

杏璃の家で集まった時から感づいてたけど……光太、絶対麗奈さんのことを

意識 してる。


最近の子はませてるなぁと言いたくはなるけれど、女の子と付き合っている私が言える立場じゃないよね、うん。

(素敵なお姉さんねぇ……私には言ってくれないのかなぁ?)頭を撫で終えられた我が弟に、少し嫌味っぽく耳打ちする。

(ちんちくりんのはづきねぇに言うわけねーだろ!)そんな棘のある言い回しを小声で返された。

ちんちくりん……光太、私よりちっこいのに……。

「ねぇねぇ! あたしはどう⁉」

元気な表情で杏璃が麗奈さんに尋ねた。

(なかなかに大胆だな……)

杏璃の水着は、意外にもシンプルに黒のビキニなんだけれど……結構大胆なものだ。

『大人の黒』という言葉が連想され、同年代の女の子にしては攻めたものに見える。

日焼け跡の白い肌が、普段の時と違って多めに露出する。

体型は私とあまり変わらない、凹凸の少ない少女体型だけれど。

「あんたみたいなちんちくりんにはあと十年は早いっての、そんな水着は」

「なにそれー⁉ むっかつくー!」

どうでもいいものを見たような物言いの麗奈さんと、それにぷりぷり怒る杏璃。

そんな姉妹のやり取りを見る。

なんだか私達姉弟とあまり変わらないな……。

「大丈夫。杏璃はとってもかわいいさ。もう世界一と言ってもいい程に」おじさんがにこやかに杏璃を褒めた。

「でっしょー⁉ パパわかってるー! もーほめ過ぎー!」

褒められて、杏璃の表情がぷりぷりと怒ったものから晴れ晴れとしたものに早変わりした。

喜び極まって杏璃が自分のお父さんの背中をばしばし叩きまくる。

「はっはっは。割とマジで痛いよ、ちょっと勘弁して。そんな姿も最高に可愛いけど」

「うわ出た親バカ。パパもママも杏璃に甘すぎだっての」呆れた表情で麗奈さんが嘆息した。

(長女の苦悩なら私にもわかりますよ)

そう、他人の気がしない麗奈さんに念を飛ばしておく。

「杏璃、可愛いよ」

私もおじさんと同じように杏璃を褒めた。

ちょっと大胆だけれど……やっぱり杏璃の水着は様になる。

私とあまり変わらない、凹凸の少ない身体だけど……こうして見ると、去年よりも脚が伸びて、少しずつ大人に近づいてるように見えた。

お肌もところどころ日に焼けていて健康的な印象があり、とても杏璃らしい。

シンプルなデザインの水着が、杏璃のそんな素の可愛さを際立たせた。

麗奈さんにとっては『ちんちくりん』かも知れないけれど、私にとっては魅力的に見える。

「ところで、はづはなんでパーカー着てるの?」

「あっ……これはその……」

大きめのだぼついたパーカーを着て、水着姿を隠している私。

「そんなの着てたら暑いでしょ! ほらほら早く脱ぐ!」

「ま、待ってぇ!」

「えー、さっき着替えたとき見たじゃん。恥ずかしがる必要ないでしょ」

ファスナーを下ろされ、パーカーをはぎ取られ……白いビキニ姿が露わになった。

「うん、やっぱりかわいい!」

「そ、そうかな……?」

布面積で言えば杏璃と同じぐらい。

水着を買いに行ったとき、お母さんにせがんで買ってもらったけど……正直いざ着ると恥ずかしい気持ちになった。

「なんだか色違いの双子コーデっぽくない⁉ あたしら!」

「そ、そう? そう言われるとちょっと嬉しいなー……なんて……」照れながら頬を掻く。

杏璃の水着と、ちょっと形が似ている。言われてみれば双子っぽいかも。

……ちょっと恥ずかしいけど、選んで正解だったかも。

白い大胆なビキニと言う事でオーガスタちゃんをちょっと意識してたりする。なんにせよ、杏璃が喜んでくれて何よりだ。

そんな喜びに浸っていた時だった。

「ねえねえ。誰かあーしにローション塗ってくんない?」

立てていたビーチパラソルの下に敷かれたシートに、いつの間にか麗奈さんがうつ伏せで寝そべっていた。

「あ、じゃあ私がやります」

麗奈さんの傍まで駆け寄って座り、借りた日焼け止めローションのボトルを取り、中身を手の平に垂らす。

そのまま麗奈さんの背中にローションを塗りたくる。

「んー、そうそう、その調子」

「………」

モデルでもやっているんじゃないかと思わせるしなやかな身体。杏璃のものとはまた違う、健康的に白い、艶やかな肌。

女性として完成されすぎてるんじゃないかという、魅惑的な白い背中が、目の前に広がっていた。

私がローションを塗るのは失礼なんじゃないかと思わせたが、あまりにも無防備に背中が露わになっている。

おまけに、ブラ紐も今は解かれていて……上半身は『何も着ていない』状態なんだ……。

ローションに塗れた私の手のひらが、麗奈さんの新雪のような背中を滑る。手のひらが背中の上を滑るたびに、緊張で胸が高鳴る。

(杏璃もいつかこうなるのかな……) 五年後ぐらいの杏璃の姿を想像する。

きっと、麗奈さんみたいな女子高生になるんだろうな。

可愛いっていうより、綺麗って褒める方が増えたりするのかな?

そんなことをぼーっと考えながら、上から下へと手のひらを滑らせていると……

「もう……そこはお尻だよ、はづちゃんのえっち」

「あっ……ごめんなさっ……」

悪戯気味に、麗奈さんがそんな事を言ってきた。

一瞬、お尻の柔らかい感触を手の平がとらえていた。形も綺麗で、張りや弾力のあるお尻だった。

いけない。なんだか、不純な気持ちが湧いてきている。

私はそんな不純な気持ちを押し殺しながら、麗奈さんの太腿やふくらはぎの裏にローションを塗る。

細いけれど、肉付きのいい柔らかい脚だった。

「…………」

自分の背中に視線を感じて振り返る。

杏璃がじっと、こちらを見ていた。

なんだか、半目で杏璃がこちらを睨んできてるような気がする……やがて、麗奈さんの背面へのローションが全て塗り終えられた。

「ん。ありがと、はづちゃん」

お礼の言葉を貰い、一緒にシートを片付ける事にする。麗奈さんの白い肌が、艶やかに照り輝く。

綺麗だな、とじっと見てしまう。

「ねーちゃん、ローション借りるねー」

杏璃がひょい、とさっきまで使っていたローションのボトルを手に取る。

「日焼けしまくってるあんたに今更それ必要?」

「はづに使うの! さぁ、行こ! はづ!」

ロールケーキのように巻かれたシートを脇に挟み、杏璃が私の手を掴む。

「え? ここで使えばいいんじゃ……」

「ここで使ったら変態のねーちゃんがじーっと見てくるかもしんないじゃん!無防備なはづの背中をね!」

戸惑う私の腕を強引に引っ張っていく杏璃。

……なんだか、ちょっと機嫌が悪そう。

「……? 何言ってんのこのバカ。こんなバカほっといて先行こっか、光太くん」

「は、はいっ」

麗奈さんは光太の手をとって、海へ向かう。

「それじゃあパパ、海釣りしてくるよ。

あとは若いモンで楽しんどいで。監督は任せたよ、麗奈」

『たまに様子見に行くから』と付け足して、釣り道具一式を持ったおじさんが別の方向へ向かって歩いていく。

私と杏璃は……砂浜を駆け足気味に歩いて、やがて大きい岩の陰になる場所に着いた。

人気スポットとは距離が結構離れていて、人目に付かない場所になっていた。

「ここで横になって。塗ったげるから」

「う、うん……」

杏璃の言葉に従って、砂場に敷かれたシートにうつ伏せで寝そべる。少しだけ杏璃の声に抑揚がないように聞こえた。

「じゃあ、塗るね」

ぺた、とローションに濡れた杏璃の手が、私の背中に触れるのを感じた。

「ひゃうっ……!」

思わず変な声が出てしまう。

他人の手でローションなんて塗られるのは、初めてだ。

そのままゆっくり塗りこめられる。

「く、くすぐったいよ……あんりっ……!」

小さくて柔らかい杏璃の手が、私を少しくすぐるような手つきで撫でまわして、変な声が出てしまう。

おまけにただのくすぐりと違って、今はローションが塗られている。ローションの冷たさも相まって、肌が敏感に感じ取ってしまう。

私の背中の上を、杏璃の手が這う。上から下へ、下から上へ。

「はづのお肌、すべすべ~」

「んっ……!」

脇腹に指が滑る。くすぐったさにまた変な声が出てしまう。

「ほら、次は脚やるから」

ぷに、ぷにと。ふくらはぎや太腿指で突いてくる。

「はづの足、やーらかーい」

「も、もう……柔らかいだなんて、太ってるって言いたいの?」

「えー? そんなんじゃないよ。むしろはづはもうちょっと肉つけた方がいいんじゃない?」

「そ、そうかな?」

そんな会話をしながら、やがて脚の裏側を全部塗り終えられた。

「じゃあ、次は前やろっか」

「え? 前……? そこ自分で……」

「いいから」

こてんとひっくり返されて、私は仰向けにされる。

「じゃあ、塗ってあげるね」

杏璃がそう言いながら、自分の手にローションを垂らして……なんと、杏璃

自身の身体にたっぷりと塗りこめた。

「な、なにしてるの……?」

やがて、杏璃の褐色と白色が混ざった、健康的な肌が太陽に照り輝いて、より一層健康的なものに見えた。

むしろ……なまめかしさ、というものだろうか。

まだ幼い身体つきなのに、そんなものが連想された。そして……そのまま、杏璃がおい被さってきた。

「ちょ、ちょっと……!」

「こーすれば気持ちいいらしいよ?」

そのまま、ぴたりと私達の身体が重なった。

「ちょ、あ……!」

私と杏璃の、あまり凹凸のない胸同士がぴたりとくっつく。

悲しい事に互いに胸がない分、密着度合いが高い。

胸の鼓動が激しい。自分の分も。そして、重なってくる杏璃の分も。どくんどくんと、互いの心臓の鼓動が二重奏を奏でる。

「な、ななな……なにしてるの?」緊張でなかなか声が出ない。

ゆっくりと、杏璃の身体が私のお腹の上を滑る。

「ふあっ……!」

ぬる、ぬると。上から下へ、下から上へ。

胸の辺りは少し硬いけれど、お腹の辺りと絡み付いてくる太腿やふくらはぎは柔らかい。

大きな軟体動物が自分の身体を這うとこうなるのだろうか……でも、不思議と不快感はない。

むしろ……きもち、いい?

以前『おとなのキス』をしたときの、頭がぼーっとするような。そんな感覚に見舞われる。

「ひゃうっ……!」

「どお……? いっぱい、塗れるでしょ……?」

「そ、そうだけどぉ……!」

私のお腹の上を杏璃が滑るたびに、私の身体にもローションが塗りこまれる。そうすることで、より一層杏璃が私の身体を滑りやすくなっていく。

最初冷たかったローションが、高い気温や互いの体温と混じりあって、人肌と変わらない温度になっているのがより気持ち良さを感じさせた。

「ど、どうしたの……あんりっ……? あっ……!」

「どうしたのって? だめじゃん、ねーちゃんにドキドキしてたら」

ねーちゃんに、ドキドキ?

もしかして……私が麗奈さんにローションを塗っていた時……

「ねーちゃんにえっちな気持ち湧いてたの、あたし分かるんだから」

「そ、そんなこと……!」

私は上手く否定出来ない。事実、麗奈さんの身体に見惚れていたのだから。でも、麗奈さんの事が好きになったとか、そんなのじゃないもの。

「……誰が誰の彼女なのか、思い知らせてやるんだから」

「んっ……!」

杏璃の頭が急に降りてきたかと思うと、すぐさま私の唇は、杏璃の唇で塞がれる。

そのまま、口の中に舌が入り込んできた。

『おとなのキス』だ。

「んうぅ……」

「ちゅっ……はぁっ……」

杏璃の舌が私の口の中をぐるぐると巡る。

「はぁっ……!」

吐息を漏らしながら、私はなすがままに受け入れる。また頭の中がじんじんしてくる。

「れろっ……ちゅっ……」

「はぁっ……あっ……!」

ぴくっ、ぴくっと、身体が跳ねる。まるでばね仕掛けの玩具のように。

杏璃は私を抱いたまま、舌と舌が繋がりながら身体を上下に移動させる。 舌に与えらる刺激と、ローションに塗れた身体の妙な気持ち良さに、どろどろにされそうになる。

「はぁっ……!」

ようやく舌が解放され、杏璃が頭を上げる。

とろりと、杏璃の口から唾液がねばっこい糸を引いていた。以前杏璃が言っていたことを思い出した。

これは身体が気持ちいいサインを出しているから……唾液がねばっこくなるんだった。

「じゃあ次はぁ……」

八重歯を覗かせ、不敵に杏璃が笑う。

そのまま、一気に自分の顔を降りおろし、私の首元にかぶりついた。

「はうっ……!」

まるで、漫画や映画で見る吸血鬼のようだ。

でも、血が出る程に噛みつかれたわけではなく……甘噛みされている。

「ちゅぅ……」

「あぁっ……!」

びくっ、びくっ、と小さく身体が跳ねる。

杏璃の前歯の硬い感触と、唇や舌の柔らかい感触。

首筋にそれらの感触が、非常に敏感に襲いかかってくる。

「んっ……!」

吸いついていた唇がちゅぱっ、という音と共に首筋から離れた。

「ちゅっ……ちゅっ……」

今度は首筋から鎖骨にかけてキスの雨を受ける。

柔らかいものに小さく突かれる感触が、何度ももどかしく感じる。やがて、首筋を下から上に、杏璃の舌が這った。

「はぁっ……うぅっ……!」

普通の『くすぐったい』とは違う、何か違うものを感じる。

正確に言えば、くすぐったい感じと……何か、『違うもの』が同時にくる。その感覚のせいで、身体の芯から熱くなっていく。

気温と組みついてくる杏璃の体温によって、私の身体から汗がいっぱい吹き出してくる。

それでもお構いなしにと杏璃が私の首筋を舐めてくる。でも……汗をかいている首筋を舐められるのは……

「そこっ……きたないよぉっ……あんっ……りぃっ……はぁっ……!」

「れろ……ちゅっ……はづは……きたなくないもん……!」

抵抗しようにも、腕は動かない。いつのまにか杏璃が私の手を、指と指が絡む形で繋ぎ止めているからだ。

それどころか、杏璃の舌の攻めに身が震え、力が入らない。

「んっ……ちゅぅっ……はふっ……」

杏璃の舌とキスが、交互に首に攻め立ててくる。

「んんっ……やだぁっ……!」

「いやなの? そんなに気持ちよがってるのに?」

「そんなんじゃぁっ……! やぁっ……!」

涙目になって拒否しようとすると、余計に杏璃の攻めが激しくなる。かえって逆効果だ。

でも……どうすればいいんだろう?

それに私は……本気で嫌なんだろうか?

今でも、もっと強気に怒鳴りつける事ぐらいは出来る筈なのに。

この間の『おとなのキス』の時も、結構無茶苦茶にされたのを怒っても良かった筈なのに。

そんなことをせず、杏璃を受け入れている私は……もしかして、こういう事がされたかったの?

もしかして私……いわゆる『ドエム』だったりするのかな? でも……

「誰かが来たらっ……どうするのぉっ……!」

「んっ……大丈夫だよっ……はづが大人しくしてたらっ……ちゅっ……」

「でっ……でもぉっ……!」

「じゃあ次は……おっぱいにもローション塗ってあげるね?」

「えっ……?」

言うや、私の指に組みついていた指が離れて……その指が、私の水着のブラと、胸の隙間に入り込んだ。

「ちょっ……まってっ……!」

「……待ちませんよーだ」

ローションにまみれた手が、今度は私の胸をまさぐった。

えっちなことに疎い私でも、これはすごくえっちなことだと分かる。

「んー? もしかしてはづの方があたしよりおっぱい大きい?」むにむにと、杏璃の手が私の胸をまさぐる動作をしてくる。

「そんなことぉ……んっ……!」

最近胸が膨らんだような気はするけれど、認めてしまうのは余計恥ずかしい気持ちになるので、精一杯否定しようと努める。

杏璃の指が、何かを探る様にうごめく。そして……

「あんっ……!」

湿っぽい声を、私は上げてしまう。

杏璃の細い指が……私の胸の、『先端部分』に当たったからだ。

そこの部分が、今までで特に敏感に感じた。

「あ、もしかして……特に気持ちいいとこ、当たっちゃった?」

「あたって……ないからっ……!」

「そーお? じゃあもう一回……」

くりっ、くりっと。ブラの中で、杏璃の指が回った。

ローション塗れの指が、摩擦を無視して私の胸の先端を攻め続ける。

「ふあぁっ……やぁんっ……!」

胸の特に敏感な部分を、執拗に責め立てられ、一層濡れた声を上げる。何かが、登り詰めてくるような感触に身が震えた。

膝と膝がくっついて、勝手にもじもじと動いてしまう。

そして……お腹の下、脚の付け根辺りが、なんだかとても熱い。

「もっ……だめぇっ……!」

私は快感に音を上げた。杏璃の顔が、嗜虐心に満ちた笑みを浮かべている。

「あたし、やっぱりはづのえっちな顔、大好きだなぁ。じゃあ次は……」杏璃が舌なめずりして、手を浮かせた……その時だった。


「はづちゃーん? あんりー? どこいんのー⁉」

岩の向こうから、女の人の大きな声が聞こえてきて。

「はづきねぇー⁉ あんりねーちゃーん⁉ なにしてんだよー⁉」今度は、聞き慣れた男の子の声。

間違いない。これは麗奈さんと、光太の声。

私達がなかなか戻ってこないから、探しに来たんだ……!まずい……こんなところ見られたら……!

「や、やばっ!」

流石に杏璃もまずいと思い、私の上であたふたと両手を宙に泳がせる。

「あ、そこにいたの⁉」

声を聞きつけたのか麗奈さんの顔が、岩陰から出てきた。

「 なにやってんの?」

「あっ……!」

「こ、これはっ……!」

どう見ても、杏璃が私を押し倒しているように見えるだろう。しかも、互いの身体中ローション塗れ。

幸い、私の水着のブラは肌蹴ていなかったけれど……私と杏璃に、焦燥感が走る。

「え、ええと……! ねーちゃんから借りたローションぶちまけちゃってさ! それでこう、ローションで足滑らせたりして身動きが取りづらくなった結果……こうなっちゃったの!」

しどろもどろに杏璃が虚偽の説明をする……正直、苦しいと思う。

「……はー、何漫画みたいなことやってんのよバカ杏璃」

「ねーちゃんたち、ほんとどんくさいなー」麗奈さんと光太に、凄く呆れられた。

「あはは……ごめんなさい……」

引きつり気味に私も笑って、何とか誤魔化そうとする。苦しいけれど、なんだか通用しそうだ。

「とりあえず、早く準備しなさいって。どんだけ待ったと思ってんの」

「はーい……」

「す、すみません……」

安堵しつつ、私たちはいそいそとシートや空になったローションのボトルを片づけた。

(杏璃のへんたい、けだものっ。)

シートを片づけ終えた私は杏璃と並び歩いて、彼女の水着から少しはみ出したお尻の肉をつねって、先程の不届きな行為をなじる。

前を歩く麗奈さんと光太には見えないように。

身体の中は未だじんじんと、杏璃から受けた快感が残る。杏璃のお尻はお餅みたいに柔らかかった。

(はづの浮気者っ)

同様に、杏璃も私のお尻をつまんでなじってくる。

(ちがうもんっ)

(あたしだってちがうしっ)

互いにしか聞こえないような声で、くだらない口喧嘩が始まる。でも、互いに全く本気ではない。

すぐに忘れて、またいつも通り遊んでるんだろうなという予感はある。

案の定、くだらない喧嘩はすぐに終わって、私たちは遊びに興じた。

杏璃・私 対 麗奈さん・光太のチームに分かれてビーチバレーをすることになった。

「おらー ‼ くらえねーちゃん ‼

杏璃スペシャルダイナマイトデンジャラスボンバーサーブ ‼ 」

ビニールのカラフルなボールが、杏璃の手から麗奈さんにめがけて飛んでいく。

ネーミングはともかくこのボールのスピードは、同年代の子だと誰も返せないようなものだった。

……そんな球を、いともたやすく麗奈さんは片手でキャッチした。

「えっ……⁉ 今のとれ……ぼふっ‼」

そのまま杏璃の顔面にボールが返される。

「あっ、杏璃!」

杏璃の鼻の頭が、ちょこっとだけ赤くなっている。

まるでトナカイさんみたいだ。血は出てないけど結構痛そうだな……

「……よくもあたしの可愛い顔に傷をー‼」

そのまま、ルールを無視して杏璃が麗奈さんにボールを投げる。

……杏璃、私が麗奈さんに取られると思って、むきになってるのかな。 色々と勘違いはしているけれど……彼女なりに、嫉妬してくれてるんだ。それはそれで、ちょっと嬉しいかも。でも……

「はづきねえちゃん、ボール、こっちに回ってこないね……」

「うん……」

相手側にいる筈の光太とそんな話をしている。

「このアホ妹が! 姉にそんな殺意込めたボール投げていいと思ってんの⁉」

「うっさい! はづをその駄肉の乗った身体で誑かしてんじゃねーっつーの!」

「はぁ⁉ 何の話よそれ⁉ 」

もはや私達姉弟を無視した、姉妹喧嘩が始まった。

相手への罵倒をボールに乗せて、ひたすらラリーを続けている。

「……はづきねえちゃん。オレ、思ったんだけどさぁ」

「うん」

「あの姉妹、絶対仲がいい」

「うんうん」

見ていてちょっと楽しくなってきたので、砂浜に弟と三角座りして、姉妹喧嘩を鑑賞する。

三十分して、ラリーの応酬が終わる。

結果、ボロボロになった杏璃が砂浜に横たわる形になった。

「にゃあ……全身いたい……」

「杏璃、大丈夫?」

私は杏璃のそばに寄って、タオルでぱたぱたと煽いだ。

麗奈さん、やはり恐ろしい。でも……途中から二人とも、結構楽しそうにやってたように見える。

「次は勝つもん……次は……」

うわごとのように呟く杏璃がなかなかにいじらしい。ぽんぽん、と私は杏璃の頭を撫でた。

杏璃の体力が戻ってから、今度は海で泳ぐことにした。

「うぅ……絶対離さないでね、絶対だからね?」杏璃に手を掴んでもらって、バタ足の練習。 恥ずかしい事に、私は泳ぎが苦手なのだ。

「がんばってー、はづちゃーん!」

「ねーちゃん! 溺れんなよー!」

砂浜でお城を作っている光太と麗奈さんの応援を受けて、バタ足を続ける。

「あまり水しぶきをいっぱいあげても前に進まないよ! 脚はまっすぐ! ハイ! いっちにー!」

ありがたいことに杏璃もこうやって、付き合ってくれている。それに応えなきゃ、と思うけれど……

海水が結構冷たい。しょっぱい。浮いている感覚が怖い。

水に顔はつけられるけど、身体を浮かせるのが難しく、前に泳いで進んだりするのは特に難しい。

でも、水泳の授業で恥をかきたくないし、少しでも泳げるようにならないと。

「じゃあ、手を離すねー」

突然、杏璃が手を離してきた。

(え。手を離さないでって、言ったのに……!)

水に浮いている身体が一気に安定感を失い、水の中に沈む。

「ごぼぼぼぼ…… ‼ 」

水中で四肢をぐるぐると不器用に回す。そんな事をしても浮上しない。呼吸が苦しくなる。まずい……助けて……!

「はーい、大丈夫大丈夫」

杏璃に脇を抱えられて、引き上げられた。

酸素を求めながらのずぶ濡れの状態で、杏璃に抱きつく。

「むっふふ。役得役得」

私に抱き着かれて凄く嬉しそう。だけどこっちは……

「もう! 溺れてたんだからねこっちは!」ぽかぽか、と杏璃の胸を小突く。

「こんな足が付くような浅いところで溺れるって、どんだけ泳ぐの苦手なのって話よ、もー。

それにずっと手持ってもらってちゃ上手くなるもんもならないっしょ」

「うーーー 」

低く唸って、けらけら笑う杏璃を見据える。全部正論なので言い返せない。

でも……なんだか下心も感じるんだよなぁ。

「もしかして……抱き着かれる為にわざと手を離したの?」

「んー、どうでしょー?」

杏璃の笑い方が白々しい。絶対そうだ。

「も、もう一回やるからね。今度は絶対手を離さないでね」バタ足の練習を再開する。

案の定、杏璃がまた手を離したりもしてきたけれど……杏璃の教え方が上手なお蔭で、補助なしでもバタ足10メートル進めるようになった。

一日でかなりの大躍進だ。


◇ ◆ ◇


私達を乗せたワンボックスカーが、夕陽に照らされた車道を走る。私達の街に帰ろうとしているところだ。

「いっぱい遊んだねー、光太くん」

「はいっ! すっごく楽しかったです!」

向かいの後部座席で、麗奈さんと光太さんが楽しげに会話している。今日初めて会ったのに、すぐに仲良くなったようだ。

「楽しめたかい? 葉月ちゃん?」

運転席から朗らかにおじさんが質問してくる。

「はいっ! お蔭様ですごく楽しめました! ねぇ、杏璃は……」

「すぅ……」

私の隣に座る杏璃は、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

「あらら、寝ちゃってるのね」

ビーチバレーもやって、泳ぎの練習も付き合ってくれて。

私たちの中で杏璃が一番元気に遊んでたから、疲れちゃったのね。

寝顔がすごく可愛い。まるで赤ちゃんが寝ている時のような、無防備で純真無垢な寝顔だ。

起きてるとそりゃあもう元気で、悪戯好きな子なんだけど……

つん、とほっぺたを指で突く。柔らかく指が沈む、もちもちほっぺだ。

「お疲れ様。ありがと、杏璃」

お陰様で泳ぎも上達した。そして……すごく楽しかった。えっちな事はちょっと控えて欲しいけど。

誰よりも楽しくはしゃぐ姿が、杏璃にはとても似合っている。

どんな杏璃も好きだけれど、いつも笑って、楽しんでいる杏璃が一番好きなんだ。


感謝と、好意を込めて。

すやすやと眠る杏璃の右手を握り、私も眠くなってきたので……杏璃の肩に頭を預ける。

寄り添うように、私達は眠り、車に揺られていたのであった。

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