綺麗な歪み
紺屋
志望動機
志望動機ほど不毛なものはないだろう。今更なんだというんだ。先ほどから馬鹿の一つ覚えに聞いてくるが、私には明確な志望動機なんてものはない。だいたい志望動機は気持ちや心や雑念や欲が複雑に、波のように、絡み合った思考の集合体であり、自分の認識できる領域をはるかに超えている。
『あのねぇ、こうも何も教えてくれないとこちらもどうしようもないわけよ。何も私たちは敵ではないのですよ。あなたの志望動機からなぜ志望したのか、そこに妥当な理由があるのか検討したうえで落とすのか、上げるのか判断しなきゃならない。あなただってなんの根拠もなしの落とされちゃあ困るでしょう。』
私には一切困ることなんてない。もうどうしようもないんだ、ここで落ちようがどうなろうが知ったこっちゃない。落ちたら地獄なのは確かだろうが、仮に上がれても安息の地が待っているのではない。真に私を待ち受けているのは悪礫な人間社会じゃないのか。そうだ、きっとそうに決まっている。学生の時だってそうだった。私が何をしたというんだ。ただただ平和で、そこそこ楽しくて、なかなか痺れるような恋をして・・・・・。同じ研究室の綺麗な瞳をした先輩だった。綺麗で綺麗で、どんな化学薬品よりも虹に汚染された川よりも綺麗だった。田舎の細道で、自動販売機の灯りを見つけた蛾とおんなじだ。当時の私には真っ暗な周りよりも目の前にあるほのかな明かりが拠り所になった。実験の実習で同じ班になった私は次の日には付き合っていた。毎日が本当に楽しかった。彼女なんていたことがなかった私には2人でビールを飲んでホテルに行ったことや、海でお洒落なジュースを片手にシーグラスを集めた日々は幻のような毎日だった。しかし、綺麗ゆえに飛んでくる虫も1匹や2匹ではすまなかったのだろう。1ヶ月後に先輩は同じ班の男2人と共に私の前に現れ、縄張り荒らしの言いがかりをつけてきた。私は隅っこの方で樹液を吸いながら一緒に笑っているだけでも十分だと訴えたが、カブトムシたちには力及ばず追い出されてしまった。それからの私は暗闇を以前よりも好むようになった。いつのまにか先輩と一緒に歩いた砂浜にはシーグラスなんて無くなっており、流れ着いた漂流ゴミで足場がなかった。
『・・・・・さん!山田さん!頭が真っ白になるお気持ちはわかりますが、答えていただけないでしょうか。私たちは山田さんの味方ですから。』
後悔と憎しみの渦に飲み込まれて10分くらい溺れていたようだ。
「もういいですって!私は落ちてもいいんでこれ以上は語りたくありません!」
語尾を強めて、声を荒げて面接の中止を催促した。当時もこのぐらい迫力を出せたらこんなことにはなっていなかったのかもしれない。
『・・・・・わかりました。ただし、あなたね、こんな調子だと今後の人生うまくやっていけませんよ。人間と人間ってのはコミュニケーションが重要らしいですから。』
今の私にもう今後の人生もくそもないだろう。これほど面白くないジョークはこれまで生きてきて聞いたことなかったよ。
『では、審議の結果、あなたは残念ながら落ちましたので上がらせることはできません。今後あなたにとって耐え難い苦痛が永遠と続くでしょうが、どうか正気を保って頑張ってください。』
これでやっと終わったか。長かったようであっという間だった。黒すぎてもはや暗いとも思えないような漆黒を進んでいった・・・・・。
『あ、上様。お疲れ様です。面接の調子ですか。いや〜困ったことに、現代社会は昔よりはるかに自ら志望する人間が増えたようでこっちはてんやわんやですよ(笑)。しかも、設立して何万年も経っているから当然志望者でいっぱいで下界と変わらない社会が構築されちまって。さっきの方みたいにダンマリ決め込む人も増えたし。あ、そうこう言ってる間に次の志望者がきたようです。さて、阿鼻叫喚の地獄か極楽浄土の上界か、しぼう動機しだい。』
綺麗な歪み 紺屋 @koya_t
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