3章:厳冬 第3話

 数日して大湊に着くと、ガンルームの士官たちは分隊についていって、それぞれ警護や海上の勤務についていったが、艦長その他の者は司令部での陸上勤務になった。


 嵩利も上官にくっついて、連絡や補佐などに走りまわった。南樺太を割譲されて以来、権益を保護するための海防は重要であるから、帝都の赤煉瓦よりある意味多忙である。


 軍務とはいえ、当然休日はあるわけで、金曜の夕ごろともなると、赤煉瓦の司令部も、警備につく艦上も俄かに活気づいてくる。


 街へ繰り出してゆく士官たちを横目に見つつ、鷲頭は副官を連れて、小ぢんまりした待合のような、瀟洒な日本家屋へ“神隠れ”した。



 海上、陸上を問わず、勤務に就いているときは嵩利に一切触れなかっただけに、こうして対峙すると妙に落ち着かなかった。しかも、白と紅の絹の寝具が次の間に支度されており、ほそく開いた襖から窺える。


 これだけ間が空くと、向かい合って酒を酌み交わしているだけでも、緊張してしまう。いまはふたりともユニホームを脱いで、鷲頭は洋装の平服、嵩利は袷に羽織と袴をつけている。


 杯を干しつつ、時折鷲頭の顔へ視線を向けるが、上官は別に普段と変わりない。態とそうしているのか、全く読めないあたり、妙にくやしい。


 しかも上官と比べたら、飲める酒の量などたかが知れているから、一刻も過ぎるともう杯を伏せてしまって、少し飲みすぎました、と言って、次の間に引っ込んでいった。


 寝具とおもっていた紅色の絹地は、銀糸金糸鮮やかな刺繍で縫い取りがされた振袖が、広げて掛けられているだけだった。かいまきでもあるまいし、こんな高価そうな着物を、衣桁へ掛けないでおくのはどうなのだろう。質素な部屋だけに、殺風景なものになるのを配慮して、気を利かせたのだろうか。それとも―。


 ―まさか、着せるつもりだったりしないだろうナァ。


 酔っているのも手伝って悪戯心が擽られ、上官の意図が有るにしろ無いにしろ、袖を通す気になって、脱いだ羽織の代わりにしてみると、ちょうど打掛のようになる。


 幼い頃、年の離れた姉から少女の頃の着物を、ふざけて着せられたおぼえがある。別に嫌がりもせず、むしろ面白がったものだった。


 ついでに袴も袷も脱いできれいに畳み、淡色の襦袢だけを肌につけ、振袖を纏いなおす。寝具のうえに身を横たえて、絹の感触を指でなぞってみる。


 「千早くん…」


 なかなか座へ戻ってこないのを、酔い潰れたかと心配になって覗いてみれば、太夫も顔負けの媚態をみせて横臥している。裾が膝のうえまで捲れて、日焼けした、しなやかな脚が紅の着物から伸びていた。


 「久しぶりに酒飲ンだら、酔っちゃいました」


 「きみは、酔うと女装する癖があったのか?」


 「さァ…、どうでしょうね」


 幼少の頃にあったことを、逐一説明するのも億劫で、嵩利は艶っぽい笑みを含ませて言った。寝具のそばへ膝をついて、まじまじと見つめてくる鷲頭のまなざしが、驚きのほかに、多分に飢えたような色を含んでいる。


 「これは恐れ入ったな…」


 あまりのすがたに嘆息混じりに呟くと、副官は酔っているのか、いつもの羞恥が薄れているらしく、目の縁を赤くしてこちらを見ている。


 そのまま這い寄って、からだへ覆い被さった。膝を掴んで開かせ、腿へ滑らせて股間をまさぐる。下帯をつけていないのと、一物が反応を見せ、棹がかたくなり始めているのを認めて耳許へ囁いた。


 「このまま抱いてもいいが…その格好で、自ら慰めているすがたを、是非とも鑑賞してみたいものだな」


 「―っ、艦長…ッ!」


 二人きりになると、普段では想像もつかぬようなことを言い出す。鷲頭の貪淫さは、嵩利の手に負えるものではなく、そのうち引きずりこまれて、その味を覚えるのも遠くはないだろう、と薄々おもっている。


 「きみが、いつもどのようにしているのか、観ているから、してみ給え」


 低く囁きながら鷲頭の手が、嵩利の手を取って股間へ導く。酔いと倒錯に浮かされて、羞じいりつつも棹に指を絡めて、そろそろと撫でていくのを、鷲頭はじっとみつめる。


 正直に言って行為の最中―前戯であっても、例えば、甘い毒を含んだことばを、耳に流し込まれるより、こうして見られているほうが、よほど羞恥をおぼえる。


 不器用な鷲頭ゆえに、目は口ほどにものを言うというのがぴったりで、愛撫を施されるまえに視姦され、初めて抱かれたときに感じてしまってからというもの、上官の、多分にきつさがある目許が熱っぽくなってくると、嵩利にとっては何よりその視線が堪らない。


 絹布団のうえで、着崩れた襦袢と振袖を肌へ纏いつかせて、鷲頭の前で脚を開いたまま晒した一物を弄り続けている。手つきが次第に貪欲なものに変わり、雁首から透明な液が滲むと、嵩利はもうそれだけでからだを震わせた。


 「か…艦長、いつまで…続ければ良いのですか…このままなんて、嫌…です。触れてください…」


 目の前で泰然と胡坐をかいて座っている鷲頭は、副官の懇願に口許を僅かにほころばせた。


 副官は根もとを扱きあげる手を止めずにいる。留守になっている雁首へ手を伸ばし、指さきで割れ目を抉るとすぐに、熱い先走りが零れてくる。


 「あ…ッ、駄目…そんなに、弄らないで…」


 「意図は明確にせよ、と言っている筈だが…まあいいだろう」


 そっと手を掴みあげて、自慰行為をやめさせる。開かれた脚の間で屹立したまま放置された一物は、煽られた余韻にびくっびくっ、と棹が小刻みに跳ねている。


 泰然とした姿勢を崩して隣へ寝そべり、緋を纏った艶かしい肌を指と舌で丹念に愛でて、首すじから臍まで下ろしてゆき、遂にはその一物へ唇をつけ、雁首へ舌を絡めると、滴るような水音をたてて口淫をはじめる。


 男のそれなど咥えたこともなければ、咥えられたこともあるまい。この行為は、快楽を与えるのと、からだへ覚えこませるのと、両方の意図を持っていた。

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