3章:厳冬 第4話

 未だ数回しか抱かれていないというのに、鷲頭が与える快楽は、生かさず殺さず、という表現は間違っているかもしれないが―ともかく、嵩利からしてみれば、からだを知り尽くされたかのようである。鋭敏な性質だけに、逐一反応を示してしまうのが羞ずかしく、かといって隠すだの強がるだの、そういった器用な真似はできない。


 「あァ…ッ、駄目です、そこは―」


 悲鳴に似た声をあげて、上体を捩った。腰から臀へ吸いつくように掌を沿わせて撫でられ、後孔へ指さきをほんの少し挿し入れられただけで、ぞくぞくと震えがはしる。それは敏感に一物へ伝わり、このままではいつ吐精してしまうかわからない。嵩利は慌てた。自身の棹を、鷲頭が咥えたままでいるのだから。


 「ん…ぅっ…、やっ、出ちゃう…」


 挿し入れた指で内壁を撫でられ、棹を舐める丹念な舌遣いも止まない。両方を攻められて、嵩利が堪えきれるはずがない。


 だが、感じ易くすぐに達してしまうのを、鷲頭は絶妙な頃合いを計って、それをとどめている。こうして長引かせることで、段々と耐性のようなものが身についてくるのだ。瀬戸際まで追い詰めなくてもいいのだが、どうにも反応が愛らしくて、ついやり過ぎてしまう。


 ともかく、前戯からしてこの有様なのだ。せめて四半刻は持つようにせねば、鷲頭としても楽しみ甲斐がないし、そう何度も吐精させるのは、からだによろしくない。


 それでも初めのときと比べたら、成長していると言っていいだろう。後孔へ挿しいれた指を、収縮した内壁が締めつけて、限界の近さを告げていた。ゆっくりと指を抜いて、鷲頭は施していた口淫を止めぬまま、雁首を舌先でくじって射精を促す。


 「あぁっ」


 とうとう堪えられえず、上官の口腔へ精液を吐き出してしまう。嵩利はどうにも申し訳ない気持ちになって、はしたないからだを羞じた。まだ酒に酔ってもいたし、熱に浮いたままでいたが、悲しげな顔で上官を見あげる。


 「すみません、艦長」


 からだを起こして唇を指で拭いつつ、そのことばを聞く。まったくしおらしい素直な態度で、可愛くてしようがない。副官を咎める気など全くないが、こうしてみていると妙に虐めたいという気持ちが、顔を出す。


 「何を謝る必要があるか、身を委ねろと言ったのは私だぞ」


 いったい何の不服があるのだ、と言わんばかりの眼つきで、じろっと睨めつけて言う。それは九割演じてみせただけであるのだが、副官はすこし怖じたようにからだを縮めて、また緋色の陰に隠れようとしてしまう。先刻みせた艶のある態度はなく、いつもの顔である。似つかわしくないものを装ってみても、ほんの飾りにしかならない。


 これでいて鷲頭は、副官の純粋さを毀さぬよう腐心しているのだが、ともするとこういった態度に疼きをおぼえる。


 「でも…、ぼく―」


 「きみはそのままで居ればいいのだ」


 酔った勢いで閨に入って、あまつさえ先に誘うような素振りをみせておいて、この体たらくである。と、少なくとも嵩利は、上官に肩すかしを食わせた気持ちでいる。


 ふざけてこんなことしなけりゃ良かったナ、と、しょげ切ってしまい、紅鮮やかな絹の殻を捨てようと、袖を脱ぎかけたところを止められる。


 「いいから着てい給え、なかなかに可愛らしくてよい…。こら、そう落ち込んだ顔をするな」


 やさしい甘さを含んだ声で囁かれ、いっぺんに後ろめたさが吹き飛ぶ。上官がこんな声音で話すのは、嵩利に対してだけなのだ。それだけは疑いようがない。


 腕をとられて身を起こすと、すかさず抱きすくめられる。絹越しに肌をさぐられて、艶めいた感触だけでからだが震えてしまう。何もかも包みこんでくれる上官へ、もっと甘えたいという気持ちがあるものの、勝手がわからないうえに、この体質が災いしてどんな痴態を晒してしまうか、それが怖かった。


 だが嫌われるのを恐れて、いつまでもこうしていては、飽きられてしまうか、不甲斐ない奴だと思われてしまうかもしれない。


 「艦長」


 ひとしきりからだを探って、その手がとまると嵩利は恐る恐る手を伸ばして、上官の精悍な頬に触れた。指さきで撫でながら包むと、その唇をほんの軽く啄ばんでみせた。


 甘えたいという気持ちと、鷲頭に対するおもいが混ざって、どうしても示したかった。手馴れているとは言い難く、しかも上官に対してである。恐る恐るであったが、せずにおれなかった。


 唇に触れたあと、すぐに離れようとしないで、まだ掌で頬を包んでいる。削がれたような輪郭を指さきで撫で、ぴんとした耳の縁にも触れてみる。


 「もう、しないのか?」


 促されて、もう一度求めると今度は鷲頭も応えてくれる。唇を食みあうような柔らかい接吻が続いて、嵩利は心が満たされてゆくのを感じていた。それは鷲頭も同様で、こうして、少しずつ応えてくる副官が愛しくてならない。


 さしあたっては、この程度の触れあいでいいらしい。というのも、唇を離して視線を絡めた途端、のぼせたように赤面して顔を伏せてしまったからで。その癖、しっかりと抱きついて離れようとしていない。


 「そうか、勝手がわからずに我慢していたのか。したければ、いつでもしなさい。身を委ねろと言ったが、何もするなという意味ではない。きみをいいようにしたい訳ではないのだから、遠慮はするな」


 「はい…」


 例の声音で諭され、尚且つ上官のやんわりとした抱擁をうけて、嵩利は胸が高鳴って痛いほどだった。

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