2章:夏祭 第3話
菊座を解した感触から、副官が初めてであることは間違いなかったが、こうして中へ一物をおさめてみると、吸いつくように良く応えてくる。
鷲頭と離れたくないとからだで訴えているようで、およそその官職を呼ぶにそぐわぬ甘い声で幾度も“艦長”と呟く様子がいじらしかった。
「千早くん、私を狡いとよく言うが、きみも狡いじゃないか。これではもう一度…抱かずにはいられん」
ことの終わりまで、たっぷり一刻はかけたか、手拭いで綺麗に後始末をしてしまうと、寝具のうえでぴくりともうごかない、副官のしどけない―としか言いようのない―姿を見つめて言った。
「そんなこと言われても、嬉しくないですッ」
俄かに眉を吊り上げて利かん気を見せ、憎たらしく口走る。衣桁から外した絽の裾が軽やかに翻って、鷲頭の逞しい肩を隠す前に、嵩利は手を伸ばしてそれを奪い取った。絽をからだへ巻きつけて、つま先だけが覗いている。
「何故だ?またきみに触れたいんだ。一度きりと言ったが、いいだろう」
からだを覆った鷲頭の単から、半ばだけ顔を覗かせる。嵩利は鷲頭を信頼しているが、どうにも不安が拭えない。
「なんだ、そんな顔をして」
「ぼくの…からだが良かったから…それだけじゃないですよね?」
細い声が辛うじて聴き取れて、鷲頭は頷いた。男にからだを任せるということが、どういう意味を持つのか、初めてのことだけに、副官が不安を抱くのも無理はない。
副官のまえに跪いて、軍務についているときと変わらぬ、怖い顔つきで間近に詰め寄る。庇うように包んでいる着物ごと、腕にそのからだを抱きとった。
「それだけの理由ならば、もう一度などと訊かずに、今ここで有無を言わさずに押し倒しているところだ」
「そう…ですよね」
無造作な手つきで髪をくしゃくしゃっと撫でられ、ほっと安堵の息を吐いて上官の腕に身を預ける。申し訳なさそうに言ったあとは、眼をあげて鷲頭の顔色を窺う。厳しい顔のなかで、まなざしが僅かにやわらぐのを認めて、嵩利の胸はまた想いに焦がされ、軋んだ音をたてる。
「艦長…好きです」
一瞬切なく眉を顰めたあと、囁くようにして上官の耳へ言葉を届ける。それだけでは足りないと、腕を伸ばして確りと抱きついた。このまま、もう一度抱いてしまいたい。鷲頭は副官の温もりを腕に包みながらそう思った。
「私も、きみが好きだ…」
だから―。この純粋さを大事にしたい、壊してはならない。
と、それが心に渦巻く欲望をぐっと強く押しのけて、遮った。抱擁を解くと、かれが纏った絽の単を肩から剥がしながら、身につけていたシャツと麻の白軍服を着せかける。
「なあ千早くん、また泊めてくれないか」
「え…?」
「今年は私に、釣りを教えてくれ」
「はい!」
今度こそ、屈託のない朝顔そっくりの笑顔を浮かべる。本当に素直で、愛らしい。鷲頭が手を出すことでこのまっすぐさを崩してしまうことだけは、避けたかった。一度きりにすべきだったと後悔せぬように、この手で守りつつ、“育てて”ゆく決心が、鷲頭のなかで形を成してゆく。
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