1章:告白 第7話
副官が鷲頭に対して、どれほどのものを抱いているのか、それは測りかねた。未だ良く、この鷲頭春美という人間を解っていないうちに、想いを告げたに違いない。
海を愛し、飄々としながらも少年の心を抱いている、そんなかれを大事にしてやりたくて、せめて佐官になるまで手許で育ててやるつもりでいた。が―
「気骨のある男だと思って副官へ誘ったが、今となっては隠れ蓑に過ぎなかったな。やはり最初からきみに目をつけていたのだ、それを認めて白状しなくては、アンフェアだ」
だが弄ぶ気などまったくない。否、結果的にはそうなってしまうかもしれないが、絶対にそれは避けたかった。
「え…、艦長…?」
「こんな狡い男だが、それでもいいのか」
嵩利は、驚いたままの顔で鷲頭をまじまじと見つめた。ひとを弄んで捨てるような、そんな人物ではない。今もその眼には、誠意の中に不安が揺れている。狡さなど欠片も見当たらない。
「先にケーアイしといて、今さらそんなこと言うなんて。確かにその点は狡いべ」
と、砕けた口調で言って、またあの朝顔のような笑顔をむけてくる。どこまでも無邪気に、鷲頭を信頼しきっている。この清廉な好意を、いつまで向け続けてくれるか、試してみる気になった。
「ほんに、きみは疑うちゅうことを知らんのう。それにな、ケーアイちゅうのは、あんなものじゃーないぞ」
耳慣れぬ郷里ことばに、嵩利が呆けたような妙な表情でいる隙に、唇を奪い去る。長い長い、蕩かすような接吻を施して、その最中に嵩利のからだが、腕のなかで時折小刻みに震えた。これ以上のことを求めていると知ったら、かれはどうするだろう。
「はぁ…っ」
ひく、と喉がうごいて、愛らしい吐息が漏れる。漸く解放して唇を離すと、嵩利は鷲頭の胸へあたまを預けたまま、息を整えている。
まことに峻厳実直な人柄だけに、鷲頭はきっとこのようなことは不器用だろうとおもっていた。が、とんでもない誤認であった。狡い、の意味はこういうことだったのか、と今さら慌てる。
「もう一度だけ訊くが、後悔しないか?」
慌てるには慌てたが、嫌悪感はまったくない。本音を言えばどこまで求められるか、すこし怖い気もしたが、相手は鷲頭なのだ。信じて任せて、間違いはないはずだ。
「しません」
「そうか」
いきなり、あんなケーアイに踏み切ったのは、少しまずかったかもしれないな、と、副官のどこか気の抜けたようなからだを抱いて、落ち着かせるようにさすってやる。
「私が不器用なせいだな、すまん」
「艦長、狡い」
男色どころか、こういったことには慣れていないのだから、手ほどきをするのなら、もうすこし穏便にしてくれなきゃ、困るべな。と、性経験の浅さを恥じらいつつ、隠さずに言う。まったく純朴な少年そのものである。
三度のめしより釣りが好きという男だが、女を釣ることに長けていないのは、見ていればわかる。でなければ、鷲頭の食指がうごくことはない。
「その点は、私も充分心がけるように努めよう」
生真面目に言うその顔は、いつもの鷲頭であった。嵩利は改めて、この上官が好きになった。じぶんだけに見せてくれるもうひとつの顔でさえ、やはりどこか不器用で、温かいのだ。
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