第七章 「香織」について

 完全に忘れていた。僕のこの「香織かおる」という名前についてなのだが、現時点でこれは本名ではない。

 本名ではない? 現時点で? と多くの疑問が浮かんだことかと思う。一つ一つ説明していくと長くなってしまいそうなのだが……まあ説明していく他あるまい。


 まずはこの名前をつけてくれた人物について。五章に本当に少しだけ記したように、この名前をくれたのは前章で紹介した僕の大親友「かず」である。香織という名前は、厳密には彼が生前、将来自分に子供ができたらこう名づけたいとしきりに口にしていた名前だ。ので、まあ、正確な許可を取ったことはない。彼に訴えられたら普通に負ける。すまん。


 そしてこの名前を使うことになった経緯。

 香織というのは別にペンネームだとか仮名だとかそういうものではない。いずれ僕は法的にこの名前を勝ち取るつもりでいる。ああいや別にガチで和に訴えられたとかではなく。現時点での本名を捨てて、香織という新しい名前を本名として生きていくつもりでいるのだ。


 というのも、原因は度々話に出ている僕の家庭環境、これが非常に悪くて、このままここに居続けるのが困難だと判断しているためである。今までは割とオブラートに包んで「少しばかり複雑」等と表記していたかと思うが、この際はっきり言おう。絶望的である。その「判断」が覆る確率と、僕の顔面がある朝吉沢亮よしざわりょうの顔面と入れ替わっている確率は限りなく近しいと言えよう。


 具体的に書き出すとキリがないのだが、精神的なことで言えば母親からの罵詈雑言や圧力、過剰な叱責。物理的なことで言えば家事の殆ど全てを僕に押し付けたり、突如数週間家を開けて知らない人と遊び歩いていたり、だ。

 直接手を上げてくることが頻繁ではないというのが唯一の救いではあるが、仮に警察沙汰になった場合なんかにはあざなどの物的証拠が残りにくいため逆にそこが厄介とも言える。

 あ、父親はそもそも僕が生まれる前に別れていたらしいので居ない。味方になり得る身寄りもなく、割とマジで八方塞がりである。


 ともあれそんな環境にこれ以上居ることができないと判断している僕は、計画的にこの家から消えて、親とのことを裁判沙汰にするわけでもなくただただ縁を切って遠くで暮らし、呪いのような名前を捨て、法的に「香織」と改名し生きていくつもりなのである。思ったより重い話になってしまって申し訳ない。


 流石に数年この家庭環境が続いていると慣れのようなものすら生まれているので今更僕がどうこうなることはない。これまた心配せず今まで通り僕と接してほしい。なんなら基本的に外に出ていたいのでもっと僕に連絡してほしいし遊びに誘ってほしいくらいある。

 とまあこのような理由で僕は今のうちから「香織」と名乗って、来たる改名のその日に備えているわけなのだ。正直に言って、楽しみでしかない。今でも家のことを除いてはかなり人生を謳歌している方だと自負している僕だが、改名後、本当の香織となった僕の存在にはやはり途轍とてつもなくわくわくしている。今ならつくってあ○ぼを乗っ取れるくらいにはワクワクさんである。


 これを読んでいる人の中にも、多かれ少なかれ親や家庭への不満を持っている人が居るかと思う。百パーセント実体験なので信用してほしいのだけれど、そんなときは将来に何かしらの野望を持つと良い。僕の場合はそれが改名なのだが、何もそこまで大それたことじゃなくて良い。今の恋人と結婚したいだとか、今の趣味を突き詰めてお金持ちになりたいだとか、そういった漠然としたもので構わない。縁を切るという言葉は少し強いかもしれないけれど、連絡を取らずに人と離れることなんて割と容易にできることである。とにかく将来に何か一つ希望が持てれば、心に余裕が生まれて、あとたった数年耐えればこれだけ楽しいことが待っている、なんて思えるようになる。勿論、無理やりそう思い込むことはしなくていい。てかしないでほしい。何か野望があれば必然的にそう思えるようになると思うので、自分を洗脳してまでそれ以上頑張ろうとする必要はないよ。マジで。


 せっかくなのでもう一つ、人生を生きやすくするアドバイスをここに書き留めておこうと思う。高校三年生のガキが何を、と思うかもしれないけれど、まあ読み流す程度でも良い、実際に僕はこうすることで生きやすくなったよという知恵のおすそ分けだ。


 僕と仲の良い人は何度か僕の口から聞いたことがあるかもしれないけれど、誰か一人、多くても二人でいい、しんどくなったときに全力で甘えられる人を自分の中で決めておいてみてほしい。誰にでも、こいつになら何でも話せるわ、なんて存在が一人や二人居るものだと思う。その人のことを普段から本気で大切にしていてほしい。それだけでこれまた心に余裕ができる。何かあっても休める場所があるという事実は本当に強い。心置きなく一歩も二歩も前に進めるというものだ。よかったらこちらも実践してみてほしい。

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