異世界金融 外伝 〜天上の白き宝玉を手に入れるためならば、空だって飛ぶ〜

暮伊豆

少年スティード

  それは、天上の白き宝玉と呼ばれている。


  僕がその宝石の話を聞いたのは五歳ぐらいだったかな。朴訥な母上にしては珍しく声に熱が入っていた。やはり女性ならば当然なのかな。


  僕は現在十五歳。好きな女の子がいる。今はお互い故郷を離れ、それぞれ遠い地で学校に通っている。でもいずれ故郷に帰って大きい家で一緒に住むことを約束している。卒業したらすぐに帰るわけではないけれど、この春に再会できる。そこで、宝玉のことを思い出したんだ。


  彼女は勉強一筋であまり身嗜みに気を使うタイプではない。だからこそ、卒業を記念して僕の想いが伝わるような物を贈りたいと考えているわけなんだ。


  でも『天上の白き宝玉』というぐらいだから天の上にあるんだろうか? それは困る……

 天上は神々の領域。迂闊に近寄ると命にかかわる。それ以前に僕はあまり魔法が得意ではない。あんな高い所まで飛んで行けるはずがないんだ。ある友達に相談すれば解決しそうなんだけど、それじゃあ意味がない。自分の力で何とかしなければ……


  よし、まずは情報収集から始めよう。宝石のことなら女の子が詳しいかな。学校は違うけど、よく道場で一緒になる子に聞いてみよう。


「私がそんなこと知るわけないだろう。興味もない。それより次だ、打ち込んでこい。」


  知らないのか……


  僕の学校は九割が男の子だし、女の子の友達は道場の子ともう一人しかいない。その子は今頃デートだろうから聞けないかな。デートとは思えない距離を遊びに行くものだから中々捕まらないんだよな……

  早くも行き詰まってしまった。仕方ない、寮に帰って誰かに聞くだけ聞いてみよう。




「スティード先輩、何かお悩みですか?」


「ああ、君か。ちょっと捜し物、かな。」


 デートに行ってるであろう女の子の弟だ。僕達の二歳下で、学校は僕と同じだ。聞くだけ聞いてみよう。


「天上の白き宝玉って知ってる?」


「はい。もちろん知ってます。姉上から聞いたことがあります。」


  彼は僕と違って名門上級貴族だ。ならばこの手の話も詳しいのだろう。


「どこにあるものなんだい?」


「天上らしいです。天空の精霊に認められた者だけが、そこから上に行くことを許されるとか。そこで『空と大気の神オーテノス様』に認められたら貰えるそうです。」


  なんてこった……もう辿り着いてしまった。しかし、上空か。


「もしかしてお姉さんは天上の白き宝玉を持ってる?」


「はい。見せてもらってはいませんが、貰ったそうです。あの男に……」


  だよな。自称、僕のライバル。彼ならどんな上空もひとっ飛びだよな……

  僕が彼に勝てるのは、魔法なしで対戦した場合ぐらいだ……何がライバルだ……


「分かった。ありがとう。助かったよ。」


「押忍! 天空の精霊がいる所から上空はかなり危険らしいです。お気をつけて。」


  はは、それでも行こうとしているのはバレているんだな。僕は単純だからな。




  僕はまた別の学校の寮にやって来た。同じ女の子に想いを寄せる男に会いに来たのだ。


「やあスティード君、いらっしゃい。どうしたの? まあ上がってよ。」

「いきなり悪いね。セルジュ君に相談があってさ。」


「おや、珍しいね。何だい?」

「天上の白き宝玉を手に入れたい。協力してくれないか?」


「いいアイデアだね。それはサンドラちゃんも喜んでくれるね。カース君に頼むの?」

「いや、確かにカース君に頼めばすぐに手に入ると思う。実際アレックスちゃんにプレゼントしたらしいし。でもこれは僕らだけで手に入れないと意味がない。そうだろう?」


「だよね。そうなると……」

「カース君のやり方は真似する。軽くて丈夫な板を用意してそれに乗って飛ぼう。」


「それから魔力ポーションかな。飲み過ぎは禁物だけど、そんなこと言ってられないね。」

「ああ、有りったけ用意しよう。本当にいいのかい? かなり危険だよ?」


「僕らはクタナツの男だろ? 好きな女の子のためなら何でもないさ。」


 そうだ。僕達は辺境クタナツの民。何物をも恐れず突き進まなければならない。それが辺境精神というものだ。




  準備は恐ろしく簡単だった。手持ちの魔力ポーションをまとめて、人が一人横になれるような板を用意するだけ。これを飛ばして上空に舞い上がる……僕達にできるだろうか……


浮身うきみ』物体を浮かせるだけの魔法だ。板がゆっくりと浮かび上がる。そして僕は転げ落ちた。遅れて同乗していた友人セルジュ君も落ちてきた。


「イテテ……こんなに難しいんだね……カース君は何人乗せても簡単そうにやってたのに……」

「身一つで飛ぶ時と違って板を浮かせるとバランスが崩れるみたいだね。これは練習が必要だね。」


 セルジュ君の言う通りだ。僕達は無謀すぎたな。しばらくは練習をしてから本番に臨むとしよう。




  そして一ヶ月後。僕達の卒業まで後一ヶ月を切った。僕もセルジュ君も卒業したらサンドラちゃんがいる首都『王都』に進学することになっている。それまでに天上の白き宝玉を手に入れなければならない。


  カース君に助言を求めたところ、『重心』がどうとか難しい説明をされてしまった。さっぱり分からないよ。それでも分かったのは、なるべく板の中心に座っておくといいってことだ。餞別として魔力ポーションを一本ずつ貰ってしまった。カース君の持ち物は高級品ばかり。それなのにいつも惜しげもなく、屋台の串焼きを奢る感覚でくれる。彼からすると本当にそんな感覚なんだろう、大きい男だな。


  そして当日。街の外に僕とセルジュ君、カース君とアレックスちゃんは集まっている。ここから上へ飛び上がるんだ。


「じゃあカース君、行ってくるよ。見ててね。」


「うん。天空の精霊によろしくね。」


  実家の母によろしく、ぐらいの軽さだ。こっちは命がけなのに。全くカース君は……


『浮身』


  板が上昇する。バランスは崩れない。水平を保ったままゆっくりゆっくり空へと登って行く。ふと下を見ると、カース君とアレックスちゃんはお風呂に入っている。ここは外だよ? 何やってんの?


「スティード君、知ってる? カース君が入ってるあのお風呂。マギトレント製だって。」

「もちろん知ってるよ。カース君ちの風呂だってマギトレント製だもんね。」


  笑えてくる。友達が命がけの挑戦をしているのに、女の子と呑気に風呂に入って見物だなんて。カース君らしいよ。でも一つ分かったことがある。カース君は僕達がもし落ちたら、助けるつもりであそこで待っててくれてるんだ。全く……


「だいぶ高くなったね。」


  セルジュ君がつぶやく。僕らの住んでる街が手の平で隠せるぐらいの高さだもんな。魔力はまだ大丈夫、半分も減ってない。セルジュ君はまだ何もしてないので減ってないはずだ。




 そして高さは街が親指で隠せるぐらいまで上がった。その時だった。


『何用だ……』


  声が聴こえた。僕とセルジュ君は辺りを見渡すけど果てしなく続く空と雲しか見えない。


「こんにちは! 天空の精霊さんですか? 僕はセルジュ・ド・ミシャロンと言います!」

「ス、スス、スティード・ド・メイヨールです!」


 こんな所で出会うなんて天空の精霊以外にいないよな。


『何用だ……』


「あ、あの、もっと上に行きたいんです! 天上の白き宝玉が欲しいんです!」


 こんな時のセルジュ君は頼もしい。僕は緊張してうまく話せないのに。


『行きたいなら好きにせよ……』


「あの、天空の精霊さんに認めてもらう必要はないんですか?」


『祝福が欲しいのなら認める必要はある……上に行きたいだけなら好きに行けばよいだけだ……』


「上は危ないのでしょうか?」


『当然だ……これより上空は神域、神々が住まう場所……』


「ありがとうございます。行きます。」


 さすがセルジュ君。少しも怯んでない。そして再び上昇を再開する。


「スティード君、バランスをしっかり頼むね。」

「ああ、任せて。どんな危険があると思う?」


「カース君から聞いたのは雷と強風。雷は『避雷』を使っているから問題ないけど、強風が危ない。まるで木の葉のように飛ばされるって聞いたよ。」

「そうだったね。バランスを崩さないようにしないとね。」


「それから呼吸が何とか言ってたけど、理解できなかったよね。でも言われてみると息苦しいね。」

「そうだね。これは何なのかな。気圧がどうとか言ってたような。サンドラちゃんなら理解できるのかな。」


「きっとできるよ。カース君から勉強を習ったりしてたもんね。」

「そうだったね。全くカース君は……」


  くっ、本当に風が強い。ただ浮身を使うだけでは上昇できなくなってきた。『風操かざくり』苦手だけど風を操って下から押し上げる。うわ、雲の中に入ってしまった。カース君からは雲に入るなと言われていたのに。何も見えない、上下の感覚が分からない、僕達は上に向かっているのか?


風球かざたま


  セルジュ君が魔法で雲を吹き飛ばしてくれた。危ない、上だと思って進んでいたのは横だった。意味が分からない、これが空の怖さなんだな。


  雷もすごいことになっている。まるでいつか見た国王陛下の魔法『轟く雷鳴』が絶え間なく落ち続けているかのようだ。怖すぎる……


「スティード君、僕の避雷では防げなくなるかも知れない。なるべく早く登って!」

「分かった! 急ぐよ!」


  セルジュ君の避雷が切れたら僕達は即死だ。それまでに雷が落ちないぐらい高く登らなくてはいけない。もう下に街は見えない。どこがどこか分からないぐらい高く上がってしまった。カース君はいつもこんな景色を見ているのか……


  再び雲を突き抜けると、いきなり晴れた。一体どうなっているんだろう? さっきまで雨や雷がすごかったのに……手と顔が冷たい。上空とはこんなにも寒いものなのか……カース君がコートを貸してくれてなかったら凍えていたかな。僕達は助けてもらってばかりだ。よし、まだまだ上へと行くぞ。




  暗くなってきた。おかしい……まだ昼にもなってないはずなのに……これが神域?


『よくぞ参った』


  嘘!? 着いたの?


「あ、あの、オーテノス様でいらっしゃいますか!? ス、スティード・ド・メイヨールと申します!」

「セルジュ・ド・ミシャロンと申します!」


『何用か?』


「おそれながら申し上げます。天上の白き宝玉を求めてやって参りました。」


『そら、くれてやる』


  姿が見えない神様からポイッと渡されたのは黒い石。僕の手の平で包める程度の大きさでゴツゴツしている。


「あ、あのオーテノス様、こちらは……?」


『それが天上の白き宝玉だ。後は自ら考えよ。ではさらばだ』


  僕達はいきなり落下した。二人とも魔力が全てなくなっている!?


「セルジュくーん! ポーションを飲むんだ!」


  返事がない……せめて僕だけでも……


  すごい……一口で魔力が全回復した。さすがカース君のポーション。


「セルジュ君! どこだ! 返事をしてくれー!」


  くっ、『浮身』『避雷』下には雲が見える。このままあそこに突っ込むと危険だ。セルジュ君は……いた! 『浮身』


  セルジュ君を確保した。ひとまず安心だ。ふと、手の中の黒い石を見ると一回り小さくなっている? これは一体? カース君は何も教えてくれなかった……ということは、そこに秘密がある。例えばこのまま地面まで降りると、小さくなり過ぎて消えてなくなるとか。でもどうやったら……?


「うう、スティード君……助かったよ、ありがとう……」


「セルジュ君、これを見て。」


「これがさっきの? 黒い石だね……」


「これが天上の白き宝玉って言われたね。しかもさっき受け取った時より小さくなってるんだ。どう思う?」


「普通に考えたら段々小さくなるんだろうね。でもカース君は手に入れた。そこにヒントがあるはずだよね。」


「さすがセルジュ君。じゃあカース君がやりそうなことと言えば……魔力? やってみるよ。」


  少し魔力を込めてみようか。浮身を使ってる最中だから難しいな。


「ぐあっ!」


  何てことだ……魔力がほぼ全て吸い取られてしまった……


「スティード君、どうした!?」


 慌ててポーションを一口飲む。


「はあっはあ、少し魔力を込めようとしたら、ほぼ全て吸い取られたよ……」


「なんだって!? よし、次は僕がやってみる。ポーションを用意して、と……くうっ!」


  セルジュ君も苦しそうだ。こうして僕達は上空で交代しながら魔力を込め続けた。




  すると、真っ黒だった石がほんの少し薄くなった気がする。形も少し滑らかになったかな? 大きさに変化はない。どこまで続けたらいいんだ……


「セルジュ君、そろそろポーションがなくなってしまうよ。どこまで続ける?」


「決まってるよ。限界までさ。下ではカース君が待ってるんだ。落ちたって平気さ。だろ?」


「ふふ、そうだね。じゃあ最後だ。最後は同時に魔力を込めよう。僕らの想いをサンドラちゃんに届けるんだ。」


「いいとも。全力でやろう。」


  そして僕らは最後のポーションを飲んだ。セルジュ君と握手をするように石を握り込む。


「「いくよ!」」







  私はカース。スティード君、セルジュ君とは小さい頃からの付き合いだ。 今日はこの二人が天上の白き宝玉をゲットすると意気込んでいるので、助けるべく待機している。あの二人のことだ、限界まで魔力を使ったら後は落ちるに決まってる。全く世話が焼けるんだから。


  うちのハニーと風呂に入って待っていたら、案の定。落ちてきたよ。手なんか繋いじゃって、男同士の心中かよ。頑張ったんだな。


『浮身』


 さて、天上の白き宝玉はゲットできたのかな? それを確かめるのは二人が起きてからでいいか。しばらく待っておくかな。






 うっ、ここは地面? 僕達は落ちたのか。


「スティード君おかえり。どうだった?」


「ああ、カース君、ただいま……あっ!」


  僕とセルジュ君の手の中に感触がある。天上の白き宝玉なのか!?



  そっと手を開いてみる。



  そうだよな……所詮僕らの魔力だとこんなものか……そこにあったのは灰色で角が取れただけの……ただの小さな石ころだった。もしそこら辺に落としたら他の石と区別がつかないかも知れない。


「あっ、色が変わってるし無くなってない。やったね。かなり頑張ったんだね。さすがスティード君にセルジュ君。」


「え? これは成功なの?」


「そうだよ。ここまで持って帰れただけで充分だと思うよ。僕なんか二回失敗したんだから。大変だったね。サンドラちゃんもかなり喜んでくれるんじゃない?」


「そうだといいな。一人じゃ無理だったよ。セルジュ君と行ってよかったよ。」


「まあ、アレだよ。努力して手に入れたこの石こそ、天上の白き宝玉に間違いないと思うよ。」


  あ、カース君がいいこと言ったって顔をしている。全く……ありがとう。




  それから目を覚ましたセルジュ君はカース君に本物の天上の白き宝玉を見せて欲しいと頼んでいた。それはやめた方がいい……せっかく手に入れた僕らの宝玉が……




  カース君は何も考えてないようで、アレックスちゃんに見せてあげるように言った。あーあ、見てしまった。アレックスちゃんは分かっていたようだが、カース君もセルジュ君も見てから気付いたらしい。もう遅いよ。


  それは本当に宝玉だった。きっと暗闇でも光輝くに違いない。そんな『白』。この世の全ての光を封じ込めたような輝き。目が眩むような美しさだ。それに比べると僕達のは本当に路傍の石だよ。ひどいよカース君。そんな気まずそうな顔をしてもだめだよ。まあいいか。天空の精霊や神様に会って無事に帰ってこれたんだし。


  お祝いに夕食を奢ってくれるって? お人好しなんだから。

  カース君によると……友情こそが天上の白き宝玉なんだとか。いつも変なことばっかり言うんだから。

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