第76話「戦の後に」

 雲は薄れ、晴れ晴れとした空の下——


 ワカはかつて〈地走〉を見つけ出した林の中で、一人立っていた。眼前には四機の〈からくり〉が地面に膝をつけている。うなだれているようにも、あるいは誰かに命じられるのを待っているようにも見える。


 その足元にはそれぞれ、四つの塚があった。刀や斧、大刀が深く突き刺さり、手前にはおむすびをはじめ、草履や花、くすんだ〈星石〉が供えられている。


 そして、四つの塚の右側には旗があった。丸が六つ、その上に三角が一つといった具合に、墨で書かれている。「もう少し早くこれを用意しておくんだったなぁ」と、ムクロが悲しそうにぼやいていたことを思い出す。


「ワカ」


 振り向けば、イヅがいた。ワカの隣に立ち、〈からくり〉たちを見上げる。そして四つの塚を見——「あたしのせいだ」


「あたしが、余計なことをしたから」

「それはぼくだって同じだよ、イヅ」


 もはや乗り手を失った〈巫山戯ふざく〉を見上げ――


「ゴロウ様がいなかったら、ぼくは生きていなかった。ぼくが無茶な真似をしたから、こんなことになったんだ」

「ワカ……」

「みんながいてくれなかったら、〈虚狼団ころうだん〉を退しりぞけるなんてこと、できなかったと思う」

「……そう、だよね」


 ワカは振り返り、林の奥をじっと見つめた。イヅも彼の視線を追ったが、人の影も何もあるわけではない。「ワカ?」と訊ねると、彼は寂しそうにうつむいた。


「シマダ様とリタ様、オシロ様はこれからどうするのかな」

「わからないわ。三人とも、朝から見かけてないの」

「お礼も何もしてないのに?」

「あたしに聞かれても困るわよ。……でも、確かに、お礼ぐらいは言わせてほしかったわね」


 言いつつ、チヨの〈大刀だいとう〉を見上げる。操縦席は空っぽで、それなのに今にも豪胆な笑い声が聞こえてきそうだった。たまらずイヅが顔を背けると、彼女の手をワカが優しく握り込んだ。


「っ……ワカ」

「目をそらしちゃ駄目」

「…………」

「みんな、命を懸けて戦った。ぼくたちのために戦ってくれた。だからみんなのことを忘れないようにしないといけない。そうじゃなきゃ、みんなに申し訳がないから」

「……そうね」


 イヅもまた、ワカの手を握り返す。


 そこに——


「おう、ワカ! イヅ! ここにいたのか!」


 林の奥から金づちと布袋を手にムクロが現れ、とっさにイヅはワカの手を放した。「んーん?」とにやにやと笑っているムクロの手前、「どうしたの?」とワカが訊ねる。


 ふと、ムクロは口を曲げ、「うーん」と唸った。


「言うかどうか迷っていたんだが……まぁ、お前さんならいいだろう。……実は今朝方っていうか、夜中にというか、お侍様たちが訪ねてきたのよ」

「ムクロじいのところに?」

「すぐにでも村を出発したいから、道中までの〈星石〉をもらいたいってな。それはもちろん構わなかったんだが、せめてオシロ様とリタ様の〈からくり〉の修理と整備もさせてほしいって言ったんだ。だが、二人とも断っちまった」

「なんで?」

「さぁなぁ、聞かれても困る。たぶん今ごろはもう、村からとっくに離れてるだろうよ。祭りのひとつでもやりたかったんだがなぁ」


 心底、残念というように吐息をつく。


 ワカはぐっと手を握り込み――「ねぇ、ムクロじい」


「今から〈地走じばしり〉で追いかければ、間に合うかな?」

「あー……どうだろうな。もうそれなりに時間も経っちまった。褒賞も修理や整備も断ったあのお三方が、いつまでも同じところに留まってるとは思えないな」

「わかった、行ってみる」


 そう言い、身を乗り出しかけた時——はっしと手を掴まれた。


「ワカ、あたしも行く」

「イヅ。でも、〈地走〉で行くんだよ?」

「ワカの膝の上にでも乗ってれば、大丈夫でしょ? もういくさは終わったんだし」

「……わかった」


 ワカはイヅの手を握り直し、侍たちの塚に背を向けて走り出した。


 二人の後姿を見ていたムクロは苦笑ともつかぬ微妙な笑みを浮かべ、それから塚と四機の〈からくり〉に体を向ける。布袋を地面に下ろし、金槌でとんとんと肩を叩いた。


 地に膝をつけ、深くお辞儀をする。そして——四つの塚と、四機の〈からくり〉を見上げた。


「お侍様。不肖ふしょう、このムクロがあなた方の〈からくり〉の綺麗にして差し上げます。村を守った勇士たちにできることといえば、これしか思いつきませんでしたのでな。あなた方の働きに対しては微々たるものではごぜぇますが、どうか、どうかご容赦頂きたい。……それでは、僭越せんえつながら始めさせて頂きまさぁ」


     〇


「イヅ、あれって……」


 林から出て入り口へと向かう途中、ワカは畑にいる人物を指さした。隻腕の男——カシラは一心不乱にくわで耕している。そしてその口には、紐でくまなく縫い付けられていた。


 イヅは痛々しそうに目をそらす。


「カシラのやったこと、許すわけにはいかないから。でも村を追い出したりしたら、どんな目に遭うかもわからない。だから爺様じさまが罰を与えたの」

「……爺様が死ぬまで、ずっとああなんだよね?」

「ええ。誰とも口をきくな、この村で一生を終えるまで働けって。それが、爺様なりの罰なのよ」

「そう、なんだ」


 ふと、カシラがこちらに気づいたらしく首を向けてきた。どことなく悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな表情だったが——すぐに目の前の作業に戻った。今度はより力を込めて、鍬で耕して。


 くいくい、とイヅがワカの袖を引っ張った。


「あんたも、カシラのやったこと許せないって思う?」

「わからない。どう言ったらいいのかも」

「そう……」


 二人は立ち止まるのを止め、〈地走〉の待つ鉄火場まで走り出した。


 その背中をカシラが見やっていたが——二人は気づくことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る