第66話「チヨ、立ち回りて」

「くそったれがぁッ!」


 チヨの口から絶叫が迸る。


 ゴロウを仕留めた大砲を真っ二つに、周囲で群がっている銃兵をも斬ってはなぎ倒す。血や〈からくり〉の手足がどれだけ宙を舞おうとも、チヨの内奥からかきむしるような熱が冷めることはなかった。


「くそが、くそが、くそがぁッ!!」


 あらん限りに罵倒して、〈野盗やどり〉を叩き斬って——気がついた時には、もうどこにも敵はいなかった。だが、まだ本営には辿り着いていないし、頭領の首も獲っていない。肩で息をし、上り道にずんと一歩踏み出しかけたその時——〈大刀だいとう〉に軽い衝撃が走った。


 振り返ればオシロが焦燥をあらわに、〈まこと〉が〈大刀〉の腕を掴んでいるところだった。


「何をしやがる、オシロ!」

「一人で行くつもりですか!? 無謀すぎますッ!」

「知るか! こいつはなぁ、とむらい合戦だ! 〈虚狼団ころうだん〉の頭領の首でも獲って帰らなくちゃ、ゴロウにもタイラにも申し訳が立たねぇんだよ!」

「ならばなおさら、ここは辛抱する時です! 先生が来るまで、もう少しだけの辛抱なんですッ!」

「そんなの、待ってられるかってんだ!」


 どん、と突き飛ばす。たたらを踏んだ〈真〉に構わず、〈大刀〉の背部の管から煙を噴出し——チヨは駆け出した。「チヨさん!」と背後でオシロが叫ぶが、もちろん振り返ることはない。


「くそ、畜生……!」


 チヨはなぜ、自分がこんなに怒っているのかがわからなかった。わからないから、余計に腹が立った。誰も彼も死を覚悟してこの村に来たというのに、いざゴロウがやられ、タイラも死んだと聞いた時——我慢ならなくなった。


 ゴロウの飄々ひょうひょうとした態度。


 タイラの常に崩さぬ微笑み。


 それを思い浮かべると、いても立ってもいられなくなるのだ。あの気に入らない真っ赤娘も、だんまり女も、もしかしたらやられているかもしれない。シマダだって無敵じゃない。オシロは論外だ。


 だが、ワカは——ワカだけはなんとしてでも、村に帰さなければいけない。あんな風に一途に思われている男が命を落とすようなことがあれば、侍としての面子も何もあったものではない。


 何より、あの火傷娘が泣く。


 人が死ぬというのは、そういうことなのだ。


 気がつけば、林道を通り抜けていた。村を見下ろせる開けた丘の上——点々とかがり火が点いており、数機の〈からくり〉がこぞってこちらに剣と槍とを向けている。


 そして中央に、これまでとは違う意匠の〈からくり〉が二機、立っている。白塗りの機体、そして漆黒の装甲に銀色の線が走ったものだ。


「ほぉ、一人で来たのか」


 感心するように二度三度うなずいた男——おそらく、頭領だろう——に向かって、「てめぇが頭か!」と大刀の先を突きつけた。


 白塗りの機体がチヨとその男との間に割り込もうとして——「まぁ、待てよ」と〈からくり〉の手で軽く制する。


「せっかくここまで来たんだ。ぜひ、名前を伺いたいもんだね」

「おれはチヨだ! そういうてめぇこそ、アラグイって奴だな!!」

「チヨ? ふーん……チヨ、ねぇ? ミハク、聞いたことがあるか?」

「存じておりません」

「だそうだ。ミハクの耳にも届いてないんじゃあ、ただの鉄砲玉ってところだな」

「あぁ!?」


 アラグイはせせら笑い、あごをくいと上げた。


「たった一人で来たのがいい証拠だ。仲間はどうした? 全員死んだか?」

「ふざけんじゃねえ! まだ生きてらぁ! あいつらが来ればてめぇらなんか――」


 言いかけ、チヨはとっさに口を閉じた。いずれはシマダたちが——仲間が追いついてきてくれることを期待している自分が、たまらなく恥ずかしくなった。オシロの制止も振り切って、ここに来たというのに。


 がしゅ、と金属音が鼓膜を打った。次に足元が軽く揺れ、とっさに目を走らせると、〈大刀〉の左肩から先が崩れ落ちていくところだった。


「よそ見とは、余裕がありますね」


 白塗りの機体が腕を伸ばしている。どうやら何かを投げたようだが、今はそれを確認している場合ではない。


「——くッ!」


 大刀を盾代わりに、様子を窺う。ミハクの手の動きに合わせ、後方に控えていた四機の〈からくり〉が動き出した。操縦者はどれも冷えた顔つきで、左腕を失った〈大刀〉を見ても気を緩める気配がない。


(二機、いや、せめて一機だけでも……!)


「行きなさい」


 ミハクの声が走り——四機の〈からくり〉が一斉に襲いかかった。その内の一機は弓兵で、チヨの足元を的確に狙ってきた。鉄をも貫く矢がチヨをその場に釘付けにし、〈大刀〉の全身がぎし、と悲鳴を上げている。


 その間にも三機が距離を詰めてくる。


「群がるんじゃねえッ!」


 チヨは大刀を全方位に振り回した。ほとんどやけくそに近いが——うかつに飛び込んでは危険と察してか、三機の足が止まる。


 だが、一機はそれがどうしたとばかりに鉄球を振り回していた。それにチヨが気づいた時には、大刀に鎖付きの鉄球が絡まっていた。


「う、ぐ……!」


 操縦桿が重い。


 抵抗を試みるも、またしても矢が〈大刀〉の腕に突き刺さる。そればかりか腰にも足にも、立て続けに射られる。鎖に引っ張られ、機体が膝から崩れ、チヨと〈大刀〉はまるで無防備となった。


 残る二機が、刀と槍を持って迫る。


「——ちく……!」


 その言葉の先を発することはなかった。目の前が突然暗くなり――死んだ? と錯覚を起こした瞬間、激しい金属音が聞こえた。


 刀が鉄を斬りつけ、あるいは貫かんとした音——


 同時に刃先が上空で、でたらめに回転していた。チヨへの剣戟けんげきを防いだのは、ワカの——〈地走じばしり〉の盾だった。


「大丈夫、チヨ様?」

「——ば、馬鹿野郎ッ!! なんで来やがった!?」

「もう、誰も死なせたくないから」

「……!」

「そういうことだ、チヨよ」


 長刀をむき出しにし、〈大刀〉の隣に立ったのはシマダだった。


「だから言ったでしょうに……!」


 同じく反対側に、〈真〉が立った。オシロの視線は白塗りの機体、その操縦者に向けられている。緊張に満ちてか、顔がこわばっている。


「四機。頭領と側近を含めて六機か……」

「シマダ様。こういう時はどうすればいいのかな?」

「各個撃破が基本となるが……数が足りん。こちらの増援は当てにするな」

「となると、ぼくたちだけでやるしかないんだね」


 チヨは思わず目を丸くしていた。状況としてはこちらの分が悪い。にも関わらず、村で話していた時とまとう雰囲気が変わらないのだ。淡々としているのか、この状況をシマダ同様に見据えているのか――チヨには判別がつかなかった。


 しかし、それに構ってる場合ではない。


〈大刀〉の足から矢を引っこ抜き、動きの鈍くなった腕をぶんぶんと揺すり、矢を振るい飛ばす。膝をついて立ち上がるが、機体の各所から異音と異臭が漏れている。


 当たり所が悪かったようだ。


 だが、だからどうした。


 よく見ればワカの盾は半壊している。タイラとゴロウを失い、なおも戦おうとしている。シマダもオシロも同様だ。自分自身を含めてこの四人が、村を守るために〈虚狼団ころうだん〉と戦おうというのだ。


 ゴロウが生きていたら、きっとこう言うだろう。これほど愉快なことはないと。


「だっはっはっはぁッ!」


 チヨの哄笑こうしょうに、ワカたちは呆気に取られた。「チヨさん……?」とオシロが探るようにこちらを覗き込んでいたが、それで笑いが止まるというものではなかった。


「面白ぇ、面白ぇぜ! どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ! そしてあっちは臆病者どもの集まりときた! 〈人弾ひとだま〉だの〈剛力ごうりき〉だのと使ってまで、たかだか村ひとつ焼こうっていうんだからよ! それでどうした!? それがどうした!? おれたちぁもうここにいて、てめぇらの喉に切っ先突きつけてんだ! いいか? 逃げるなら今の内だぞ、おい!? 〈城〉が手を焼くほどの連中といって構えていたが、路傍ろぼうの侍ごときにいいようにあしらわれているじゃねえか! てめぇらの手下どもなんぞ相手にもならなかった! 手下があれじゃあ、頭領の方もたかが知れているってもんだ!!」


 チヨが腹を抱え、天に向けて笑い声を飛ばす。そのあり様にはさすがにシマダも面食らっていた。


「——貴様……」


 ひゅう、と冷気が走るような声にチヨはつまらなさそうに首を戻す。見ればミハクが戦輪を手に、歩いてきているところだった。


「なんだぁ、怒ったか?」

下衆げすの極みですね。たかがいち侍の分際で、それも女が、アラグイ様を侮辱するとは……命が惜しくないと見えます」


 へっ、とチヨは不敵な笑みを浮かべ——「命なんざ、あの村に預けてあるんだよ。とうの昔にな」


 個々人、そしてそれぞれの〈からくり〉が睨み合う中——


「待ってくだせぇ!!」


 ワカたちのいる地点とは反対側、裏道を通って姿を現したのは、カシラとイヅだった。

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