第67話「再会と、裏切りと」

 イヅとカシラ、二人が出てきた時——ワカの脳裏に、まだ新しい記憶が走った。


 身内を斬ったというキュウ。身内を斬るのをためらうオシロ。二人と話した時に、自分はなんと言っただろう。もしも敵に回った時、あるいは敵の手に落ちた時——自分はどうするだろう。その答えは未だ、ワカは持ち合わせてはいなかった。


「イヅ……?」


虚狼団ころうだん〉の本営と挟んで反対側、イヅは短刀を両手に持って震えていた。カシラは大きく肩を上下し、肩から布袋を提げている。


「あなたですか」


 冷ややかな声を発したのはオシロの姉——ミハクだ。


「なぜ、のこのことこの場に現れてきたのです。戦いに巻き込まれても知りませんよ」

「そ、その戦いを止めに来たんです!」

「……仰ってる意味がわかりませんが?」

「まぁ、待てよ。ミハク」


〈からくり〉の腕を伸ばして制したのは、頭領のアラグイだった。膝の上に肘をつき、あごに手をつけて「で?」とにやにやとしている。


「あ、あんた方の狙いは〈星石せいせき〉でしょう? そんなものいくらでもくれてやりますから、この村だけは——」

「阿呆か、てめぇ」


 即座に斬り捨てたアラグイを前に、カシラは口をつぐんだ。


「〈剛力ごうりき〉を出してまで村ひとつ墜とせなかったとあっちゃあ、〈虚狼団〉の名折れなんだよ。それをチンケな石ころで見逃してくれだぁ? 今さら遅ぇ。〈星石〉も何もかも奪う。そこにいる侍どもも、村の連中も皆殺しにする。その後でこの村を根城にするってのも悪かねぇな」

「そ、そんな……」

「それとも何か? そんなガキまで連れ出して、なんとか機嫌を取ろうってえハラか?」


 アラグイの視線がカシラからイヅに向いた時——「うん?」と眉をひそめた。


 イヅはといえば、驚愕に目を見開いている。震える唇から、「兄様……?」と声が発された。


「アツミ兄様、なのですか?」

「……懐かしい名前だな」


 アラグイがじろじろとイヅを眺め回し——「くはッ」と噴き出した。


「誰かと思えば、イヅじゃねえか! やっぱり、ここにいたか! あの戦場いくさばの中で生き延びていたとはな! それでこそ俺の妹だ!」

「どうしてですッ!? どうして、〈野盗やどり〉なんかに!? しかも〈虚狼団〉の頭領だなんて……!」


 イヅの叫びにワカが反射的に〈地走じばしり〉を出そうとして——眼前に、シマダの長刀が突き出された。「まだ、動く時ではない」と言いつつ、張りつめた眼差しで状況を傍観している。


 アラグイは半月状に口を裂き、「なんてこたぁねえよ」


「俺はな、お前と同じように追い出されたのさ。捕虜ほりょだろうが、使用人だろうが、お偉いさんだろうが、気に入らない奴は斬っちまってな。打ち首は免れたが、渡されたのが刀ひと振りだけってのは、これでも心細かったんだぜ? そこでな、思いついたのさ。〈城〉の連中、特にクソ親父にひと泡吹かせるにはどうしたらいいかってな」

「それが、〈虚狼団〉……」

「そうよ。〈城〉を墜とすってのが目的ではあったが、こうも見事に突破されちゃあなぁ。また一から手下どもと〈からくり〉を集めなくちゃいけねぇなぁ。おい、ミハク?」

「……みすみす手駒を失った私には、返す言葉もありません」

「つれないねぇ」


 くっくっと喉を鳴らす。


「そ、それならなおの事では!?」


 カシラが間に割り込み、手にした布袋から〈星石〉をこんもりと取り出した。


「これさえあれば〈からくり〉だっていくらでも買えるし、〈野盗り〉を雇うのだって簡単でしょう!? それに……それに! この村を滅ぼしたりしたら、どこに〈星石〉があるのかわからなくなってしまいますぜ!」


 最後の一言は効いたらしい。アラグイはミハクと目を交わし——「ふぅん」と頬杖をついた。


「じゃあお前、この村の連中が全員、〈虚狼団〉の手下になってもいいってことか?」

「う、そ、それは……」

「使い物になるとは思えないがな。せいぜい作物の収穫と、〈星石〉の回収ってところか? だがな、状況がわかっているとは言い難いな」

「じょ、状況とは……?」

「俺らに知られた時点で、この村の存在は明るみになったってことだよ」


 絶句するカシラを見、アラグイがつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「人の口に戸は立てられねぇ。お前がいい証拠だ。〈星石〉があるって噂が流れたのも、お前のせいだろ?」

「そ、それは……」

「酒か、金にでも釣られたか? ……まぁ、そんなことはどうでもいい。他の大名やましてや〈城〉の連中に取られるってのは面白くねぇんだよ、こっちは。だから〈人弾〉も、〈剛力〉も使った。てめぇらは必死に戦った。それが今の状況だ。〈星石〉だけでもう満足して、引き上げるとでも思ってるのか?」


 ミハクに目配せをし、彼女は戦輪を手に取った。


 そして——アラグイは告げた。


「もういらねぇよ、お前」


 カシラは絶句し、力の抜けた彼の肩から布袋がずり落ちた。「カシラ、しっかりして!」とイヅが叱咤するも、その場で突っ立ったままだ。


 ミハクが腕を振った。


 手に持った戦輪はそのまま、二人に向けて放たれる――


 それよりも早く、この場の誰よりも速く、ワカは動いていた。すべての盾を前方に動かしつつ、ミハクとカシラ、イヅとの間に回り込む。戦輪は弾かれ、ミハクの眉間がきゅっと締まった。


「ワカ……」

「イヅ、カシラ。大丈夫?」


 損傷の少ない盾を敵機に向けるように、ワカは〈地走〉を半身にした。カシラは呆然としたまま、イヅは短刀を取りこぼしてカシラにしがみついている。その悲壮な表情に、ワカの鼓膜の内から、さながら火花が散るような音を聞いた。


 イヅはかろうじて、わなわなと口を開き——「ワカ、行っちゃ駄目」


 イヅの声は確かに、ワカの耳には届いていた。


 それでも、あの火花を機に何かが燃え盛っていくのをワカは確かに感じ取っていた。許すな、と——〈地走〉が言っているように聞こえたのだ。


「イヅ。カシラを連れて、ここから離れて」

「ワカ、駄目!」


 イヅの言葉を聞かず、ワカは〈地走〉を敵機——〈虚狼団〉に向けた。もはや一触即発という具合で、侍たちもそれぞれに武器を携え、構えを取っている。〈虚狼団〉も同様に。


 そして——その渦中にあっても、アラグイは笑みを崩さない。


「あいつだけは、許さない」

「ワカぁッ!」


 イヅの叫びが機となったかのように、その場の全員が飛び出すように動いた。

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