第65話「四人」
「どこへ行くつもりだ」
ギサクの家の裏出から人気を感じ、すぐさま〈
「そんな
「が、玩具じゃないわ! こんなのだって、人を刺し殺せるぐらいはできるもの!」
「なるほど、短刀か」
はっ、とイヅは自分が口を滑らせたことに唇を噛んだ。
「見せろ」
「え……?」
「中身を見せろ、と言った。聞こえないのか?」
イヅは戸惑いながらも、布袋の紐を解き——中身を取り出した。キュウの言う通りそれは
この村で手に入るものではない。
ましてや、
ならば、この娘は——
「お前は、〈城〉の者か?」
「……かつては、ね。でも、今はこの村の一人よ」
「捨てられたのか」
「そうよ」
短刀を握る手が震えている。
おそらく顔の火傷のせいで捨てられたのだろう。
だが、キュウにはこの際、イヅの事情などどうでもよかった。〈
何より、ワカに頼まれた。守ってくれ、と。
そして自分は引き受けた。イヅが猛反対するのを見ていながら。
だからイヅが思い詰めて行動を起こすことは容易に想像できたし、行き先すらも見当がつく。
「〈虚狼団〉の頭領を殺して、それで仕舞いにするつもりか」
「……そうよ」
「お前に殺せると? 相手は〈からくり〉に乗っているのに」
「やってみなくちゃ、わかんないじゃない。……キュウ様、お願いだから見逃して」
「駄目だ」
即答すると、イヅの顔がよりこわばった。
「戦場に出ても、お前はただの足手まといだ。そればかりかシマダたちの邪魔になる。あと一歩というところでお前が姿を現したら、シマダたちは動揺し、敵を取り逃すかもしれない。そうなれば〈虚狼団〉は逃げて態勢を立て直し、またこの村を襲うだろう。今夜、奴らを壊滅させなければ、滅ぼされるのは私たちの方だ」
「う……」
「今この瞬間にも、私たちの誰かが死んでいるかもしれない。これから死ぬのかもしれない。そうなれば誰がお前たちを守る? 自分たちで戦えるというのか?」
イヅは反論できず、肩を震わせてうつむいた。
その時——ひゅっ、と風を切る音がした。とっさに刀で真横に振り抜き、それがワカのお手製の白い弾であると気づいた時にはすでに遅く——内部から白煙が噴出した。
「——むッ!」
「行くぞ、イヅ!」
男の声。これは、ギサクにいつも付き添っていた隻腕の——カシラとかいう男のものだ。びちゃびちゃ、と雨でぬかるんだ地面を走っていくが、〈朧〉を包む煙のせいで影すら見えない。
「行くんじゃない、イ――」
言いかけ、げほっと咳込んだ。とっさに〈朧〉から降り、白煙の圏内から抜け出した後には、もう二人はいなかった。
歯噛みし、己の不覚さを呪う。カシラが裏切り者であることは知っていたのに、ここに来てイヅを手助けするような真似をするとは。イヅを連れていって何をしようというのか、キュウにはカシラの意図が読めなかった。
どうする——?
このまま追うか、村人たちを守るか。シマダ、オシロ、チヨは本営に向かっているはず。おそらくワカとゴロウもだろう。タイラはわからない。死んだか、あるいは生き延びているか――
いずれにしても、状況が読めない。イヅとカシラが戦場に向かってしまったことで、より状況が複雑になるだろう。
白煙がかき消え、すぐさま〈朧〉に乗り込むと同時——背後に〈からくり〉の足音が響いた。振り向きざまに刀を抜いたが、その刃先には相手はリタの〈クリムゾン〉がいた。
「タイラがお亡くなりになりましたわ」
キュウの無礼など意にも介さず、淡々と告げる。刀を下ろし、「そうですか」と短く返答する。
「シマダ様とオシロとチヨは本営に向かっていますわ。ここに来るまでの途中、ワカとゴロウ様は見かけませんでしたから、おそらくあの二人も。……ということは今、村を守れるのはあなたと
「そう、ですか」
「……何かありまして?」
キュウはイヅとカシラが飛び出していってしまったことを、端的に説明した。すると、呆れたようにリタは首を小さく振った。
「イヅはともかくとして、カシラまで。だからあの時、忠告しておいたのに………いえ、今はそういうことを話している場合ではないですわね」
「いかが致します」
「追いかけて止めたいところですけれど……村を放っておくわけにはいきませんわ。伏兵がいる可能性もありますもの」
「イヅとカシラについては?」
「シマダ様たちに任せる外、ないですわね」
ため息混じりに言った瞬間——リタの背後で、ちかっと光が弾けた。反射的に飛び出し、〈クリムゾン〉に覆いかぶさるも——〈朧〉の左肩から先が弾け飛んだ。
「キュウッ!?」
かろうじて身を起こすも、〈朧〉の動きはぎこちない。
敵はたったの一機だった。〈からくり〉の両足は千切れており、操縦者は頭と腹部から血を流している。それでもまだ無事な両腕で、一発報いた——という具合だった。月光の下、悲壮と愉悦に歪んだ笑い顔を見せていた。
その男は銃を放棄し、足元からまた銃を手にする。今度はギサクの家に銃口を向けていた。
「——キュウ! およしなさいッ!」
銃口の先とギサクの家——その斜線上にキュウは立ちはだかった。今からあの死にぞこないに突っ込んでいっても、もはや間に合わない。刀ひと振りで防ぎ切れるかなど、考えている余裕はなかった。
遠く、柵の内側にほど近い場所で火花が炸裂した。
元々この〈朧〉は、受けて反撃を試みるという設計で出来てはいない。必要以上に装甲は着けず、頭部も取り払い、武器も刀のみと、軽量さを突きつめた機体だ。一撃でもまともに食らえれば死ぬ――不退転の覚悟がなければ、到底扱えない〈からくり〉だ。
上段から刀を振り、弾丸を斬り裂く。二つに分かれた弾丸はかろうじてギサクの家の脇を通過し、畑を吹き飛ばす。
すぐさま、キュウは走った。また、敵が銃を拾う前に。〈クリムゾン〉が起き上がる気配を見せたが、それではもう遅い。
案の定、敵はまたしても銃を手にしていた。こちらに銃口を向けようとして——それよりも速く、キュウは操縦者の眉間——いや、顔面を二つに裂くが如く、刀を突き刺した。
だが、銃口はキュウに向けられたままだった。
息絶えた操縦者の腕から力が抜け、その動きが〈からくり〉の腕にも連動していて——キュウの目の前で火花が散る。
重い衝撃が体中を走った。
赤黒いものが口から出、目を見開いたまま――キュウは力なくうなだれた。
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