第65話「四人」

「どこへ行くつもりだ」


 ギサクの家の裏出から人気を感じ、すぐさま〈おぼろ〉を動かした先には、張りつめた顔で布袋を抱いているイヅがいた。とっさに布袋を後ろに回したが、キュウにはその中身が何であるかを察することができた。


「そんな玩具がんぐでどうするつもりだ」

「が、玩具じゃないわ! こんなのだって、人を刺し殺せるぐらいはできるもの!」

「なるほど、短刀か」


 はっ、とイヅは自分が口を滑らせたことに唇を噛んだ。


「見せろ」

「え……?」

「中身を見せろ、と言った。聞こえないのか?」


 イヅは戸惑いながらも、布袋の紐を解き——中身を取り出した。キュウの言う通りそれはつばのない短刀で、今は木鞘きざやに収まっている。刀身を抜かずとも、上等な獲物であることは推察できた。


 この村で手に入るものではない。


 ましてや、戦場いくさばで拾えるものでもない。


 ならば、この娘は——


「お前は、〈城〉の者か?」

「……かつては、ね。でも、今はこの村の一人よ」

「捨てられたのか」

「そうよ」


 短刀を握る手が震えている。


 おそらく顔の火傷のせいで捨てられたのだろう。


 だが、キュウにはこの際、イヅの事情などどうでもよかった。〈虚狼団ころうだん〉を追い込めているかどうかはわからないが、それでも自分は今、ここを守ることが責務となっている。自ら戦場に飛び込まんとする馬鹿が一人でもいると、後に続く者が出かねない。そうなってしまえば、もはや守るどころではなくなるのだ。


 何より、ワカに頼まれた。守ってくれ、と。


 そして自分は引き受けた。イヅが猛反対するのを見ていながら。


 だからイヅが思い詰めて行動を起こすことは容易に想像できたし、行き先すらも見当がつく。


「〈虚狼団〉の頭領を殺して、それで仕舞いにするつもりか」

「……そうよ」

「お前に殺せると? 相手は〈からくり〉に乗っているのに」

「やってみなくちゃ、わかんないじゃない。……キュウ様、お願いだから見逃して」

「駄目だ」


 即答すると、イヅの顔がよりこわばった。


「戦場に出ても、お前はただの足手まといだ。そればかりかシマダたちの邪魔になる。あと一歩というところでお前が姿を現したら、シマダたちは動揺し、敵を取り逃すかもしれない。そうなれば〈虚狼団〉は逃げて態勢を立て直し、またこの村を襲うだろう。今夜、奴らを壊滅させなければ、滅ぼされるのは私たちの方だ」

「う……」

「今この瞬間にも、私たちの誰かが死んでいるかもしれない。これから死ぬのかもしれない。そうなれば誰がお前たちを守る? 自分たちで戦えるというのか?」


 イヅは反論できず、肩を震わせてうつむいた。


 その時——ひゅっ、と風を切る音がした。とっさに刀で真横に振り抜き、それがワカのお手製の白い弾であると気づいた時にはすでに遅く——内部から白煙が噴出した。


「——むッ!」

「行くぞ、イヅ!」


 男の声。これは、ギサクにいつも付き添っていた隻腕の——カシラとかいう男のものだ。びちゃびちゃ、と雨でぬかるんだ地面を走っていくが、〈朧〉を包む煙のせいで影すら見えない。


「行くんじゃない、イ――」


 言いかけ、げほっと咳込んだ。とっさに〈朧〉から降り、白煙の圏内から抜け出した後には、もう二人はいなかった。


 歯噛みし、己の不覚さを呪う。カシラが裏切り者であることは知っていたのに、ここに来てイヅを手助けするような真似をするとは。イヅを連れていって何をしようというのか、キュウにはカシラの意図が読めなかった。


 どうする——?


 このまま追うか、村人たちを守るか。シマダ、オシロ、チヨは本営に向かっているはず。おそらくワカとゴロウもだろう。タイラはわからない。死んだか、あるいは生き延びているか――


 いずれにしても、状況が読めない。イヅとカシラが戦場に向かってしまったことで、より状況が複雑になるだろう。


 白煙がかき消え、すぐさま〈朧〉に乗り込むと同時——背後に〈からくり〉の足音が響いた。振り向きざまに刀を抜いたが、その刃先には相手はリタの〈クリムゾン〉がいた。


「タイラがお亡くなりになりましたわ」


 キュウの無礼など意にも介さず、淡々と告げる。刀を下ろし、「そうですか」と短く返答する。


「シマダ様とオシロとチヨは本営に向かっていますわ。ここに来るまでの途中、ワカとゴロウ様は見かけませんでしたから、おそらくあの二人も。……ということは今、村を守れるのはあなたとわたくしだけということになりますわね」

「そう、ですか」

「……何かありまして?」


 キュウはイヅとカシラが飛び出していってしまったことを、端的に説明した。すると、呆れたようにリタは首を小さく振った。


「イヅはともかくとして、カシラまで。だからあの時、忠告しておいたのに………いえ、今はそういうことを話している場合ではないですわね」

「いかが致します」

「追いかけて止めたいところですけれど……村を放っておくわけにはいきませんわ。伏兵がいる可能性もありますもの」

「イヅとカシラについては?」

「シマダ様たちに任せる外、ないですわね」


 ため息混じりに言った瞬間——リタの背後で、ちかっと光が弾けた。反射的に飛び出し、〈クリムゾン〉に覆いかぶさるも——〈朧〉の左肩から先が弾け飛んだ。


「キュウッ!?」


 かろうじて身を起こすも、〈朧〉の動きはぎこちない。


 敵はたったの一機だった。〈からくり〉の両足は千切れており、操縦者は頭と腹部から血を流している。それでもまだ無事な両腕で、一発報いた——という具合だった。月光の下、悲壮と愉悦に歪んだ笑い顔を見せていた。


 その男は銃を放棄し、足元からまた銃を手にする。今度はギサクの家に銃口を向けていた。


「——キュウ! およしなさいッ!」


 銃口の先とギサクの家——その斜線上にキュウは立ちはだかった。今からあの死にぞこないに突っ込んでいっても、もはや間に合わない。刀ひと振りで防ぎ切れるかなど、考えている余裕はなかった。


 遠く、柵の内側にほど近い場所で火花が炸裂した。


 元々この〈朧〉は、受けて反撃を試みるという設計で出来てはいない。必要以上に装甲は着けず、頭部も取り払い、武器も刀のみと、軽量さを突きつめた機体だ。一撃でもまともに食らえれば死ぬ――不退転の覚悟がなければ、到底扱えない〈からくり〉だ。


 上段から刀を振り、弾丸を斬り裂く。二つに分かれた弾丸はかろうじてギサクの家の脇を通過し、畑を吹き飛ばす。


 すぐさま、キュウは走った。また、敵が銃を拾う前に。〈クリムゾン〉が起き上がる気配を見せたが、それではもう遅い。


 案の定、敵はまたしても銃を手にしていた。こちらに銃口を向けようとして——それよりも速く、キュウは操縦者の眉間——いや、顔面を二つに裂くが如く、刀を突き刺した。


 だが、銃口はキュウに向けられたままだった。


 息絶えた操縦者の腕から力が抜け、その動きが〈からくり〉の腕にも連動していて——キュウの目の前で火花が散る。


 重い衝撃が体中を走った。


 赤黒いものが口から出、目を見開いたまま――キュウは力なくうなだれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る