第64話「五人」

 ワカを前面に、ゴロウが後ろから銃を撃つという戦法はワカが考えついたものだった。それでは当然ワカに危険が及ぶ、よさないか、とゴロウは説得を試みたが——ワカはがんとして譲ろうとしなかった。


「もう、誰にも死んでほしくないから」


 そう言われれば、止めようもなかった。


不動ふどう〉からタイラを引きずり出し、村人たちを呼んで、彼女を預ける。タイラの死にその場で崩れ落ちる者もいたが、「泣くな!」とゴロウは一喝した。


「まだいくさは終わってないのだぞ!」


 そう怒鳴ったが——半分は、自分に言い聞かせているようなものだった。


「——ゴロウ様!」


 遠目からでもわかる真紅の機体——〈クリムゾン〉が地を滑る。タイラの亡骸なきがらを見、事の次第を察したらしく、半ば顔をうつむかせた。


 見れば〈クリムゾン〉のランスは血と油とでまみれている。遊撃手ゆうげきしゅとして〈野盗やどり〉を蹴散らしてきたのだろう。そればかりか〈クリムゾン〉自体、ほとんど無傷だ。


 ——この場をリタ殿に任せるか?


 そう考えた矢先、「リタ様」とワカが呼びかけた。


「村の守りをお願いできる?」

「……ワカ。あなたは自分が今、何を言っているのかわかっていて?」

「うん」

「それに、あなたの役目はこの村を守ること。それがなぜ、ここにいるのかしら?」

「……それがしの責任よ」


 ゴロウの言葉に、リタは怪訝けげんそうな目を向けた。


「ワカは某たちを助けるために、ここに来たのだ。だが、某が不甲斐ないばかりにタイラを死なせてしまった」

「先ほどの銃声……いや、砲声はワカのものでして?」

「その通りよ。ワカが来てくれなければ、某とて危なかった」


 ゴロウは〈野盗り〉が落とした銃を二丁拾い、それを〈巫山戯ふざく〉の隠し腕に持たせた。


「リタ殿。某からもお願いしたい。ワカと〈地走〉があれば、銃兵を突破できる」

「そのようなこと、簡単に許諾きょだくできるとでもお思いかしら?」

「おや、村を守る自信がないのかの?」


 つい、ハッタリが口をついて出た。案の定リタは眉を寄せたが——「挑発には乗りませんわ」とすげなく一蹴される。


「ワカ! キュウは今、どうしているの?」

「みんなを守ってる」

「ということはギサク様の家、ということですわね。あそこから動けないとなれば、わたくしが動く必要がある……」


 ふぅ、とリタは服の裾から扇子を取り出し、先端であごを叩いた。


「今、シマダ様とオシロとチヨが敵陣に乗り込んでいますわ」

「やはり、そうか」

「けれど、それでも厳しいかもしれないですわ。頭領のアラグイ、側近のミハク。キュウとあなた方を追い込むほどの強さの者が、最低でも二人……本営にまだ敵兵が控えていることも考えると、決め手が欲しいところですわね」


 言いながらリタは、ワカの砲撃の跡に機首を向ける。彼女の言わんとしていることは明白だった。


 だが、本心ではワカを行かせたくないのだろう。


 某とて同じだ——ゴロウはため息をつきたいのを堪える。タイラを死なせた上に、ワカに守られた。そして今度はワカと共に本営に乗り込む。いくらワカが言い出したこととはいえ、リタからすれば身勝手な行いとしか映って見えないだろう。


 彼の愛する人——イヅやハツのことを思えば、なおさらだ。


「わかりましたわ」


 不意打ちとばかりにその言葉が耳を打ち、ゴロウがはっと面を上げた。リタの〈クリムゾン〉はワカにもゴロウにも背を向ける形となっている。


雑兵ぞうひょうは私にお任せなさい」

「……リタ殿、すまぬ」

「礼と謝罪は、後でお願いしたいですわね。……ワカ!」

「うん」

「何があってもあなただけは、必ず戻ってくるのよ。女子おなごを泣かすようなやからは、天に代わって私が成敗しますわ」

「うん」

「……全く、気負いのない男児だんじですこと」


 呆れ混じりに、リタはそう言った。


     〇


地走じばしり〉の盾が銃弾を弾き、流し、防ぐ。


 その名の如く地を走り、ゴロウの〈巫山戯ふざく〉も追走する。


 盾と盾の隙間から二丁の銃を突き出し、弾丸を放った。距離が開けているのと、薄暗闇の中とで命中したかは定かではない。ただし、向こうも敵が銃を持っているとは思っていなかったはずだ。


 銃による反撃は、〈虚狼団ころうだん〉に少なからず衝撃を与えることになる——ゴロウはそう読んでいた。


 さぁっと、まるで厚手の布が剥がれたが如く月明かりがワカたちの目の前を照らす。隊列を組んでいる銃兵が六機と六人。そう思われたが——月明かりのおかげで、それが早合点だったと思い知る。


 六機の銃兵の後ろには、大砲があった。〈からくり〉一機がそのまま入れそうな砲口が、こちらを向いてきている。「撃つぞ、散れ!」と〈野盗やどり〉の一人が言い放ち、銃兵がとっさに両脇に分かれた。


「全員、散れ! 散るのだッ!」


 ゴロウが怒鳴り、シマダらはとっさに砲口の正面から飛びのいた。ゴロウも同様に身を林の中に屈め——目を見張った。


〈地走〉がその場から動いていない。


 そればかりか両足を踏ん張り、六枚の盾を重ねている。明らかに受けるつもりの体勢だ。


「ワカ、お主——馬鹿者!! 何をしておるかッ!?」

「ぼくが避けたら、村に当たるでしょ」

「〈人弾ひとだま〉の時とは違うのだぞ! 威力もわからずに防ごうなどと、命知らずにも程がある!」


 だが、ワカが身を退く気配はなかった。


 誰が言ったか、「撃てぇッ!」と鋭い叫び声が聞こえた。回転を交えて放たれた砲弾が、ワカの〈地走〉目がけて突っ込んでいく。


 気づいた時には、ゴロウの〈巫山戯〉が——ゴロウ自身がワカの前に飛び出していた。両手に持っていた刀と残る二本の腕で、〈巫山戯〉そのもので受け止めんとした。


 なぜ、そうしたのか。


 ゴロウ自身にもわからない。


 確かに言えるのは——自らが盾になることで砲弾の勢いが弱まり、軌道が逸れ、〈地走〉の盾が防ぐのに成功したことだ。林道の脇の木々が大きくえぐれたが、村へ飛来するのをすんでのところで避けられた。


〈地走〉の右側の盾は半壊していた。あのままワカを留まらせ、砲弾が直撃すれば、彼が死ぬことは明白だったろう。


「——ゴロウ様」


 いつの間にか、ワカの顔が大写しになっていた。ほんのわずかだが、気を失っていたらしい。ぎこちなく首を動かせば〈巫山戯〉は四本腕を失い、ほとんど原型を留めていなかった。そして自分の手を見ようとして——肘から先がなかった。もう一方の手も、血にまみれている。


 ワカの肩にシマダの手が置かれた。


 シマダは屈み、「無茶をするな」と重々しく呟いた。無理やりにでも笑い顔を作ろうとしたが、頬が引きつっている。失敗しただろうか。


「あの、銃兵どもは……?」

「チヨとオシロに任せた。お主とワカが防いでくれたおかげで、連中は次の一手を打ち損ねたのだ。大砲で全てなぎ倒せるという算段だったようだ」

「そう、ですか……」


 まぶたが重い。体中の熱が急速に冷えていく。意識が薄れていく。


 なるほど、これが死というものか——


 ゴロウは頭の片隅で、それがどこか滑稽なことのように感じられた。


「ゴロウ様……?」


 ワカの声が震えている。彼も、自分が何をしようとしていたか、その結果どうなったかということぐらいはわかっているはず。「過信はいかんのぅ」と言ってやると、ぽとり、とワカの目元から涙がこぼれた。


「ごめんなさい、ぼく、ぼくが……」

「なぁに、お主と共に戦えて光栄であったぞ、ワカ。シマダ殿たちと巡り合うことができたのも、お主のおかげだ。……シマダ殿」

「なんだ」

「タイラの墓にはおむすびを添えてくれんかの。某のは、そうだのぅ……何にするかな……」

「……お主がタイラとの賭け事に使った、草履ぞうりでもどうだ?」


 ゴロウは目を丸くし——笑い声を立てようとして、血を吐いた。だが、それでも力を振り絞り、「ご冗談を」と笑ってみせた。


 そのままゴロウはもはや笑うことも、冗談を口にすることもなかった。

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