第62話「六人」

 ほとんど不意打ちのように、タイラが撃たれた。


 いくら堅牢けんろうな〈不動ふどう〉であっても、操縦席を狙われてはひとたまりもない。しかも、〈からくり〉専用の銃で撃たれたのだ。かすめるだけでも装甲の一枚や二枚は軽く弾け飛ぶ代物で——たった今〈虚狼団ころうだん〉の一機を斬り落とした隙を、ものの見事に狙われてしまった。


「——ぐッ……!」

「タイラ!!」


 人体でいえば脇腹にあたる部分。〈からくり〉の操縦席にほど近い箇所から煙と、腰部から〈星石〉の光が漏れ出しており——タイラ自身もまた、脇を押さえて歯を食いしばっていた。


〈虚狼団〉の〈からくり〉と雑兵を蹴散らし、シマダたちと合流を図ろうとした段階で撃たれたのだ。軽装、かつ小柄な〈からくり〉が六機ほど柵の外側からこちらに銃口を定めている。二列になっているのは銃に弾を込めている間に、他の〈からくり〉が撃つためだろう。


「——迂闊うかつ……!」


 ゴロウは自身に向けて苦々しく呟いた。まだ〈からくり〉が控えていることもそうだったが、こちらが守りつつ攻めていることに成功しているという錯覚が、今の事態を招いたからだ。


「タイラ、無事かッ!?」

「ええ、なんとか……」


 タイラの返事は弱々しかった。破片が突き刺さったと見え、血がとめどなく流れ出している。微笑みを浮かべてはいるが、無理をしていることは明らかだった。


「戻れ! すぐに手当てを受けるのだ! ここはそれがしが引き受ける!」

「しかし、あなたを一人にするわけには……!」

「ここは某の言うことを聞け、タイラ!!」


 言い争っている間にも、銃兵の準備は着々と進んでいた。前列の三機がこちらに銃を構え、狙いをつけている。


 防ぎきれるか——?


巫山戯ふざく〉の四本腕を広げ、タイラの手前に回り込む。これで銃弾を防ぎ切れるかどうか、正直に言えば自信はない。タイラを見捨て、自ら斬り込んでいけばあの銃兵どもを叩き斬れるだろうが——そこまで薄情なことができるものだろうか。


 何より、仲間を見捨てるというのは寝覚めが悪い。


 火花が散った。人の拳ほどもある銃弾が、三発放たれる。


巫山戯ふざく〉が四本腕で助かったと、ゴロウは心底そう思った。銃弾をことごとく斬り捨てたのを見、〈虚狼団〉の連中が浮足立ったのを視認する。


 攻めるなら、今——!


 敵が交代する前に、前列の銃兵を斬り捨てる。ぬかるんだ地面を踏み込み、ほとんど飛び跳ねるようにして四本腕を振りかぶった瞬間——後方に控えているはずの銃兵の、醜悪な笑みがゴロウの目に映った。


 すでに弾込めを終えていたのか、あるいはあえて撃たずに向こうから来るのを待っていたのか——いずれにしろ、半ば無防備で飛び出してしまったことに変わりはない。


 不覚、と思う間もなかった。


 またしても火花が炸裂し、ゆっくりと、まるで時の流れが緩やかになったかのように銃弾が飛来してくる。このままの軌道だと、操縦席ごと貫かれる。


 死を確信したその時、目の前で何かが——〈からくり〉が飛び込んできた。それは見事に銃弾を弾き、ゴロウは半ば呆然と呟いた。


「——ワカ?」


 両肩に盾を設け、背部から筒状の物体が飛び出ている〈からくり〉——それは、ワカの〈地走じばしり〉以外にあり得ない。二機とも着地し、「大丈夫?」とワカは〈地走〉の半身を向けた。


 とっさに口をついて出た言葉は、「馬鹿者!」


「なぜ、来た!? お主は村の者を守るのが役目であろうが!」

「ぼくは、みんなにも死んでほしくないから」

「某たちをも守るというのか! なんたる馬鹿者よ!!」

「ごめん、ちょっと待ってて」


 そう言うやワカは前を向き、腰部の箱から白い球を取り出す。後ろ手で背部の筒の後端に入れると、長く、太い筒が〈地走〉の両肩に載せられた。


 いや、筒などではない。


 あれは砲身だ。


「早く、早くしろッ!」


 銃兵が焦りをあらわに叫ぶ。


 弾込めを完了させてから構えるよりも前に、ワカの砲口はすでに彼らに向いていた。


「ごめんね」


 どぉん、と全く同時に二丁の砲身が震えた。放たれた二球の白い弾は目標をしっかり捉え――地面も木々も、そして〈からくり〉や操縦者をも、まとめて吹き飛ばした。


〈からくり〉の破片が宙を舞う。


 その壮絶な威力に、ゴロウもタイラも言葉を失った。


「……やり過ぎたかなぁ?」


 なんでもないことのように、ワカが言う。今しがた〈からくり〉どころか人をも吹き飛ばしたというのに、まるで気負う様子がない。ワカがこちらを向いた時、ゴロウはつい身を固くしてしまった。


「ゴロウ様、タイラ様。大丈夫?」


 そう心配するワカの顔は、年相応の少年のものだ。


 だからこそ——ワカの素質が恐ろしい。


「あ、ああ。大丈夫だ。それよりも……」

「いえ、わたしのことなら大丈夫、です……」


 タイラの顔は真っ青で、〈不動〉は片膝を着いている。先ほどよりも血が広がり、操縦席からも滴り落ちていた。苦しげに息を吐き、ぶるぶると操縦桿に手を伸ばそうとする。


「動くな、無理をするでない!」


巫山戯ふざく〉から降り、ゴロウは〈不動〉——タイラの元へ駆け寄った。操縦席を囲む木の格子をこじ開け、タイラを引っ張り出す。腕に巻いた包帯を解き、タイラの脇腹に刺さった破片を避けつつ止血を試みる。


 だが、それでも血は止まらない。呼吸もか細くなっていく。それでもタイラは人懐っこい微笑みを浮かべようとして——「ごほっ」と吐血した。


「参りました、ね……どうやら、深いところに、刺さったようです……」

「喋るな! すぐに手当てを——」

「手遅れですよ。ゴロウさんなら、おわかりでは……?」


 言葉に詰まる。


 次にタイラは、いつの間にか〈地走〉から下りていたワカに視線を差し向けていた。目と目が合った時、ワカは「ごめんなさい」と頭を下げた。


「なぜ、謝るんですか?」

「ぼくが、もっと早くに来ていたら」

「それは、思い上がりというものですよ。シマダ様ならば、きっとそう言うでしょう。……村の方々は?」

「キュウ様が、守ってくれている」

「なるほど……」


 さらに血を吐く。己の手も血に汚れているのを見下ろし、「ふふ……」とどこか自嘲気味の笑い声を発した。


「タイラ……?」

「はぁ。こんなことなら、もう少し食べておけばよかったですね……」

「まだ、食うつもりだったのか、お主」

「ええ、ええ。そりゃあもう。この村の米は絶品ではないですか……ワカさんも、そう思いませんか?」


 ワカは無言でうなずいた。タイラもまた、微笑みで返した。


 それきりだった。


 それっきり、タイラはもはや喋らなくなった。

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