第60話「槍烈のリタ」

剛力ごうりき〉を相手にしたことは、一度だけある。


 かつてシマダとキュウと共に戦場いくさばを駆け抜け、その巨体を倒した時には両手に抱えきれないほどの褒賞と、武勲ぶくんをもらったものだ。


 しかし今、フグノ村を守るというこの戦いには褒賞も武勲もない。聞く人が聞けば呆れ、馬鹿にし、理解できないといった具合に首を振るだろう。


 正直なところ、自分には村を守るという使命感が薄い。かつて命を救われたシマダに恩を返したいというのが、正直な本音なのだ。シマダがなぜフグノ村の人々のために命を懸けるのか、その根底にまでは理解が及ばない。


 ただの気まぐれなのか、あるいは他に理由があるのか。


 少なくとも彼女は、褒賞や武勲のために戦っているわけではないことは確かだろう。〈城〉にもその名を轟かせている〈虚狼団ころうだん〉の頭領の首を獲れば別だろうが、シマダはそれに頓着とんちゃくしていないように、リタには感じられた。


 なぜなのだろう。


 思い起こすのは、シマダに助けられた時だ。ある夜の晩に不埒者ふらちものに寝込みを襲われた。その不埒者は〈城〉に招かれた客人で、多額の援助と武器の提供を行っていた——下衆な男だった。


 そういう人を、シマダは背中から斬り倒したのだ。


 打ち首になってもおかしくないところだったが、リタが自国にこの一連の流れを報告することをほのめかすと、〈城〉の者はあっさりと黙り込んだ。異国の客人を襲った不埒者——それを斬り捨てた者を処刑などすれば、リタの国からなんと言われるかわからないからだ。〈星石せいせき〉や〈からくり〉の提供がなくなるかもしれないと思えば、リタの恩人に処刑などできようもなかった。


 そしてシマダは処刑を免れた。ただし、最前線に送り込まれることとなった。しかも、〈からくり〉無しで。


 リタは抗議しようとしたが、シマダはそれを止めた。「私にはこっちの方が向いているらしいからな」と言って。


 長刀のみで戦場いくさばを駆け抜け、〈からくり〉の腕や足を斬り落とし、操縦者をも貫く。長刀が舞う度に〈からくり〉も操縦者もぼとりぼとりと無力化されていく様から、いつしか〈からくり殺し〉の異名がついた。〈城〉の者は歯噛みしつつも、シマダの偉業を讃える外なかった。


 しかし、ある日突然、シマダは消えた。


 誰にも、なんにも言わずに消えた。


 喪失感ばかりが募り、ただでさえ退屈な〈城〉の日々が、もはや無味乾燥なものとしか思えなくなった。


 折を見て、きちんとお礼を言いたいと思っていたのに。


 恩を返したいと思っていたのに——


     〇


〈剛力〉が暴れる。


 巨腕を振り上げて地面を揺らし、両肩の銃で〈クリムゾン〉の接近を防ごうとする。


 円形の盾とランスで銃弾を防ぎ、弾きつつ、リタは左に、より左にと機体を走らせた。右側にある家屋の陰には、わずかながら村人たちの姿が見えていたためだ。〈剛力〉の手にかかれば、彼らなど路傍の石ころも同然。


 立ちはだかる〈剛力〉から、品のない笑い声が飛んでくる。自分たちの優位性と勝利とを確信して疑っていない。


 そのおごりは、戦場では命取りだというのに。


 ふと、乱射が止まった。どうやら弾切れを起こしたらしく、操縦者の一人が慌てたように手を動かしていた。その隙にシマダ、チヨ、オシロが〈剛力〉の脇をすり抜け、村の入り口から外側に飛び出していく。〈虚狼団ころうだん〉の本営に乗り込むと見えたらしく、〈剛力〉がとっさに片腕を振り上げた。


 まだ、弾入れの途中でしょうに——


 呆れを覚えつつ、〈クリムゾン〉を飛ばす。わずかな時間、宙を舞った〈クリムゾン〉は槍を構え——〈剛力〉の巨腕の関節にためらいなく突き刺した。関節の半ばまで槍先が埋まったところで、リタはさらに槍を——〈クリムゾン〉の腕ごと、強くひねった。


〈剛力〉の関節が、貫かれた。


 剛腕を足場代わりにし、槍を引き抜くと同時に真上へと跳躍。その衝撃で〈剛力〉の片腕はだらんと地面に落ち、乗り手は慌てるように操縦桿をでたらめに動かしていた。


「何をやってんだ!」

「うるせぇ! いいから、さっさと弾を込めろ!!」


 言い争う二人の操縦者の金切り声に、リタは眉をひそめた。


「見苦しいですわね……」


〈剛力〉の後ろに着地した〈クリムゾン〉は、槍先についた水滴や〈からくり〉の油を振り払った。弾込めが完了したと見え、〈剛力〉の銃口がこちらに向いている。火花が炸裂するよりも速く、すでにリタは回避行動に移っていた。


 追うように〈剛力〉が体をひねらせようとするも——関節を貫かれた腕のせいで、動きがぎこちない。弾丸はまるで〈クリムゾン〉を追えていない。


 地面から木の柵を滑るように走らせ、リタは〈剛力〉の側面に回った。またしても木の柵を足場にして飛び、〈剛力〉の真上へ躍り出て、肩に設けられた二丁の銃を素早く槍で潰した。


「くそぉ!!」


 やけになったように、残った腕を振り回す。まるで子供が駄々をこねているかのようだ。


「少々、おいたが過ぎましてよ」


〈剛力〉の正面に立つ。「この野郎ぉ!」と怒りに我を忘れた操縦者が、やけくそ気味に片腕を思いきり振り上げる。この体勢だと肝心要の操縦席までの道が拓けていることに、彼らは気づいていなかった。


 リタは腰だめに槍を構えた。


 剛腕が襲い来るよりも速く——〈クリムゾン〉は前へと飛び出した。真正面から向かってくるとは思わなかったのか、操縦者は驚きに目を見張っていた。


 だが、もう遅い。


〈クリムゾン〉の槍が操縦席を囲む格子を突き破った。さらに操縦者の顔面ごと、機体を刺し貫く。操縦席が血まみれになり、それをもろに浴びた一人の操縦者は呆然と——そしてがたがたと歯を鳴らし出した。


〈剛力〉の腕は、振り上げたままで硬直していた。リタは〈クリムゾン〉の腕をひねり、槍を引き抜く。そして残った操縦者に顔を上げ——「続けるかしら?」と柔らかな笑みを浮かべた。


 残った操縦者は必死そのままに〈剛力〉から降り、逃げ出そうとしたが——その前に、村人たちが立ちはだかった。ワカお手製の鍬や拾った槍などを持ち、戦意をあらわにしている。


 悲鳴。肉が刃によって突き刺される音。〈剛力〉の巨体のせいで何が起こっているかは見えないが——あの操縦者も、もう命はないだろう。


「やればできますわね」


 特に感慨なく、リタはつぶやく。完全に沈黙した〈剛力〉などもはや歯牙にもかけず、周囲を見回した。


〈虚狼団〉の本営にはシマダ、オシロ、チヨが向かっている。そして外縁はゴロウとタイラが。キュウとワカは村人たちの守りについている。


 自分はどこへ向かうべきか。


 考えるまでもない、とリタは首を振った。すぐにでもシマダの元に駆けつけ、彼女の力にならねば——


 そう思った矢先、銃声が聞こえた。

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